第95話 イカスミロールケーキ
木の実広場を辿る道を、木の実を気にすることもなく半ば駆けるように通り過ぎる半モヒと俺。
どうせ行きがけに拾えないから後回しだし、ならば先に奥からちゃちゃっと片づけようと、毒きのこ退治を真面目に始めてからそうしている。
まあ嫌でも襲ってくるクワガタリスは叩き落しながらなんで、首回りをもこもこにしながらの急ぎだ。邪魔くせぇ!
黒川に到着すると、小休止がてら進む方向を相談した。
四級品冒険者だった昨日までは、黒川を越えた辺りを徘徊していただけなんだ。
「くくく、いよいよ黒森奥部を捻じ伏せる時がきたか……アニキが!」
「人任せに聞こえるんだが」
「もち背後はオレが固めやス!」
まるで囮に差し出されるような気分。
「手始めだから無理はしない。浅いところで様子見だから。ほら午後は早めに切り上げて買い物するし?」
毒きのこしか倒さないつもりだが、新たな敵を見れたらいいなぁという期待はある。見るだけな。
半モヒが突っ込んでいきそうだから少しだけ覚悟しておく。
「まずは敵の情報を掴むんスね。オレの話を鵜呑みにせず己の目で確かめるべきというアニキの方針は心得てまさぁ!」
「もうそれでいい」
さて、肝心の進む先。
前に崖があるだとか聞いたことを思い出したから、地形的に安定してそうな道筋を頼んでみた。
それは逆に、真の地獄である最深部へと続く道のりでもあるらしい。
「アニキにゃ軽いっスって。最難関とされる区域の手前辺りで、オレが寝泊まりしてたくれぇっスから」
「それって、闇耐性上げしてたっていう……」
満面の笑顔で半モヒは大きく肯く。
たわけが。
お前それ、もっと弱い時の話だったろ? 確かランクは三級品の時だったよな?
やっぱこいつ他の冒険者より異常に強いだろ。
話に聞く限りでは、鍛えるのに当たり前の方法ではなさそうだし、他にそんなことしてる奴の話も聞き覚えはない。
誰がそんなところに行くかよ。
「で、その道筋を進むとしてだけど」
改めて詳細を確かめたら、知らずヤバイところに連れて行かれる心配はなくなった。
まあ森の中なんで曲がりくねってるし、かなりの距離があるらしく、昼過ぎ辺りに街へ戻りたいなら長くは滞在できないとのことだ。
命拾いしたぜ。
「それにしても、この森って、どこまで広がってんだ?」
「どこまでかぁ……難しい質問っスね」
いつもながら、俺が何気なーく聞いたことが意外と込み入っているらしく、半モヒは唸る。
「切れ目があるわけでもないっつーか、魔力の場がありゃ何かしらあるっつーか……あっ、そうだ星歩き荒野! 人間がそう呼んでる荒野内でなら、半分を突っ切ってやスかね」
「荒野、森まみれかよ」
「全部が全部黒森じゃないっスぜ」
「都の方とかは別の森だっけ」
「繋がってるちゃ繋がってるんスが、黒森のように闇属性は濃くねっス」
この世界は大地というか、その場にある『何か』によって、生まれるもんが違うみたいだな。
それが今、属性に関すると聞かされたようなもんだよな。
じゃあ他には白森とか水森とかあるんかい。
いや森だけとは限らないか。
言われて裏門前からの光景を思い返してみれば、雲の壁に沿うように森は広がっているようでもある。
たんに遠くにあるから森の向こうで立ち昇って見えるもんだと気にも留めてなかったが、そもそも、あの雲は雲に見えて魔力によるなんやかやらしかった。
となると、あれが光属性……じゃねぇな、魔雨とやらが降るなら露属性の場なんじゃないか?
露属性の効果といえば、毒姉が毒魔女と呼ばれた所以が浮かぶ。
うっわ、毒霧なんじゃね? 絶対近付かんとこ。
逸れた。
要は、魔力の濃厚な流れが存在するとして、そこに雲帯や森なんかが連動してんじゃねえかってことだ。
ひとまず、そう結論付けると、昨晩の会合で得た情報の一部が浮かび上がってきた。
魔法使いが修行するのに利用する場ってやつ。
それが、ある意味では闇魔女クロムが事を起こす発端とも言えそうだった。
「アニキ、なにか気になりやスか!」
「いや、ちょっとな。俺も道を覚えておかないとなーと……」
ふと辺りを見回してしまったが、俺だって闇の濃さ具合という怪しい感覚を認識できるようになったばかりだ。
変わったことがあったとしても分かるわけないか。
これが他の皆が呼ぶところの魔力というもんなのかも、俺にはっきりしたことは分かんねぇしな。
「んじゃ、こっちっス」
黒川を越えたところから、俺たちは歩速を抑えて進み始めた。
初の道だから慎重に行くのは当然だが、俺としては街から離れていく方角のため気が進まないという理由で足が重い。
進む度に、徐々に闇気がもったりと絡みついてくるようなんだ。
これにも慣れなきゃならんのよな。
「ケキャキッ!」
「何の苦も無く鷲掴み」
相変わらず頭上から降ってくるリスもどきを歩きながら退治して、流れるように魂の欠片と毛皮を回収しつつ、先を見て溜息が漏れる。
なにやら明らかな異常が視界を掠めたのだ。
「こりゃまた、闇が渦巻いてんな……」
「え、闇っスか?」
これまでに聞いた話から、魔の気とやらが濃い場所はヤバイらしい。
実害としては、通り過ぎると息苦しさが半端ないくらいかもしれないけど。
魔物が増えるとかあるんじゃねぇの?
遠目に把握できる範囲では、空中に布団サイズの闇ロールケーキが浮かんでいるようだった。
避けりゃいいんだろうけど、ああいった所が幾つもあるなら面倒だな。
不意に半モヒが足を止めて、つんのめりそうになる。
なんだよいつも合図があんのに。
「どうした」
「……マジだ。闇の場、見えたっス」
ああ、属性値の高低で認識できる距離も変わるんだっけ。
「というかさ、その言い方だと普通は無い?」
半モヒが何度も首を振り、トサカがばさばさと頷く。
「まさか、魔法おやじが言ってたやつじゃないだろうな……」
「それはねっス」
ぇえ、現物は知らないはずだよな?
「きっぱり言い切るな。根拠は?」
「魔法団の管轄になる異常っスから。しかも領軍やうちと組んで対処しようってなしろもんだ。虹の浮島に匹敵し得るどでかいもんだってなら、兆候もこんなもんじゃ済まねえかと」
ふーん。そう言いながらさ、お前はなんで近付いてくの?
俺も行くけどさ……。
半モヒの背後から首を出して覗きつつ、ハラハラしながら俺は足を進めた。




