七章9〜“足りないモノ”
「………」
未だにルシエルを睨み続けるエイルーナ。
そんな顔をしても仕方ないと思うが…なんて事は言わない。
俺へのアドバイスがあったのだから、エイルーナにもあるのだろう。
正直なんて言われるのかとか気になるが聞かない方が良かったりするのだろうか?
「…お前は今のままじゃどれだけやっても俺に追いつけない…」
そんな心配をしている間にルシエルは喋り始めたが、その言葉はエイルーナだけでは無く近くで聞いていた俺も、レイスもミシェイルも言葉を失った。
「何故…ですか?」
ここでそれは俺が最強だから俺に勝てるやつなんていないとかそんな理由ならいいが、そういう訳には行かないようだ。
「お前には決定的に野生的な感覚が足りてない」
「…野生的な感覚?」
エイルーナだけでは無く俺も意味がわからない。
「戦士には本能で戦うタイプと理性で戦うタイプがいる…自分がどっちかわかるな?」
それなら俺は恐らく理性型だろう。
勘でどうこうってのは持ち合わせちゃいないし、色々考えて煮詰めてやるタイプだ。
まぁつまりアドリブは少し苦手な気もしなくもない。
そう考えるならエイルーナは本能型なのかもしれないな。
「私は本能のタイプだと…思いますけど…」
「ああ、そのタイプには決定的に野生の勘…まぁつまり第六感なり危機察知能力なりが足りてない」
これがよくわからない。
そもそも第六感とは?五感とは違う別の感覚、一言でいい切れば勘、上手く言うならインスピレーション?投げやりに言うなら運とだって言えなくもないような事じゃないか?
「こればっかりは幼い頃に死にかけたり、実戦を経験したりする事で身に付いたりもする」
うーん…少なくともエイルーナは幼い頃に死にかけるような事には合っていないだろう。
実戦だって旅に出る前のサバイバル訓練が…あれも演習に入れるなら旅に出てからかな?
「……よく分かりませんが…それはどうすれば身に付くものなんですか?」
「簡単には…いや、普通に生きてたら無理だろうな」
俺も全然ついていけてない。
そもそもルシエルも口達者ではないのだろう、俺やエイルーナの為に探り探り言葉を選んで考えて話してくれているのだろう。
「…じゃあ今から理性的に考えて戦っていけと?」
「今更無理だしそもそも向いてねぇ」
「じゃあどうしろって言うんですかっ!!」
エイルーナは珍しく声を荒げてそう口にする。
その表情はいつものクールな表情ではなく、年相応の少女の悔しそうで、そして悲しそうな表情。
ルシエルも少し心苦しそうだ。
ルシエルだってエイルーナを虐めたい訳じゃないのだ、それでもエイルーナの為に伝えようとしているのだろうが、それが上手く伝え切れていないのかも知れない。
「…実戦経験が足りてねぇ、もっと死を間近に感じて戦っていかねぇと、とてもじゃねぇがその感覚が身につかねぇし…その先を見ることは出来ねぇ」
ルシエルは最後に俺に視線を向けてきた。
もしかしたら俺にも関係があるということなのか?
「………」
エイルーナの心境も複雑だろう。
ルシエルの言葉の意味を全て理解出来ているようには見えないが、強ち全てが的外れだと感じているわけでもないのだろう。
実戦経験が足りていないのは実感していることだろう。
そして幼い時に死の危険を体験した訳でもないのは間違いない。
俺も前世で聞いたことがある、野生という感覚は生まれ持って全ての生物が持ち合わせている感覚なんだとか。
そして成長するにつれて薄れていく感覚。
それは身の安全な場所認識で平和な生活を送ったりと……普通に人間が求める当たり前の事をする事で薄れていくのだと…。
その仮設自体も本当なのかどうかわからないが、ルシエルの言いたい事は恐らくこの事なのだろう。
そして幼い頃の体験は、時にトラウマのように恐怖としてその身に刻まれという事なのではないだろうか?
「…私はどうしろと?」
いつもより少し言葉が弱々しい気がする。
エイルーナにとって強さとは自分の生き方そのものの意味なのだろう。
彼女は大半の女性が望む幸せは望んでいない、修行僧のように己を厳しく律してただただ強さを求めている。
しかし彼女の世界は狭かった、故に独学で己を磨いていく事しか出来ず、そして彼女はそれを選択した。
結果が負けて、そしてこのままでは勝てないと……そう宣告される。
「…俺はその答えを知らねぇ…」
ルシエルの呟くような答えに、エイルーナは背を向けた。
下を向いてそのまま歩き去っていく。
「ルシエル!それは無責任じゃないのか?そんな事ならそこまで言う必要は無いだろう!」
ミシェイルがルシエルに噛み付いていくが、ルシエルも表情は変わらない。
「…俺は何でも知っている訳じゃないし、俺の思った事を伝えただけだ、それが必ず正しいなんて事はない」
ミシェイルの言いたい事も分かる。
だが、ルシエルの言い分も分からなくもないのだ。
エイルーナからしても幾度も剣を交えて、そして短いながらも旅の片手間に教わってきた仲だ。
そんなルシエルの言葉を聞いて無視ともいかないし、素直に受け止めてしまうのも無理はない。
誰かが悪いとかそんなんじゃない、ルシエルは言い過ぎな所もあったかもしれないが、本人としてはどちらかといえば親切なつもりなのだし、そんな言葉でも揺らぐようにエイルーナだって見えない。
負けた後のタイミングだったりと…色々重なったのかもしれない。
そんな俺をメリエルがずっと見ている。
何か言いたいのか?何だろうか?
そう思ったが、その目を見て何か感じ取った。
今はそんな事はいいのだと…やる事があると…!
「レイス!ミシェイルを頼む」
その意味はレイスなら理解してくれるだろう。
レイスと少し嫌そうな顔をしながら頷いてくれた。
俺はエイルーナを追いかけて走り出した。




