ある商人見習いの話
ちょっと短めですが、若干病んでるので…
俺は自分の本当の顔を見たことがない。
俺の本当の顔を知っている者は、今まで誰もいなかった。多分人間に限っての話だが。
俺が物心ついたときには、母親はもう精神を病んでいた。
理由は簡単。日に日に大きくなるお腹を撫でて慈しみ、指折り数えて待ち望んだ我が子が呪われた子だったからだ。
彼女はそれに耐え切れなかった。
母親がこの世を去ったのは、俺が7歳のときだった。
生まれたときから、俺の姿は見る人によって違って見えた。
どうしてだか、俺の容姿は見る人が一番好ましいと思う容姿に自動的に変換されて認識されてしまうのだ。
見る人の憧れの姿だったり、好ましい異性のタイプだったり。
見る人によっては、俺は可愛い女の子だったり、可愛い男の子だったりもする。
最初のうちは可愛いだ、美人だ、凛々しいだと誉めそやす回りの人たちも、複数集まるとそれぞれが見たものが違うことに違和感を覚えはじめる。
理解できない事態に周囲の人々が感じるのは底知れない恐怖だ。
俺と母親の周囲から次第に人は離れていき、父親も逃げた。
母親は、あらゆるつてを頼って魔法使いや呪術師に俺を見せたらしいが、俺に起こっている出来事を解消できる人は誰もいなかった。
呪われた子、母親は俺をそう呼んだ。
あながち間違いではないと思う。
母親が死んで一人になった俺はヴァージル・アッシュベリーに拾われるまで、そのほとんどを路地裏で過ごした。
相手に好印象を与える俺は、施しに困ることがなかった。用心のために、妙な噂がたつ前に寝ぐらは変えて、特定の人物とはできるだけ接しないようにした。
先のないその日暮らし。
そんな俺に、ヴァージルは仕事と未来をくれた。
「君は僕のために、その才能を生かすつもりはあるかい?」
初めて言葉を交わしたときには、すでにヴァージルは俺にかけられた呪いを理解していた。
その上で俺の呪いを彼は「才能」と表現したのだ。
ヴァージルに仕えることに迷いは全くなかった。
ヴァージルが代表を務めるアッシュベリー商会は、王都でも名の知れた宝石商だった。
質のいい石を手に入れるためには、それ相応のリスクを覚悟しなければならない。
人手を使い、原価をかけて石を採掘しても、それに見合う売価で商売が出来るとは限らない。
アッシュベリー商会は自分の店を守るために、影で汚い仕事に手を染めていた。
質のいい石は、他の店に運びこまれる前に、ことごとく奪った。
そうやって集めた宝石を権力者に売り込んで、権力者とのパイプを太くするとともに、深く顧客の懐に潜り込み、通常では知り得ない情報を集める。
集めた情報は、商品として売り買いされたり、時には強請のネタとしても使われた。
そうやってヴァージルは、権力に裏打ちされたアッシュベリー商会という強固な城を作りあげていったのだ。
ヴァージルのやり方に反感を持つ貴族も少なからずいたが、質のいい宝石は全てヴァージルを通してしか手に入れられない現状では、表立って反目するものは現れそうになかった。
ヴァージルは、俺を雇い入れると衣食住を与え、立ち振舞いや言葉遣い、文字の読み書きから計算のやり方まで徹底的に教育を施した。
護衛として売り買いの場に立ち会えるように、剣術や体術も仕込まれた。
残念ながら魔法の才能は見つからなかったが、15歳になる頃には一端の商人見習いとしてそれなりの戦力になれたと思う。
俺の呪いは商売の色々な現場で役立った。
色仕掛けでとある上級貴族の奥方を篭絡して、重要な秘密を聞き出したこともある。
第一印象で相手を油断させる斬り込み隊長として、剣を片手に石の強奪現場に立ち会ったこともある。
常にヴァージルが望む結果を出し続け、商会内での俺の立場はどんどん上がっていった。
ヴァージルは俺を使える部下として、それなりの信用や金銭を与えてはくれたが、家族のような愛情までは手に入れられなかった。
同僚たちも同様だ。呪われた俺を気味悪がって、俺の方へ踏み込んで来ようとする者は誰一人現れなかった。
誰も本当の俺を見つけることができない。
誰も本当の俺を知ろうともしない。
俺はいつも孤独だった。
そんな俺に新しい任務として舞い込んだのが、エッジストーン家の偵察だった。
聞けば、何百年か振りに精霊の愛し子が生まれたという。
さる上級貴族からの依頼を受けて、愛し子の情報を集めるのが今回の主な任務だ。
精霊の愛し子。
生まれながらにして、すべての精霊に無条件に愛される子ども。
話を聞いて、是非その子に会わなくてはと思った。
その身に多くの愛を受けている子どもなら、もしかしたら俺のことも愛してくれるかもしれない。
愛し子が俺のことを愛してくれさえすれば、俺だってすべての精霊に愛されるに違いない。
何て甘美な未来なんだろう。
呪われた子と呼ばれ、誰からも愛されない、誰からも見つけてさえもらえない本当の俺が、多くの愛で満たされる日がくるなんて。
まるで夢のようだと思った。
生まれて初めて思い描いたこの夢を、俺は絶対に手放さない。
何としても、愛し子を手にいれてみせる。
意気込んで出掛けたエッジストーン家で出会った愛し子は、可愛いらしい小さな女の子だった。
彼女の目に、俺はどう見えているのだろう。
それが知りたくて、ひたすら彼女を観察した。
目の色、表情、歩き方。
俺を見ろ!
心の中で念じながら、じっと彼女を観察した。
彼女と初めて目が合った。
俺は笑みを浮かべながら、会釈をする。
すると、どうだろう。
彼女は一瞬その顔をしかめ、俺を無視した。
生まれて初めて人に無視されて、俺は確信した。
彼女には、俺の本当の顔が見えているに違いないと。
この世にただ一人、本当の俺が見つけられる女の子。
何としても俺は彼女に愛されなければならない。
彼女を手にいれて初めて、俺の本当の人生が動き出すのだ。
慎重に策を練らなければ。
この世にたった一人の俺の女神。
彼女を逃がすわけにはいかない。
世間話を装って、情報を引き出そうとするヴァージルと、何一つ持ち帰らせまいとする養母様。
そりゃ、場の雰囲気も緊迫するってもんです。