不思議な目をした女の子
「またお前か、ジャスミン!」
なかなかガゼボに私が現れないので、心配したアーサーが駆けてきて、私と女の子の間に割って入った。
さすが、自称私の騎士である。
黒髪の女の子は、ジャスミン・スプリングフィールドといい、私の従姉妹にあたるらしい。
つまり、クリスティン叔母様の娘さんだ。現在7歳。一応私と同い年ということになる。
その彼女がなぜここにいるかというと。本人いわく
「お母様がピクニックに行きましょうっておっしゃるからついてまいりましたのに、馬車がなかなか出発しないので飽きてしまって。馬車から降りてお庭で遊んでおりましたの。」
だそうだ。
え、叔母様、連れてくるだけ連れてきて、自分の娘を実家に置いて出発したの?
まさか、自分の娘がいないことに気づいてない、なんてことはないだろうけど、あまりにも自由すぎて、スプリングフィールドという家がよく分からない。
養母様の件といい、もしかしたら、私の持っている親子に対する認識はこの世界のものとずれているのかもしれない…。
懸案の見えてる見えてない問題だが、結論から言うとジャスミンは見えていないというのが正解だそうだ。
アーサーが言うには、ジャスミンには人の気配や精霊の気配がとても敏感に感じられるらしい。
小さい頃からジャスミンはずっと今日みたいな感じで、かくれんぼでジャスミンがオニになると、あっという間に皆んなを見つけてしまう。柱の影に潜む人影、森に潜む小動物。どんな生物でも、彼女はすべてピンポイントで見つけてしまうのだ。
ついには、目に見えるものではなく、目に見えないもの(精霊)を気配だけで追い掛け回して遊ぶようになってしまった。
ジャクリーン義伯母様のように精霊の影が見えるわけでもないのに、気配だけで精霊を捕らえてしまうのだ。ちょっと人より勘がいいどころの騒ぎじゃない。
魔法じゃなければ、人間赤外線センサーもしくはレーダー…
先ほどジャスミンが「見てください」と私に掌を開いて見せたのは、私を石使いと知っていて、捕まえたものを私の目を使って確認しようとしたらしかった。
「今日は何色でしたか?」
と無邪気に精霊の色を聞いてくるジャスミンをアーサーが叱りつけた。
「お前がこの家にくるたびに精霊を追い掛け回すので、精霊たちがすっかり怯えていると言っているだろう。」
「でも、最後にはちゃんと逃がしてあげておりますのよ? 鬼ごっこだと思って、あちらも楽しんでくださっているのではないかしら?」
おっとりした口調で首をかしげるジャスミンは、あまり人の話を聞かないタイプの子らしい。
あくまでも想像だけど今彼女がここにいるのって、
①ジャスミンが屋敷に入ると精霊が怯えるので、出発まで馬車で待機
↓
②馬車の外に精霊の気配を見つけて、馬車から脱走
↓
③現在まで精霊の気配を追い掛け回していた
というのが本当のところじゃないかな。
あくまでも私の、ソ・ウ・ゾ・ウだけど。
とりあえず、レイモンドお兄様も待たせっぱなしだし、ジャスミンも一緒に場所をガゼボに移して軽食をとることになった。もちろん、捕まえた精霊を開放してからである。
むやみやたらと追い掛け回されても、決して魔法で反撃せずおとなしくしているのだから、さすが石使いの家を守る人に慣れた精霊だ。
私が「ありがとう」と小さく手を振ると、緑の小さな精霊はニコニコ笑いながら屋敷の方へ戻っていった。
3人でガゼボへ向かうと、結構お待たせしてしまったので、レイモンドお兄様は先にお茶を楽しんでいた。
「やあ、遅かったね、すみれ。何だ、ジャスミンも一緒なのか。早く座りたまえ。お茶が冷めてしまったよ。」
どんなに待たされても全く焦る様子もなく、ゆったりお茶を楽しむ様子はさすが上級貴族様。
ストロベリーブロンドの短めにカットされた髪に薄い茶色の目。オリバーお兄様には敵わないが、こちらも相当なイケメンさんだ。肩口に乗っている精霊は、黒っぽいオチビさんで男の子っぽい容姿をしている。
イイネ。兄妹として、是非レイモンドお兄様とも親睦を深めたい。
お茶を入れ直してからクロエにさがってもらうと、兄妹の親睦タイムスタートである。
レイモンドお兄様は現在18歳。既に社会に出て独り立ちしているだけあって、話上手で軽食会は盛り上がった。アーサーと少し年が離れているが、石使いの家では兄弟の年がこれくらい離れているのはよくあることなのだそうだ。生まれた子が5歳で護り石を選定するまで、才能の見極めとか、宿り石の選定とか、いろいろと大変だからね。
そして驚くべきことに、レイモンドお兄様の仕事は、何と魔道具作家だということで。
魔道具!、何ソレ。どんなことができる道具なの?
突然飛び出したファンタジー道具に興味津々の私に、お兄様は苦笑しながら今度自分の工房に遊びにおいで、と招待してくれた。
まあ、社交辞令かも知れないけど…
ちなみに、もう一つの私の興味の的、クリスティン叔母様のプレゼントのお菓子は、ショートブレッドとトフィーだった。トフィーはナッツ入り。
この世界に来て、スコーンのような、ジャムや蜂蜜をつけて食べるお菓子にはお目にかかっていたけれど、それ自体が甘いお菓子は初めて。探せばきっといろいろあるんだね。
チョコレートもあるのかな? 今度クロエに聞いてみよう。
アーサーは、自分の従姉妹だというのに、どうやらジャスミンのことを厄介者認定しているようだ。私に近づけまいと体を張って盾になっている。先週はどちらかというと奇行の方が目立っていたアーサーだが、今日はいたってまともに騎士らしい立ち振る舞いができているようだ。
気付いてるよ、私。
それって、私をできるだけ視界に入れないようにしているからだよね。
前世の記憶が甦っているせいか、どうもアーサーが私の弟のように思えてならない。
頑張っている背中はとっても可愛らしいんだけど、私に話しかけようとするたびにアーサーが邪魔ばかりしているから、さっきからジャスミンの様子がちょっとおかしくなってる気がするんだけど?
アーサーの背中越しに見えるジャスミンは、さっきからじっと目の前のカップに注がれたお茶を見つめていた。
「どうかなさいました? ジャスミン様」
そっと声を掛けると、ジャスミンはおっとりと
「私、先ほどから、ずっと何かの波動を感じておりますの。特に今、風も吹いておりませんでしょ? 地震かしらとも思いましたけれど、紅茶も揺れておりませんし…」
不思議そうに小首をかしげながら腕をさするジャスミンとは対照的に、それを聞いたエッジストーン兄弟は音を立てて勢いよく立ち上がり警戒態勢をとった。
「ブラッキー」
レイモンドお兄様が、精霊に呼びかけて自分の体に魔力を充填する。
アーサーもそれに倣って魔力を充填するとともに、帯刀していた剣に手をかけた。
「リーフ、何か起こっているの?」
小さな声で肩口のリーフに問いかけると、
「お屋敷の周りに張り巡らせてある防護結界のすぐそばで、誰かが魔法を使ってるみたいです。」と教えてくれた。
「上」
小さくジャスミンがつぶやくと同時に、ガゼボのすぐ外の地面が映していた小さな影が動いた。
上空を旋回している鳥のような大きさの影は、ガゼボの周囲を行ったり来たりしながら、やがて信じられないくらい、どんどんその大きさを増していく。
上空を飛んでいる何かが、だんだん地面の方へ降りてきている?
「すみれとジャスミンは、ガゼボから出ないで! アーサーは、そのまま護れ!」
様子を見ていたレイモンドお兄様が叫びながらガゼボの外へ走り出すと、今度は
「ジャスミン、距離を!」と声を上げた。
レイモンドお兄様の周りの空気が、急激に熱を帯びていく。
「3・2・1 今 1600」
ジャスミンが感情の全くこもっていない声で距離を伝えると同時に、ガゼボの周辺の空気が震えて、レイモンドお兄様から大きなエネルギーのかたまりが発射されたのが分かった。
すみれ、ジャスミンで、まとめてお花ちゃんたちというレイモンドの感性…