六章13〜“氷の世界”
全員の状態を確認する。
メリエルは外傷こそなさそうだが、マナが底を尽きそうなのか顔色が良く無いし疲労の色が濃い。
だが戦略的にはルシエルと共に頼らざるを得ないだろう。
ルシエルも同じく外傷こそなさそうだが、やはりマナの消耗が激しいように見える、顔色こそ良くないがメリエルよりは元気そうなのは意地なのかそれとも本当に体力があるのか…。
エイルーナは外傷もすでに治療済み、体力的にもマナ的にも最も余裕がありそうだ。
魔装も扱えるから頼る事が多いだろう。
レイスは怪我もないが、元から体力が無いので少し疲労の色が見える。
ただ遠距離攻撃だし援護はそれほど問題ないだろう。
ミシェイルは体力もマナも相当消耗しているのは間違いない。
瀕死の俺を救い、エイルーナの治療を行った。
そして何より戦闘後の事を考えても、温存させたい、もし誰かが大怪我をした時にミシェイルがダウンしていたら大変だ。
そして最後に俺自身。
体力的には日頃の訓練もあって…と言いたいがかなり苦しいのは間違いない。
マナも相当使ってるし、限界は近いだろう。
戦力はあるようでかなり厳しいのは間違いない。
「ルル…もう眠い…」
「…わかった、少し寝てろ」
急なメリエルの訴えに少し悩むも承服するルシエル。
「こっちの都合だ、悪い」
「いや、大丈夫だ!ミシェイル…見ててくれるか?」
ミシェイルは頷いてメリエルを支えて少し下がっていく。
ルシエル達にも都合がある、というかメリエルには散々働いて貰ったからね。
文句を言う奴はいないだろう。
エイルーナはミシェイル達を確認すればこちらに向かってきている変異種に向かって走りだした。
それにみんな続いていく。
「ガァァァッ!!」
声を張り上げて巨大な虎に真正面から斬りかかるエイルーナ。
エイルーナは体勢を低くして、変異種の足の間をすり抜けつつその前足を斬りつける。
剣は深く入ったかと思われたが鈍い音と共にエイルーナが眉を寄せて険しい表情を浮かべている。
「鎧…か」
流石に少し学んだようで、外皮を大地のマナで覆って硬化した鎧を身に纏っている。
硬くなってこちらの生半可な攻撃は通らなくなるが、同時に動きは重く、鈍くなる。
それでも機敏な動きを見せる変異種は、足下に潜るエイルーナに動きながら前足を振り下ろす。
それを素早く反応して転がるように回避するエイルーナ、それに対してもしつこく追いかけるように何度も手を振り下ろす。
その度に転がって回避するエイルーナ。
魔物といってもネコ科である、足下でうろちょろする奴に猫パンチは……いかんいかん!
エイルーナに執拗に攻撃を仕掛けるその前足の付け根にピンポイントで矢が突き刺さった。
「流石にそこには鎧はないよねぇ!」
しっかり深く刺さったからか追撃が少し間が空いた、さっきからそうだが、地味にレイスの狙撃能力が凄いと思うのは俺だけだろうか?
エイルーナはその隙にさらに潜り込んで後ろ足の関節まで回り込み、そして剣を振るう!
鮮血を撒き散らしながら深く傷を付けている。
「……」
エイルーナは変異種の全体の反応だけでは無く、傷口の再生の確認をしていた。
「再生には再生の魔法か何かがいるのかな?」
レイスも同じようにそれを見ていたようだ。
先程の再生の時も足を止めて攻撃も何もせずに再生に徹していた。
魔法か何かと予想するのはいい線なのかもしれない。
「インパクト…ソード!」
インパクトアームズを発動、そして剣にマナを操作してそれを纏わせる。
剣は蒼白く光を灯す。
俺はルシエルやエイルーナのように魔装を使えないからな、連続での高速移動はかなり難しいし、つまり動きが遅いと接近して戦うには厳しい。
だがそんなことは言ってられない。
マナを集中して圧縮させる。
左足を前にしっかり自慢の感触を確かめる。
そしてその足を軸にして体を回転させる。
遠心力も加えて剣を振り抜くと、三日月のような形をした蒼白く発光したマナが鋒から飛び出した。
その斬撃は高速で変異種の前足に向かっていき、見事にその前足を斬り落とした。
「ワオッ!」
「えっ……」
「……へぇ、流石次期剣聖」
「わ、わお…」
あれっ?
なんか練習より凄いいい感じで出来たぞ?
岩の鎧の隙間とかじゃなく、鎧ごと根菜のように斬り落とした……。
自分でやっておいて自分でも凄く驚いているが、とりあえずドヤ顔しておいた。
変異種は前足を片方無くて、傷口から大量の血を流しながらバランスを崩して倒れてしまう。
変異種は動きを止めてマナを操作しているのがわかる、これは攻撃してくる感じではない!!
「再生するぞ!」
すぐにルシエルが声を上げる。
近くに居たエイルーナはすぐに頭側に回り込み、そして眼球に向かって剣を突き刺す。
眼球は赤く塗り替えられ、そして血が噴水のように傷口から飛び出してくる。
そのまま剣を抜き、そしてもう一つ目へ。
ルシエルは魔法を準備しているのがわかる、周囲がマナによって発光し、大量の古代文字が浮かび上がっている。
レイスはエイルーナが離れた眼球に追撃を与えるように矢を放つ。
俺も剣を抜いて接近する。
「ボンバーアームズ!」
魔法を発動させ、右腕を伝って剣に赤い紋様とマナが浮かび上がる。
接近して変異種の首元に剣を突き刺す、そしてそのまま剣を抜かずに皮、を肉を斬り開いていく!同時にボンバーアームズの準備を進めていく。
この瞬間はパワーアームズの楽さを思い知らされる。
肉を…骨の硬さを…そして日頃から手入れを欠かしたことの無い名剣は、俺の力にしっかり答えてくれる。
「離れろ」
集中して魔法の準備をしていたルシエルが声を上げる。
俺やエイルーナが変異種から離れる。
「アイスランス…」
剣を宙に掲げつつ魔法を唱えるルシエル。
練り込まれたマナのせいか、マナの波動が大きく強く感じ、背筋が寒くなる。
中空から大量の氷の結晶がそれぞれ肥大して、そして近くの結晶が混ざり、氷の槍を瞬時に作り出す。
頭上に広がる木々を隠すように、大量の氷の槍が生成されている。
周囲の気温がグッと下がっているのを感じる、そしてそれは人だけではなく、木々の葉っぱの一部が気温が下がったからか、結晶が凍り付くのに巻き込まれたからか、一部の葉を凍りつかせて、それが木々へと浸食している。
氷の槍が変異種を囲むように矛先を向け一瞬静止する。
恐ろしくもあるはずのその風景は、神秘的…幻想的…当たり前の事だが、前の世界では見る事なんてあり得なかったその景色は、ただただ美しかった。
掲げている剣をゆっくりと地に向かって振り下ろす。
剣の動きを合図に、氷の槍は同時に変異種に向かって降り注ぐ。
氷の槍が、悲鳴にも似た弱々しい鳴き声と共に変異種の皮を貫き、肉を貫き、そして骨を貫いて大地に突き刺さる。
それは一つの槍では無く…大量の氷の槍が、無残に無慈悲に殺意を乗せてその体を貫いている。
透明にも見える白銀の氷は、返り血で赤く塗り替えられるも、それでも美しさを忘れず…そして最後には氷の花とも錯覚出来る姿になってしまった。
「す、スゲェ……これが…魔法…」
思えば俺はこれほどの魔法を間近で見て感じたのは初めてかもしれない。
魔法を使う人が基本的にそれほど多く無いので仕方ないかもしれないが…。
初めて見たミリターナの治癒魔法には驚き、感動したのは間違いないが、俺が憧れてた魔法とは違った。
前世で、ファンタジーの職業を選ぶなら魔法使いが良かった。
その憧れた魔法は、こんな感じの派手な攻撃魔法だ。
少なくとも今まで間近でこんな魔法を必要とするような事はなかったし、使い手も居なかったのかもしれない。
だからこそ今、目の前の光景に感動すら覚える。
「……大丈夫ですか?」
俺の死角でルシエルが、膝をついたのをエイルーナが、少し迷ってから声を掛けて歩み寄っている、そして少し遅れてレイスが。
俺も慌てて駆け寄っていく。
「…大丈夫だ」
「ほんとにすごいねぇ」
本人もわかっているだろうが、マナの消耗による疲労だろう。
少しどころか普通に顔色も良くないが…、とりあえずは大丈夫なはず。
レイスはルシエルと氷の槍で貫かれて花のように見えるその肉塊を交互に目をやりながらそう口にしている。
剣を地面に突き刺して、それに体重を預ける姿はとても魔法使いには見えないけど……それでもさっきの魔法が頭から離れない。
なんかカッコよく見えてくるよね!元から美形でカッコいいのかもしんないけど…。
しかし俺が見るだけではかなり規模の大きな強力な魔法な気がする……。
今回は大型の魔物単体に全てをぶつけたが、魔物の群などの集団相手にも纏めて攻撃する事が出来るはず。
面制圧に長けた魔法だろう。
威力も疑う余地もない…だが、魔物とは恐ろしい。
マナのを波動を感じたのだ……、俺の間違いでない事がルシエルの表情が証明してくれている。
身体中に刺さる氷の槍を吹き飛ばし、そして肉が泡のように膨れ上がって形を成し、血を撒き散らして潰れる。
そこには先程と同じく、2本のツノを生やした大型のストーンタイガーが存在していた。
「…えっ…」
動揺を隠せない。
「ルーナちゃん!逃げるよ!」
レイスがそう判断して声を上げる。
エイルーナはレイスの視線からすぐに何を言いたいかを理解したようで、膝をつくルシエルの肩を担いで立ち上がる。
「やめろ…」
「黙っててください!」
ルシエルの力が抜けている感じが見ていても伝わってくる。
「レイスっ!先に行ってメリエルさんを!」
俺も慌ててエイルーナと逆側に行ってルシエルに肩を貸しながらレイスに指示を飛ばす。
レイスは走って先に進んでいるミシェイル達を追いかけていった。
まだまだ変異種は倒れない…、そして戦力が著しく低下してしまった。
どうする…どうする……。




