第94話 冒険者的朝の始まり
「ねっむぃ……」
門番タツィオさんと約束したからとか関係なく、いつもと同じく時報妖精が飛んできた頃に起床。
まあ起きたと言っても、轟音さえ聞こえないほど爆睡してたが半モヒに揺り起こされた。
目覚ましもないのに、よく起きれるね……。
しかも、何故か鬼気迫る形相だったもんだから何事かと思ったら、飛び退いてファイティングポーズ向けられるし。
「ホッ、アニキ、目覚めやしたか。オレがこの危機を生き延びたとは……これもやはりアニキの指導の賜物か」
だとか、また訳の分からない勘違いで幸せを噛みしめてるし。
どうやら寝ぼけた俺に殴り殺されると危惧したらしい。
そういえば前に、戦場帰りの兵士が寝ぼけて奥さんを敵だと思って殺しちゃったなんて話を読んだことがあったな。
知らずに誰かを攻撃してしまうとか今まで考えもしなかった。勝手に身についちゃってる謎力なんだから、言われてみればありそうだよな。
なんて不安になったが、すぐにその心配はないと思い至った。
「そこは大丈夫。意識の外では大した力は出ない、はず」
「ハッ、そうか! アニキのことだ、対策してないはずがねえ! 完璧に己を制御してるに決まってるぁ!!!」
近くで叫ぶな。
何気なく拳を掲げれば、半モヒは茶を煎れるからと流しにすっ飛んで行った。
段々慣れてきたかなしみ。
掲げた手を目の前に持ってきて、手を開いたり閉じたりする。
それに合わせて、目には映らないが確かに纏っていると今では理解できる闇の気とやらを捏ねてみた。流しから、ヒッとか聞こえたのは気のせい。
これが、無意識化では作用しないだろうと考えた理由。
俺自身、使い方や感覚を掴んだ経験からだけでなく、魔法おやじの一言が決め手だ。
魔気、と呼ばれるもの――多分俺の力が発揮されるのは、それで間違いない。
説明によれば、魔力を練り上げて外へと働きかける技。
だから、使うぞって意識しなけりゃ使えねえってことだ。
あ……俺、思いっきり半モヒに弱点教えちまったよ。
ま、まあ、日頃の感謝を忘れないでいてくれるだろう。
それが砂上の楼閣と知ってるから冷や汗もんだけどな……。
ただ、弱点といっても、単純に寝首を掻くのは難しいだろうけどな。
意図せず攻撃を受けたりしても、痛いくらいで済んでるからだ。
耐久下限が他の人間より高いなら、攻撃受けて目覚めてからの反撃も間に合うだろう。
よし、脳内シミュ終了。起きよう。
そんな感じで、寝覚めから嫌なシチュではテンションも下がるというもの。
「さすがのアニキも、あんな大技を解放した後じゃ疲れも引き摺りやスか!」
「……お前はいつも元気だよな」
「げへへ、昨夜はなにもできやせんで」
照れどころはどこだよ。
半モヒだって闇魔女に物凄い勢いでふっ飛ばされたりしてたろ。
それでいて、しれっと戻ったりしておいて全くの疲労知らず。
普通に考えりゃ他の冒険者も同じだよな。
二級品との差ほどではないにしろ、その内、他の三級品の奴らと仕事することになったりしたら苦労しそう。今から憂鬱だ。
俺も今日から三級品ランクになることだし、ちっとは気合い入れねぇと。
あ、級外品ランクだとか、わけ分からんのは知らんから。
毒姉の悪気しかないもんを、まともに受け取ってたまるか!
朝飯を前に、それも真っ先に伝えておこう。
「そのようなわけで? 俺も本日から三級品冒険者なわけです。三級品な」
「お、さっそく三級品依頼場所でも、挨拶回りするってことっスか」
「しねぇよ。言ったろ、都行きの準備するって。昼まで毒きのこ狩りでもして、ちょろっと費用捻出したら、後は買い物とか準備に充てたい」
「うおおお! それはそれで盛り上がるっ!」
フッ、チョロイぜ。都行きの提案しておいて良かった。
大変な場所に連れて行かれたら、筋肉痛で準備も辛くなりそうだし。筋肉痛で済めばいいけどな……。
もし今怪我でもしたら出かける気力もなくなりそうで、行動に移すまでは慎重にいきたいんだよ。問題の引き延ばしでしかないがな。
さて、ご飯ご飯。
本日の朝食は、一見、目玉焼きが乗った焼きそばだ。
まあ匂いからしてソースや醤油っぽさはないし、いつもの如く別のもんだろう。
ゴボウ麺だった。
せめて、せめて卵くらいは同じもんが食いたいと、淡い希望を胸に齧る。
「ぅ……うめえ! ちゃんと卵してるやん!」
「やはり、アニキはこういった力の出る食材が好みっスか。久々に手に入って運が良かったぜ!」
ぐ……また高級品?
栄養豊富らしいところは、俺の認識する鶏卵と変わりなく思うが、この世界だからな。
なにか変な生きもんの卵とか言うなよ? 多分、そうなんだろうけど……。
「あー、半モヒ。高いものは、たまにだから美味いんだよ……この意味が、分かるか?」
秘技、もったいぶった溜を作る話法。
これで半モヒのスーパーポジティブ思考が炸裂する!
「そ、そうだったッ……! アニキは毛菜炒めでさえ有り難がって食うほど清貧な暮らしをしてきたんだったぁ!!! 食いたいもんが、いつでも食えるとは限らねぇ……それも修行の一環だったとはなぁ!」
「もっ、もうさい? ……いや、分かってくれたならいい」
これまでも見た目に裏切られることはあれど、まずかったことはない。
やはり俺の精神衛生を穏やかに保つため、食材について探るのはやめておこう。
砲丸パンと弁当箱を受け取って、俺たちはモヒ家を出る。
昨日までと、なんの変わりもない一日の始まりである。
「いや昨日より、ちょっと遅くなったか?」
「こんくれぇなら遅れにもならねっス。昨晩働きが悪かった分、昨日の稼ぎを超えてみせやすぜ!」
騒ぎつつ到着した裏門脇では、タツィオさんが欠伸を噛み殺した口を抑えてそっぽを向きつつ、片手を上げて挨拶してくれた。
隠しきれてないから。期待を裏切らない人だ。
「徹夜っすか?」
「いや仮眠はとってるぞ。仕事に響くからな。そのための詰所だ」
タツィオさんが背後のボロい掘っ立て小屋を指さす。
そこらに放置してある木切れを継ぎ合わせて壁に立てかけたような小屋だ。
仮に街の治安が悪かったなら、門番が真っ先に狙われそうという趣。
こんな場所で寝泊まりとはご苦労さんです。
正直、報告のこととか気にはなるけど。
俺も疲れが取れてないこともあって、何をどう聞いていいか頭が働かん。
冷えて乾いた空気を一度、大きく吸いこむと、気合いを掻き集めるようにして荒野へ飛び出した。




