六章6〜“変異種”
慎重に慎重に森をルシエルと共に進んでいく。
進む程に足跡…気配を感じる様になり、自然と緊張が走る。
背の高い草の中に入って紛れて進むと、ルシエルの制止が掛かる。
隙間から外を見るとそこにはストーンタイガーが確かにいた。
しかしそのストーンタイガーは俺が戦ったストーンタイガーとは違う生き物に見えた。
大きさは10メートルを超えている。
同じような模様である事からストーンタイガーである事は認識出来るがあまりにもサイズが違いすぎる。
記憶は曖昧だが、前世の虎は大型の個体で3メートル前後、俺が戦ったストーンタイガーは4メートル強といったところだが、コイツはその倍以上の大きさである。
勿論体重も相応になるだろうし、手足の大きさも違う、爪や牙なんかもはや剣でしかない。
だがストーンタイガーと大きく異なるのはサイズだけではない…、ツノが二本生えているのだ。
「…変異種か…」
そうルシエルが呟いた。
俺も変異種…ユニーク個体については少しだが知っている。
現在の調査では不明な事ばかりだが、先天的なものでは無く、後天的に魔物が進化した姿である。
ストーンタイガーはツノが増えて巨大化した形だが、ツノが二本あるのが特徴だが、それ以外は様々な進化をする。
かつて発見されたジャルコンガの変異種は腕が6本になって体色が変色していたとか…。
同種の魔物を凌ぐ戦闘力に、何かの特殊な力を持つ個体も存在する。
そして同種の個体を支配する力を持つ。
本来ダンジョンのボスとかそんな感じの存在なのだが、稀にダンジョン外で発見される。
そして変異種…もといユニーク個体には、ギルドが確認し次第緊急依頼として張り出される事、そして個体名を付けられて冒険者達が命を懸けて討伐するのだ。
「…こんな情報はなかったよな?」
「ああ、最近なのか見落としたかはしらねぇが……避けて通った方が身の為だろう」
ルシエルはそう言って手で戻るようにと示しているので、それに頷いて答える。
変異種の恐ろしい事は強力な戦闘能力だけではない。
同種の支配権を獲得するということである。
魔物が統率を持って襲い掛かってくるのである、それも魔法を使えるストーンタイガーが、である。
恐怖を感じると人間はその対象を視界に入れておきたいと考え、そして無意識の内にそう行動してしまうものである。
今の俺の恐怖の対象は一つしかない、ストーンタイガーである。
そして俺はこの時ストーンタイガーを見ていた…見ていただけであった。
不意に目が合った気がした。
背の高い草の中に未だに居て、そこから今退散しようとしたところだった。
風で草が揺れ、そして隙間から一瞬…ほんの刹那視線が重なった気がした。
向こうからすればこっちの方向を見ていただけだとそう思った。
だが…異世界はそんなに優しい世界ではなかった。
マナが大きく騒めくのを感じた。
俺が始めに反応し、そしてすぐにルシエルも反応して振り向いた。
ルシエルは左に、俺は右に飛び込んだ。
飛んできたのは岩の弾丸が、空気を巻き込んで木を、草を、大地を抉り取るように俺たちの居た場所を通過した。
同時に変異種は咆哮を上げて、空間を震わせる。
俺は余りの音に耳を抑えて伏せるが、その腕を掴まれて無理矢理に立ち上がるようルシエルに持ち上げられる。
「急げ!」
ルシエルも音は効いているのか、それとも状況からか、いつもの余裕が表情からは伺えない。
少し平衡感覚に違和感を感じているが、そんな事を言っている場合じゃない事は自分でもわかっている。
「走ってメリエル達と合流しろ!」
「合流してどうするんだよ?」
「…迂回して森を抜けろ、足止めはする」
ルシエルはそう言って俺に背中を向け、そのまま変異種に向かって行こうとするが、その肩を掴んだ。
しかしその手を振り払いすぐにルシエルは変異種の方に向かって行ってしまった。
「ルシエルッ!!」
自分の声だけが響くような錯覚。
もちろんその声に返答はない、ルシエルはあのストーンタイガーの変異種に向かって行ってしまった。
その場で自分の意思に迷いが生じて、足が動かない。
現状を仲間に…そしてメリエルに伝えなければならない。
だが今すぐにでも助けに…いや連れ帰りに行くべきか、援護しに行くべきなのか。
ルシエルの指示通りみんなで迂回して抜けるべきなのか……様々な選択肢が同時に脳裏を巡る。
どれもこれも正しく、そして全てが間違い…と言うより今答えなんてわからない。
つまり何を選択するかだ。
「レオッ!」
背後から自分を呼ぶ声…振り返ればミシェイルが走って来ていた。
そして少し遅れて他のみんなも居た。
「何でここに?」
「魔物の声が聞こえた!来るのは当たり前だろう」
…それもそうか…多分俺も同じようにすると思う。
心配してくれたのだ。
「ルルは?」
メリエルが己の弟が不在である事に気付いて俺に居場所を聞いてくる。
追い付いてきたレイスが周囲を見てなんとなく状況を察したような顔をしている。
「魔物のとこ?」
俺はレイスの言葉に頷いて答える。
メリエルが1人で向かって行こうとするのを俺は腕を掴んで止めた。
「レオ?」
「待ってくれ…」
みんなの視線が自分に集中する。
そうだ、俺もきっとルシエルの立場なら同じ事をするのかもしれない。
そしてレイスは、ミシェイルは…エイルーナは俺を助けにやってきてくれる気がする。
相手が強いとか危険だとは関係なく。
ルシエルとはまだ付き合いも短いが、傭兵と雇主って関係かも知れないし、立場からしたらこの状況は当たり前かも知れない。
でも違うだろう、それは……。
「俺たちも行く…みんなで行こう!」
俺の選択肢は決まった。




