第91話 夜明け
狭い部屋に並ぶ面々から安堵の空気が漂う。
釣られて俺も気が緩んだ。
改めて見ると小さな灯りを囲んだ集まりは、どこのサバトだよと。
「では早速、上に報告させてもらうが」
「こちらも明日には届ける手筈を整えよう」
偉い兵に魔法おやじが頷いて、会議はお開きとなったらしい。兵は慌ただしく帰っていく。徹夜で報告書作成とかあったりしそう。
部屋を出ていく最後の兵が振り返った。
「ヤロゥ、ミノル。遅くなったからって寝すぎんなよ」
「タツィオさんの欠伸を見に行く楽しみがあっから」
「はっ!」
門番長タツィオさんは楽しそうに鼻を鳴らして走り去った。
これからまだ仕事だろうに元気なことだ。
ここでの深夜の感覚は分からないが、時計があるなら多分今0時は過ぎてる。
俺たちは帰って寝るだけだが……だよな?
立ち上がって毒姉を見たら、部屋を出ようとしていた。
「んじゃ、私も帰るわ」
毒姉の視線は俺たちにも来いと言っている。
そそくさと後に続くが、魔法おやじとクロムもついてきた。なんで。
細く短い廊下を抜けて店先に出る。
壁沿いの箪笥に目が行った。
魔法書、もう一度くらい確認したほうがいいか?
怪しいかな。どうせ都に行くなら向こうで見せてもらうか。
都に……。
つい魔法おやじを振り返った。ついでに毒姉にも、助けを寄越せと視線を向けておく。
「ミノル殿、なにか気がかりが?」
「その、俺、近々都に出かける予定だったんだ。頼まれたことはやるけど、実行期日とか、分かんないよね?」
「なっ! 都に移られるというのか!」
「短期だから! ちょっと出かけてくるだけ! ただ、ほんの数日ってことはないと思うし」
「おお、そうか。冒険者であれば当然のことだったな」
予定が分からず足止めされると困るから、曖昧な内に出た方が良さそう。
まあ一度戻ってくるにしろ、連絡とかどうするんだ?
「遠方に連絡取る魔法とかある?」
「ミノル殿はいつも面白い言い回しをされる。無論だ。我ら魔法団は、各地の連絡を密とせねばならんからな。高度な健脚の魔法の使い手は揃えておる」
「そっちかよ!」
そうだと思ってたけど。電話とかそっち方面行かねぇの?
テクノロジーツリーはどうなってんだよ。
「おや? しかし、ミノル殿はまだ級が……」
魔法おやじが不審げに毒姉を見た。
「知っての通り、まだ四級品よ。二級品と組んでるから止める理由はないでしょ」
「なんと、未だ三級品にも達してなかったのか! ポイズィ殿、ミノル殿の技を目にしたことはあるか?」
「それで勧誘したから少しはね。うちのもんをヤロゥを含めて、まとめて薙ぎ倒したくらい」
「それは本気ではないな。今晩のものはそれどころではなかった。悪いことは言わん、ポイズィ殿。昇級は速い方が良かろう。晩成に過ぎるというのは惜しすぎる」
だからぁ俺はまだ若いんだって!
「ちっ、口出しされる言われはないけど、そっちの都合もあるってんでしょ」
「幸いまだ四級品なら、上がるのが早いくらいは問題なかろ?」
そりゃ三級品が普通レベルなら、そうなんだろうけど、また何かの交渉?
さっきの依頼に関するのは分かるが。
……領主にも届ける案件か。
それに参加する人物なんだし、できれば少しでも級が上の方が納得させられやすいとか?
いい加減に頷いて出ていこうとする毒姉を、魔法おやじは止める。
「ポイズィ殿、彼の力量は――級外品と呼べるものだ」
いや、だから、なんなのそのクラス?
毒姉は無表情でおやじを振り返り、はっきりと返した。
「貸し出す方としては、そのくらいの売り込みはしておいてくれるとありがたいわね。言われずとも街に降りかかる問題なんだから、冒険者組合としても融通つけるわよ」
なんだよ人を勝手にレンタル品みたいに……。
はい人材派遣業ですよね。
そんなこんなで、ようやく再び夜空を拝めた。
吸う空気が新鮮に思えるよ。
軒先まで見送りに出てきた、魔法おやじとクロムを振り返る。
途中で別のローブ人間が水を持ってきたから、顔の血は綺麗に拭われている。
今はもう俺を睨むこともなく、頼りなげに立ち尽くしていた。
「クロムは」
「今夜は、ここに滞在してもらう。今から荒野を戻るのも危険だからな」
内々の話もあるんだろうけど、家に帰すつもりでいるのか。
そういえば謹慎といった罰則さえ聞いてない。自由だなー。
いや自治体の力が強いのか?
逃げようもない環境というのが大きいのかもしれない。
そこで毒姉が、ぴたりと足を止めた。
振り返って腕組みし、なぜかクロムを見下ろす。
「闇魔女と名乗る者が、あんたみたいなひよっこだったのは意外だったわ」
「毒魔女と知られた貴女に、憧れてつけたの」
あ、それは禁句……。
暗いはずなのに一部の闇が深まったんですけどー。
しかしクロムは平然としている。嘘だろ……。
あれ? そういえば一度も毒姉に怯えてなかったような……?
そこまで憧れるなんて、どんな得体が知れねぇ噂話を信じたんだろうな。
「あんた、ミノルに感謝しなさいよ」
毒姉は顎でしゃくって俺を示すと踵を返した。
微かにクロムの口の端が上がる。
ずっと泣きそうだった顔に、笑顔が戻った。
荒野でバカ笑いしてたどの元気さは感じられないけど、それでようやく俺の気持ち的にも、一区切りついたようだった。
「えーと、もう一度謝らせて。ほんとごめん」
俺も会釈すると慌てて毒姉の後を追った。




