誕生日おめでとう
エッジストーン家に引き取られて2度目の週末。
朝起きるとクロエに
「今日はお誕生日ですね。」と微笑まれ、私の脳がフリーズした。
えっと、誰のお誕生日ですか? 私?
ああ、そういうことになったんですね。了解です。
ちなみに何歳の…、あ、7歳ですか。ソウデスカ。
本日のお昼に、私のお祝いとお披露目をかねた簡単なピクニックの予定だそうです。
養母様、報告・連絡・相談は事前にきちんとしてください。お願いします!
本日のゲストは、養母様のお姉様ご夫妻と養父様の妹様ご夫妻とのこと。
養母様の姉上、ジャクリーン・ウォルフォード様は上級貴族ウォルフォード家へ嫁がれた方で、石使いとしての才能は見出されなかったけれど、とても聡明な方なのだそうだ。精霊と会話することはできないが、影のような気配を感じることはできるらしい。
私が話すとボロが出るので、挨拶以外は会話しないようにと、朝食の際に養母様より言い渡された。
要注意人物ですね!
養父様の妹、クリスティン・スプリングフィールド様は縁あって、中級貴族スプリングフィールド家へ嫁がれた方で、こちらも石使いとしての才能はないが、天真爛漫なようでいて時々妙に鋭いところがある要注意人物だそうだ。
2組とも親族の立場を主張し、新しい家族のお披露目を強引にねじ込んできたパターンで、それぞれ違う貴族の派閥につながっているご様子。
なるほど、他派閥による偵察ですか。貴族の世界は大変ですね。
特に、魔法が使える石使いは数が少ないこともあって、その存在はいろいろな派閥から自派閥に取り込もうと常に狙われているようだ。ふとした油断から弱みを掴まれたばっかりに、自分の望まない派閥に取り込まれ、使いたくもない魔法を使わされる石使いもいるとのこと。
つまり、7歳(自称)にして、いきなりの緊急事態?
要注意人物しかいないゲスト陣に私が翻弄される未来しか見えない…。
思わず遠い眼をしていると、養母様が私に言い聞かせるように本日の段取りを説明してくれた。
まず、私の定位置は養母様の後ろ。
養母様の前振りで、現在の私は変わったばかりの生活環境にとても怯えていて、人見知りで、体調も崩しがちということになっている。養母様のドレスを掴んで、背後から出てくるなとのこと。
最初の顔見せが終わったら、体調が優れないということでお留守番を申し出てそのまま退場。後は、養父様と養母様がその場を切り回してくださるそうだ。
この場合、私に必要なのは、演技力、でしょうかね…
頭が痛い。
そうこう言っている間に、オリバーお兄様が到着し、アーサーも寮より帰宅。ここで、初顔合わせとなる2番目のお兄様、レイモンドお兄様も到着した。
エッジストーン家勢ぞろいだ。
ピクニックに持参する軽食も続々と出来上がり、ゲストも到着し始めると、いよいよ戦闘開始である。
養母様に連れられて、ゲストが出揃った客間に遅れて入っていくと、それまで当たり障りのない会話で歓談していた客間が一瞬水を打ったように静かになった。
たった二組の夫婦の目だというのに、あまりの目線の鋭さに思いがけず足がすくむ。
打ち合わせ通り、養母様のドレスをぎゅっと掴むと、その背中に身を隠す。
肩口で私の怯えを敏感に感じ取ったリーフが、臨戦態勢をとった。
「この子が新しい石使い? まあ、何て可愛い子なんでしょう。」
大袈裟な身振りで私の方へ迫ってくる女性の勢いに押されて、更に養母様の後ろへ隠れると、「お姉様」と養母様が女性をやんわりと手で制し、小さくかぶりを振った。
「先ほども申しましたでしょ? とても怯えておりますの。」
どうやら、この人物がジャクリーン様のようだ。養母様と同じ銀色の髪。どことなく、面差しも似ているような気がする。
ジャクリーン様は、芝居がかったしぐさで「まあ、お可哀想に…」と続けたが、目線は私にロックオンされたままだ。
「まだお小さいというのに、あんなにお痩せになって。今まで、さぞかしお辛い暮らしをされていたのでしょう? 私はジャクリーン、あなたの義伯母よ。これから仲良くしましょうね。」
「…すみれです。よろしくお願いいたします。」
ジャクリーン様の圧が強すぎて、素で声が震える。演技力全く必要なかった。マジで怖い。
足もすくんだままだし、カテーシー?何ソレ。出来るわけない。
さっきからリーフが、私とジャクリーン様の間をこれ以上近寄るなとばかりに飛び回っている。
精霊の影が見えるジャクリーン様には、視界にちらちら影がよぎってそれが非常に不愉快なご様子だ。時々、眉間に不快そうにシワが入るのが見て取れた。
「お姉様、そろそろ場所を変えましょうか。」
「そうね、この屋敷はいつ来ても影が多くて、やっぱり私には合わないわ。」
ジャクリーン様が苦笑して、初めて姉妹らしい表情で会話を交わしていると、
「あら、私は紹介していただけませんの?」と、今まで静かに控えていたクリスティン様がおっとりと口を開いた。
親族とはいえ、中級貴族という立場上、今まで控えていたらしい。
クリスティン様は、ふわふわのプラチナブロンドの巻き毛が可愛らしい方だ。こちらは、あまり養父様と似ていない…かな。
「すみれ、こちらはクリスティン様、あなたの叔母様よ。」
養母様の軽い紹介に、クリスティン様は微笑んで少し腰を落とすと、私と目線を合わせて挨拶をした。
「はじめまして。お誕生日おめでとう。今日はお祝いにおいしいお菓子をたくさん持ってきたのよ。あとでゆっくり食べましょうね。」
「お菓子」と聞いて、ついつい反応してしまったが、ダメダメ、私は体調が優れないのだ!
慌てて養母様のドレスをつんつんと引っ張ると、「養母様、お腹が痛い…」とあらかじめ与えられていた台詞をそのまましゃべった。
「あらあら、初めて会う人ばかりで緊張してしまったのかしら。やっぱりまだ外出は早かったかしらね。
仕方ないわ、せっかくですから今回は私たちだけで参りましょう。」
養母様が後ろ手に優しく私の背中をなでながら、控えていたクロエに目配せすると、クロエは心得たとばかりに私を連れて客間から退出した。
さよならお菓子。また合う日まで…。
ん? おばさまたちはバッチリ印象に残ったけれど、おじさまたちが全く印象に残っていない…
まあ、いいか。
クロエと一緒に部屋に戻ると、ちょうど正面に向いた窓から3台の馬車が出発するのが見えた。お屋敷近くの湖で景観を眺めながら軽食を取るのだそうだ。今日はお天気がいいから、きっと気持ちのいいひと時が過ごせるに違いない。
いつか行ってみたいなぁと羨ましげに窓辺に張り付いていると、そのうちご家族で参りましょうね、とクロエが慰めてくれた。
本日は代わりにというわけではないが、ピクニック用につくった軽食とクリスティン叔母様が置いていってくださったお菓子を、お庭の東屋で楽しみなさいとは養母様のお心遣いだ。
ちなみに一人では寂しかろうと、私のお相手にアーサーとレイモンドお兄様もお留守番組としてお屋敷に残っているという。
ヤッター! 養母様、ありがとう。
お帰りお菓子、会いたかったよ。
王都でも比較的郊外に位置するエッジストーン家は、豊かな緑がとてもきれいなお屋敷だ。お屋敷の正面側には華やかな噴水。裏手には小さな丘とガゼボがある。
早速ガゼボに用意を整えてもらって、いそいそお庭へ出て行くと、お屋敷内のお庭だというのに見たことのない子どもがいる。艶のある長い黒髪をツインテールに結んだ女の子だ。
貴族らしい、お金のかかった洋服を着ている彼女は、周囲のことなどお構いなしにお庭を走り回っていたかと思うと、突然
「そこですわ!」
と植え込みに頭から飛び込んだ。
あまりの光景に、ただただ呆気にとられていると、もぞもぞと植え込みから這い出てきた彼女と目が合った。
彼女は私を見てにっこり笑うと、走り寄ってきて
「見てくだいな。やっと捕まえましたのよ。」と、何かを囲い込むように閉じていた小さな両手をそっとひらいてみせた。
彼女の掌の檻にいたのは、小さな緑色の光を放つ精霊。
もしかして、この子精霊が見えてる…?
いつもお読みいただき、ありがとうございます
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