六章19〜“モノクロの世界”
必死だった。
ルシエルの影を追う事に。
ルシエルの剣を受け止める事に、躱す事に、受け流す事に必死だった。
目で追っても追いつかない、姿はしっかりと確認出来ていない。
影を追うとはこういう事なのかと知らされる程に…。
それでもなんとか耐える事は出来た。
目では追えなくても肌で何となく感じる事が出来た。
影さえ追う事が出来れば、何となく剣が向かってくる角度と位置が理解できた。
ルシエルの地面を蹴る衝撃を足で感じ、風を切り裂く音を耳で、纏うマナや熱を肌で…あとは本能の指示に従って……。
望んだ音以外は聞こえない。
ルシエルの影以外は映らない。
全神経を集中して耐えていた。
次第に無駄な音は全て消え…そして世界から色は消えた……モノクロの世界。
俺はこの感覚を…この光景を知っている……。
剣を防いで、回り込んできたルシエルの動き…それが噛み合った気がした。
剣を引いて距離を詰めてくるその姿が、影ではなくしっかり見えた気がした。
たまたまなのか…疲労したルシエルが速度が落ちたのか?
それとも速さに慣れたのか……。
“今”
脳裏をよぎるイメージは、握る剣を手放し姿勢を低くして、そして腰の刀を居合いのように抜き放つ事だった。
その瞬間にルシエルが吹き飛んだ。
自分の手は恐らく剣を手放す一歩手前だった。
「レオ!大丈夫?」
少女が俺の元に駆け寄ってくる、遅れてエルフの少年も。
少し離れたところに2人の少女が俺たちを見つめているのがわかった。
音が聞こえてくる…色が戻ってくる…。
メリエルが心配そうに…レイスも…ミシェイルも…エイルーナは少し違う気もするが……。
「…ああ…助かった…」
急に体がドッと重くなり、握っている剣が自分の剣ではなく、別のもっと重たい鉄の塊か何かではないかと感じる。
よくこんなもの振り回したものだと思えるほどに……。
同時に力が抜けて、咄嗟に剣を地面に突き刺して杖のようにして支えようかと思ったが、支え切る事が出来ずに崩れるように座り込んだ。
同時に溢れるように汗が出てきている気がするし、急に脳が酸素を求めるように指示してくる。
「ハァ…ハァ…ルシエル…は?」
息が上がるが、それより気になる事を問いかける。
メリエルもいるしとりあえず安心して良い気もするが……。
ルシエルは起き上がってこない。
むしろそのまま倒れているように見える。
メリエルが確認しに近づいていく。
「大丈夫!」
振り返って一言そう答えると、ルシエルを軽々と担いでこちらに戻ってくる。
ついでに離れて見ていたミシェイル達も寄ってきた。
「怪我はないか?」
そういうミシェイルの顔は少しやつれている気もする。
治療に駆け回っていた彼女は彼女なりに疲労が溜まっているのだろう。
「俺は大丈夫、それよりエイルーナは?大丈夫なのか?」
「……ええ、大丈夫です、応急処置はしてもらいました」
少し歯切れの悪い返事をするが、それを掘り起こしている余裕はない。
とりあえず怪我は大丈夫そう…ではある、さっきまでミシェイルと一緒に居たし大丈夫だろう。
メリエルに背負われているルシエルを見ると、額からツノが無くなっている。
そこにはいつもの冷たさを感じさせる無機質な表情は無く、子供のような…というより年相応の可愛い顔をした男の子の無防備な寝顔だ。
「…色々あったのみたいだけど、とりあえずは大丈夫な感じ?」
レイスの一言に全員が顔を見合わせる。
俺を含め沢山の怪我人が出たし、マナ切れでフラフラの奴らばっかりだ。
これからもう一戦行こうぜなんて誘われても…たとえ気になるあの子からのお誘いだろうと土下座してでもお断りしたい。
それでもとりあえずみんな無事だ。
何か暴走して起きたらバツが悪い奴もいるだろうし、それに巻き込まれた意地の悪い奴もいる。
足を無くすかという痛みと恐怖に、それを繋ぐ痛みを知る事が出来た。
自責の念に苛まれる奴もいるだろうがとりあえず全員今は五体満足で無事なのだ。
それならいいんじゃないだろうか?
ルシエルが責任を感じて大人しくしてる姿はあんまりイメージできないが、エイルーナがこの前はよくもみたいな感じで絡む姿は容易に想像出来てしまう。
「みんな生きてるしな!」
ミシェイルが少し明るい表情で笑った。
一時はどうするかと本気で迷うぐらい顔が真っ青だったが、彼女なりに整理がついたのだろう。
新しい魔法も覚えていたし、もしかしたらこの短期間で1番成長したのはミシェイルかも知れない。
「1人死んでますけど」
エイルーナはメリエルの背でらしくない顔で眠るルシエルを見てそう口にする。
相変わらず表情は冷たい感じのいつも通りだが、声色からは疲れを感じさせる。
「ルルも後で褒める、その後叱る」
メリエルは何かよくわからない…が、こういう時は姉なんだなと思う。
いつもどちらかというと兄と妹って感じがするところだが…今だけはしっかり正しい形に見える。
いや、俺の偏見でしかないけど……。
レイスはそれを見て苦笑いしている。
俺はそんな様子を見てホッとしたところで、なんとなく察した。
いつも通り俺は気が抜けた後に意識を手放すのだった。




