七章5〜“挑戦”
エイルーナは負けず嫌いである。
それは俺相手に限らず、レイスにもミシェイルにも、そしてメリエルやルシエルにも何かと張り合う。
競うことが好きで、本気で取り組んでは悔しがり、そして喜ぶ。
そんな彼女が最も拘っている事は剣であり、力である
それはベンチプレス何キロ上げるとかそんなのじゃない。
剣の…戦いの…極端に言えば殺し合いの技術、強さに拘るのだ。
そんなエイルーナがここ最近で全く勝つ事が出来ない格上の相手であり、そして歳の近い相手。
一応俺は同格なのだと思うが、俺から見てもルシエルは格上である。
エイルーナはルシエルに負けた事を根に持っているのはみんなが知っている。
それ故に何かとルシエルに噛み付いているのも知っている。
それでも彼女はストイックで、目的の為に変なプライドを持ち合わせたりしない。
一緒に過ごす相手で、自分を負かす相手。
アルフリードのように懇切丁寧に教えてくれるわけでもなく、とりあえず相手して…そしてボコボコにする男女平等主義。
何かと嫌いだと言いながら噛み付くが、それでも教わる姿勢を持つ……プライドが邪魔して嫌いな相手、歳の近い相手に教わる事は嫌だなんて事は言わない。
そんなエイルーナだからこそルシエルも毎日毎日そのわがままとも言える修行に付き合っていたのだろう。
「…ルシエル、私と本気で戦って下さい」
沈黙が場を支配する。
俺たちのいる店、前世でいうなら大衆居酒屋というのが最も近い店。
ドワーフのように一日中暇があれば酒を片手にガハハハと騒ぐとはいかないまでも、どの世界でも昼間から酒を飲む輩はいる。
それは冒険者だったり、漁師だったり、ならず者らしい者たちだったりと……。
なので店は静かとは口が裂けても言えないが、このテーブルだけは静かだと言える。
2人の視線が重なっているのがわかる。
「……いいだろう、明日の晩でいいな?」
「はい、勿論」
ルシエルは確認を取ると立ち上がり、そして1人店を出て行った。
メリエルはついて行くわけではなく、それを見送ってからテーブルの料理を…というよりルシエルの分を食べている。
エイルーナの選んだ選択は彼女なりの考えがあっての事なのだろう。
「…皆さん、ご迷惑をお掛けしますが立会いお願いします」
エイルーナはそう言って頭を下げた。
本気で殺し合いとはいかないだろうが、それでも真剣を使って斬り合うのだ…怪我人なんてのも出る可能性がある。
言われなくても立会いはするつもりだ。
「ああ、任せろ」
「いいよ、あんまり俺は役に立たないけどね」
「……わかった」
全員が返事した辺りでエイルーナが俺に視線を向けているのがわかった。
「ん?どうかした?」
俺も立会うと返事したつもりだったが聞こえなかったりしたのだろうか?
「…レオリスは良いんですか?」
「……」
予想していた…というよりエイルーナがらルシエルに戦おうとそう言った時に、自分も微かに思っていた事だった。
身体能力に差はあるものの、歳はもちろん体格だけ見ても近い自分より強い相手。
学園に行けばゴロゴロいるかもしれないし、そもそも探せば困らないだろうが、旅をしててそんな都合いい相手と、それも都合よく殺し合いではなくあくまで試合として…戦える事は無いかもしれない。
少なくとも現状の自分の力試しをするにはピッタリの相手なのは間違いない。
「…そうだな…俺もやってみる」
これはチャンスのはずだ、ルシエルは強い。
高い身体能力に頼らない技術、若さに釣り合わない数々の経験…戦ったこともあるし何度が師事を受けた事もあるが、本気で挑んで得るものもあるはずだ。
そうと決まればやる事がある、それはエイルーナも同じ気持ちのようだった。
そしてレイスはそれを汲み取っていた。
「はいはい、とりあえず用意やらなんやらはやっとくからいってらっしゃい」
片手をヒラヒラと振りながらレイスはそう言う。
ミシェイルも俺たちを交互に見てから頷いた。
「…ありがとうございます」
「ありがとう、行こう」
俺とエイルーナは3人を残して店を出た。
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場所は町を出て少し離れた砂浜である。
昼と違い、夜の海は暗く深い……気をぬくと飲み込まれてしまいそうな…そんな恐怖すら感じる。
しかし、その分空を飾る星々は美しい。
前世で見た都会の空とは比べるまでもない程に……そもそも田舎と都会ですら差があるのだから、きっと文明社会から外れる方が空は…というより自然は美しく、そして儚いのだろう。
いや、この場合儚いからこそ美しいのか。
俺とエイルーナは訓練用の木剣を手に2人で剣を振る。
まずは身体を慣らす為に軽く素振りをする、そして受け手と攻め手をしっかり分けた打ち込みの確認。
今回は木剣とはいえミシェイルも居ないので怪我をするわけには行かない。
しっかりと足場の感覚を覚える為、探り探りながらも訓練を重ねる。
打ち手と攻め手を分けての訓練は幼い頃からずっと続けてきた。
型の確認であり、そして今のように踏み込みの距離感をしっかり身体に覚えさせる為に…。
日によってやはり調子というのは大なり小なり存在する。
明日は絶不調かもしれないが、絶好調かもしれないのである。
しかし訓練だろうが実戦だろうがそんな事は関係ない。
素振りと打ち合いを繰り返しながら対ルシエルをお互いにイメージする。
「…いいですか?」
汗だくのエイルーナが呼吸を整えながら声を掛けてくる。
俺も手を止めて額の汗を袖の端で拭いながら向き直る。
エイルーナは神妙な顔をしているので、俺も呼吸を整えながらそれっぽい顔をしておく。
「…模擬戦をしたいのですが…ルシエルっぽく戦って下さい」
「……は?」
何か真面目な顔をして意味のわからない事を言っている気がする。
「だから、ルシエルっぽく戦って下さい」
「………」
エイルーナの真っ直ぐな視線に押されて、俺は何か微妙に頷いてしまった。
ルシエルっぽくって何ですかね?
あまり剣を構えずにって感じかね?
俺やエイルーナと違い型のない独特の剣筋、俺は目を閉じてルシエルの戦いを思い出し、そしてイメージして自分に当てはめていく。
「よし、行くぞ!」
結果は簡単にやられてしまったのは言うまでもない。
七章6〜“エイルーナの挑戦”
ルシエルとエイルーナの対決。




