魔力ブレンドの研究
私の誕生日に起きたオオタカ来訪事件により、その後大いに勢いを増したのは私の護り石たちだった。
「やっぱり加護は必要ですよね!」
またしても暴走を始めたリーフに、ついに私も折れた。
といっても、リーフの解放の呪文を唱えることを了承したわけではない。
代わりに、魔力のブレンドを考えて、みんなで防護に必要な魔法を開発しようと提案してみたのだ。
案の定リーフは難色をしめしたが、私が目指すのは平穏な人生だ。
どんな攻撃も跳ね返す、孤高の人では決してないのだ。
最終的に魔法が出来上がった暁には、そのレシピを元にレイモンドお兄様に魔道具を作ってもらいたいなと思っている。
そしたら何かあっても、これは魔道具のお陰なんだよー、お兄様の特製だから凄いんだよー、で乗り切れるかな、と。
私が変に威力の高い魔法を使って悪目立ちする心配もないし、魔道具なら家族でシェアすることも出来るでしょ。
どうですか、リーフさん!
勢いつけてリーフに力説してみたが、最終的なリーフの反応はヤレヤレといったため息交じりのものだった。
たまには私の提案にノってくれてもいいと思う。
「で、結局何がしたいのかな?」
私の目論見話に監修者として話をもちかけたオリバーお兄様が言った。
朝の家庭教師タイム継続中である。
お兄様が言うには一口に防衛に関する魔法と言っても、種類がいろいろあるらしく。
既に物理攻撃に対する防御は万全の私が次に心配する防衛とは、おそらく精神攻撃や魔法攻撃になるのだろうが、それではあまりに守備範囲が広すぎる。
対象を絞りこまずに闇雲に魔力をブレンドしても何も成果は期待できない。
で、さっきのお兄様の何がしたいの発言になるわけだ。
オオタカを見て感じたのだが、この世に魅了魔法や人を傀儡のように扱える魔法があるのなら、私が一番警戒すべきはそこなんじゃないかと思う。誰かの意思に操られて開放の呪文なんかつぶやきまくったら、それこそ目も当てられない。
私の意向を聞いたお兄様は
「じゃあ、魔法に対する耐性をあげるか、全ての魔法をはじくかの2択だな」
と方向性を打ち出し、それぞれについて解説をしてくれた。
まず、魔法に対する耐性をあげる場合。
これは私自身を魔法で強化するやり方だ。抵抗力をつけると病気に倒れにくくなるように、魔法に対する抵抗力を大幅に底上げすることで魔法にかかりにくくする感じ?
魔法に対する耐性をあげればあげるほど、魔法によるダメージは少なくて済む。魔法攻撃全般何でもこーい!みたいになれるそうだ。
お兄様の話を聞いて、私の脳裏にバーサーカー化したムキムキの私が魔法攻撃を浴びながら笑っているイメージが浮かんだ。
いやいや、待て待て。どこのラスボスだ。
行きたい方向はそっちじゃないから。
というわけで次。
全ての魔法をはじく場合。
こっちは私を強化するのではなく、私を防護結界で包み込んで、文字通り自分に向けられた魔力をはじき返すやり方だ。はじいた魔力を放った当人に打ち返したり、分解して霧散させたり処理法方にはいろいろなパターンがあるようだけど、それは後でじっくり考えればいいとして。
やっぱり私が望む方向はこっちのような気がする。
お兄様の説明にこっちで、と意思表明すると、お兄様は「なるほどね」と微妙な顔をして私を見た。
なんだろう。心なしか、お兄様の私を見る目が…
「駄目でしたか?」
何か含みのあるお兄様の目線にいたたまれなくなって、上目遣いにお兄様の顔を覗き込むと、お兄様は私の頭を優しくなでながらイケメンスマイルを展開した。
「いいんだよ。すみれは、本当に何も知らされずに育ったんだね。魔法の使い方だけじゃなくて、魔法を取り巻く環境についても教えていかなくては、と僕も今反省してる。」
何故か、お兄様猛省である。
私にも分かるようにお兄様の猛省を解説してもらったところ、とどのつまり、今回の魔力をブレンドして自己防衛の魔道具をつくろうという私の申し出は、最初から常識はずれの夢物語だったということのようだ。
お兄様からしたら、今まで小さな妹が何か夢物語を語っているから聞いてあげようかレベルで話を聞いていたらしい。で、最後まで話を聞いたところで、この子の魔法関係の家庭教師は自分だったと思いいたって、自分が常識を教えていなかったことに気付いたという…。
ほんと、何かスミマセン。
養母様たちが外へ出せないと言っていたのは、きっと私のこういう世間知らずなところのせいなのだろう。
この世界に魔道具があると聞いただけなのに、前世で得ていた知識の引用で、何でもできる不思議道具があると私は勝手に思い込んでしまったのだ。実際に使われている魔道具を見てもいないのに。
まず私が理解すべきなのは、この世界の魔道具のあり方だった。
思い違いその1
この世界で広く使われている魔道具は、一度限りの使いきりタイプである。
そもそもこの世界でつくられている魔道具とは、精霊と言葉を交わすことができない富裕層の人たちが使用する便利道具のことだった。
例えば、森を通行するときの獣よけであったり、凪のときに帆船を助ける風の魔法であったり。
精霊が魔力を込めた魔法石をはめ込んだ、小さな杖のような形状で、装飾品としても十分価値のある道具。
それが、この世界の魔道具というものだった。
一度使用した魔道具は、再度魔道具工房に依頼して魔力を込めなおしてもらわなければ、ただの装飾品となってしまう。そこが、私の想像していた魔道具とは大きく違った。
思い違いその2
使用者が起動スイッチを押して、魔道具を起動させなければ効果は発揮されない。
魔道具作家は精霊の魔法を発動直前の状態で凍結し、魔道具にはめ込んだ魔法石に焼き付ける。魔道具の使用者は起動スイッチを押すことで凍結の魔法をといて、魔法を発動させる。
つまり、魔道具を使って発動させる魔法は常駐で展開できないということだ。
あらかじめ相手が魅了魔法を使うということが分かっていれば、事前にスイッチを押して魔法を発動させることもできようが、先に相手が魅了魔法を発動した状態では、使用者が自分の意思で起動スイッチを押すことはできそうにない。相手と互いの魔法を発動させるスピードを競いあい、一か八かにかける魔道具にそんなに価値があるとは思えない。
持っているだけで自動的に魔法が発動すると思っていた私の、ここが大きな思い違いだった。
他にも、魔道具にはめ込む魔法石の問題もある。
魔道具で目的の魔法を発動させるためには、使用する魔力の大きさに見合った魔法石が必要になる。防護結界ともなれば込める魔力も大きくなるので、魔力を溜める容器となる魔法石(宝石)も相当大きなものになる。魔道具の保持者は、常にとてつもなく高価な宝石を身に着けて生活する羽目になるだろう。小さな子どもが高価な宝石を身に着けてふらふらしているなんて、盗賊からみたらご馳走以外の何ものでもない。
防護結界のために、自ら危険を呼び込んでどうする。
確かに常識知らずだな。
毎日億単位の価値がある宝石を持ち歩く自分を想像してぞっとした。
何となく状況が理解できて静かに自己反省していると、今度はお兄様が悪い笑顔を浮かべて私を見ているのに気付いた。
「ところで、すみれ。開放の呪文って何かな?」
「え?」
「さっき、誰かに操られて開放の呪文をつぶやきたくないって言ってたよね?」
「え??」
本日一番のイケメンスマイルを展開しているお兄様。
その笑顔、あなたはまさしく養母様の子どもだね。悪巧みしている養母様にそっくり。
ハイ、抵抗むなしく白状しました。
だって、イケメンには隠し事はできませんもの。養父様や養母様も知ってることだし、お兄様もエッジストーン枠で私の保護者としてギリギリセーフかなと。あってるよね? 多分…
私の話とリーフの訴えを聞いてお兄様はハニーとこそこそ話し合った結果、まさかまさかの展開で妖精の加護にGOサインを出した。
私の口走った通り、私が他者に操られて開放の呪文を口走ったらとんでもないことになるという点を踏まえての決断だ。ついでにいうと、開放の呪文を使っているところを自分が見たいというのも理由の一つらしいけれど。
石使いはそれぞれ自分が選んだ護り石に宿った精霊を連れている。敵味方関わらず、精霊から見れば私が精霊の愛し子だということは丸わかりだ。愛し子が開放の呪文を唱えれば、精霊の魔力が爆発的に増大することは古参の精霊なら誰でも知っている。それでなくても常識のない私の護りは、多ければ多いほどいいという考えだった。
おまけに、人の目には全く映ってはいないが、精霊から見たら私の額には加護の証であるサークレットが見えているとのことで。加護の証であるサークレットが増えれば、それだけで精霊に対する抑止力が増すんじゃないかな、という期待もある。
そろそろ朝の家庭教師タイムが終わる。
お兄様の期待のこもった視線がイタイ。リーフが熱の込もった目で私を見上げた。
仕方ない。
私はあきらめて、リーフの望む言葉を口にした。
「ペリドット」
リーフの宿り石は、どこからどう見ても大きなペリドットの結晶だ。
うん、最初からそう思ってたよ。
私の石に関する知識は高校時代のパワーストーンブームのときに仕入れた、ちょっと詳しい素人程度のものだが、それでもこれは間違えようがない。
きれいな緑の貴石。
リーフが輝きを増して、視界が一度真っ白になった。
眩しさに堅く閉じた瞼をゆっくりと開くと、そこには輝く緑の髪の美しいリーフが立っている。
「大丈夫です。今着けてるサークレットと組み合わせられるデザインで、色合いもおかしくないようにコスモやナミの魔力も組み合わせて豪華に仕上げますから!」
うん、大きくなっても全くぶれない。やっぱり、リーフはリーフだった。
こうして私は、防護結界という妖精の加護を手に入れた。
守りが充実してきました。