第97話 団子談義
闇座布団に正座しているクロムだが、首を伸ばして俺に訊いてくる。
隣を歩くくらいの距離に近付いて、つば広の帽子の下で真っ直ぐな髪がさらりと揺れるのに目がいった。
暗かったからではなく、髪も黒かったんだな。
「なんでもいい、いやよくないけど、とにかく! さっきの場を乱したとき、魔気を放ったのよね? 昨日の夜みたいな」
面倒で、見たまんまだろと投げやりに言いかけたが、真剣な中に期待が見える。
なにか掴みあぐねているらしいものを解決する、ヒントになりそうだと思ったらしい。
寝不足でだるいからって、いい加減に答えるのはまずいよな。魔法おやじたちが危険と感じてるもんの対策にクロムの力が必要なんだし……。
「ええと、こんな感じで、手のひらに闇団子を作って……」
真面目に答えようにも、専門外のことだから言葉が出てこなかったぜ。
ええと出力を絞るならこのくらいか? それから伸ばしてと。
……餅のように伸び縮みする真っ黒い物体の天辺に触覚の生えた不気味なものが産まれた。
とはいえ俺にはそう見えるように感じるってだけだから、クロムには見えないだろう。
実演して顔を上げたら、クロムは冷たい目を向けていた。
「だんご、ね……もっとマシな名称を付けなさいよ。せっかくの技が泣くわよ」
「ぐ……分かりやすいかなーと選んだだけだ。これくらいは技とか大それたもんじゃないし?」
なにか拗らせたような名前よりマシだろ!
「そうね。確かに分かり易いけど。それも結構大変なことなのよ? 魔法使いなら、もっと集中してないとならないんだから。あ、もちろんそんな意味不明な魔法はないけど」
詠唱だとか無いが、意識を向けないとダメらしいのは見たけど。
「でも魔法おやじたちは速かったよな……というか、ずっと浮いてる奴はなんなんだよ?」
「えっへん。そりゃわたしが編み出した浮遊魔法だからね! 普通はホウキなんかを媒介しなければならないところを、なんと直接作用させているのです! 気になるならなんでも聞きなさい?」
「箒は定番かよ」
胸を反らして、わくわくと聞いて欲しさ全開だ。
毒姉のような主張は見当たらないが、ローブっぽい黒い服だからということにしておこう。
「いや、気になる件を片づけようぜ」
「そうよね……」
しょぼーんと肩を落としてというか、クロムは帽子に埋もれつつ再開した。
「魔法は使ってないのよね?」
「まったく」
「実は、なにか補助的な魔法を知らず使ってたりしない?」
「俺に聞かれても。昨日も話したと思うけど、ほんと魔法のことは分かんねえし」
「初めのお披露目のときも、掴みどころのない塊があったけど……」
そのまんま掴めなかったですよね。
「ずばっと聞けば? 分からないならそう言うし」
これでも俺だって仕事の途中なんです。
「うーん……戦ってるときは動きを見てたから、あなたが何か変な技を使ってるって疑ってなかったの。でも、さっき気付いたのよ。気配がなかったって」
気配? 魔力の流れがわかるとかでなくて?
「初めに俺が闇煙を弾いたのは気付いてなかったか?」
「大勝負だったからね! 闇の手を伸ばした全域を把握してたの。その相手が誰か、というのは後で知ったけど……あの時も、目で見ていたようなものだから」
「それで?」
「今見せてもらったものも、魔力が高まる気配は分かる。なのに接触した感覚がないから……気持ち悪い」
失礼な!
「そもそも当たってないだろ? 属性で弾くようにとかなんとか言いはしたけど、大ざっぱには強風に煽られるような感じじゃないのか。直に突き飛ばしちゃいないけど」
「それが伝えづらいところなのよ。そうじゃなくて、本当に魔法というか魔力が干渉した感触がなかったから」
「だから俺たちが近付いても気付いてなかったのか」
「ううん、それは別の方を向いてすごく集中してただけ」
「おい」
もう少し詳細を簡単に説明してもらったが、何かしら魔法って形になっている以上は、使い手にも変化が伝わるらしい。
互いに持ったコップをぶつけたような感じ?
「ほら、誰だって胸に手を当てれば魔力の流れくらいは分かるでしょ? 似たようなものよ」
「え。うんそうだね……?」
鼓動と同じようなもんらしい。それが自分以外にも伝わるというのが不思議だけど。
俺以外は魔力とやらが感じ取れるんだと思い込んでたから、魔法おやじや半モヒに普通に確認してもらってたけど……間違ってなくて良かったような気がする。
「そうそう、俺、闇耐性が異様に高いからだろ多分! おまえと……」
「おまえ?」
「……クロムと同じくらいとか魔法おやじが言ってたし」
お前ってところですごい睨まれた。
自己紹介し合ったわけでもないから、ちょっとどう呼ぶか戸惑ってたんだよな。
会議中も呼んでた気はするが、あれは進行上の都合で仕方なかったし。
言い直して怒られなかったから気にせず呼ぼう。
そりゃ今までも勝手に半モヒとか呼び名つけてたけどさ。
クロムの場合は闇魔女? でも自称だしなぁ……。
「それなら、わたしだって最高値よ」
「だから、俺は同等の力で反発させることで対象を消す感じで考えてるというか、ちょっと語弊があるけど、そんな感じで……魔法同士じゃないからじゃね?」
むにゃむにゃとクロムは俺の言葉を小さく繰り返している。
「魔法同士じゃないから……そっか。それくらい単純なことなのかも。そうよね。そのくらいの素質がなければ、大魔法に対抗なんてできるはずない。この天才と張り合うならば、それくらいの相手でないとね!」
「ふふ、気付いてしまったかアニキの真のちから、にぁっ!!?!」
「うわぁ!」
突如現れた半モヒの脇を小突いたら木々を擦り抜け闇へと呑まれていった。
いつも空気を読んでというか興味津々で、俺が何か話してるときは控えている半モヒだが、気配がなくてうっかり存在を忘れてしまうのだ。
そうさ、いきなり脅かすお前が悪いのだよ……すまん。
クロムは満足そうに顔を輝かせているが、目の前で人が飛んで行ったの無視?
ひとまず俺も無視することにして、クロムの判断は確認しておこう。
「少しは参考になったかな」
「魔力を体外へと魔法として形にして出さない技、よね……技か」
あ、またへこんできたよ。浮き沈み激しいな。
自信満々で編み出した魔法と思ったものを小手先の技と言われたようでショックだったんだろうけど。
だからって闇座布団で、ふわふわと浮き沈みするな。
なんというか、そこも気になるっちゃ気になるんだよな……聞いてみるか。
「そこまで魔法だと拘ってるのはなんで? 決まりで言えない感じ?」
「なんのこと?」
素で何を聞いてるのって表情だ。
「まだこんなところで試したりしてる理由もだけど、新たな魔法と思い込んでたこととか、なにか引っかかりがあるんだろ?」
魔法使いの感覚なんぞ分からないが、魔法おやじが話してたような違和感なら、一般的な魔法使いでも気付きそうなもんだと思ったんだ。
それが自称とはいえ、実際に大魔法を実現して見せたやつが気付かないとか……まあ心の声をあえて無視することもあるけどな!
俺の問いに怯んだ様子を見せたクロムだが、俯き気味ながら口を開く。
「……場の力や、持ち込んだ素材やらなんやらを合わせた以上の力が出てるんじゃないかって……今なら思えるの」
小さな声で言われたことで俺にも合点がいった。
「例の、異常な場かぁ」
自分の立ってる場所が急に不気味に感じられ、思わず黒く霞む木立を見上げた。




