第9話 ゴブ退治
森の境らしき木々もまばらな狭間には、半ば草に覆われた盛り土が段々状に連なっている。
「元は人工的な何かを埋めたとか?」
「ほぉ、鋭い。共同大窯跡地っス。陶器を焼くのに昔はこんくらい大きな設備が必要だったとか」
「へえ。火力が要るもんな……それはともかく、何かいるな」
「あれが討伐対象っス」
盛り土と木々の向こうに、ふらふらとした幾つかの動きを捉え、木陰から濃緑の姿を盗み見た。
あれがゴブか。小型で濃緑色、群れてるところはイメージ通りだが……。
「……なんか、ちがくね?」
「そっスか? ごくごく普通のゴブだけどなぁ」
もう少し近付く半モヒの後に続いて、次の木陰から盗み見る。
そこには円柱の下がやや細くなった物体が、ふよふよと浮いていた。
表面は細かくひび割れた硝子のようで、蛇柄だとか花柄の装飾が浮いている。
「ゴブレットっスよ?」
「ああ、聞いたことあるわ。酒飲むのに使われていたコップだっけ」
ゴブ違いいぃ!
「いやいや動いてるじゃん!」
「そうなんスよ。職人気質の行き過ぎた男が大量に廃棄したゴブレットに怨念がこもって生えたらしいですぜ。余計な仕事してくれやがって、チッ」
「まさかのゴースト系! だったら物理効かねえだろ」
「それが所詮は陶器らしくって、割れる衝撃を受けると死ぬんす」
「幽体のくせに?」
「どうも、物質界での記憶を体が受け継いでしまって、割れたと勘違いしてしまうらしいっスね」
「思い込みかよ!」
こいつ説明すっときは人が変わったように小難しい言葉使うな。
口調は変わらないが。
「お前なかなか詳しいな」
「へへっ冒険野郎の基本っスよ」
照れてんじゃねえ。
それにしても、なんか、ちょっと懐き過ぎじゃね?
気持ち悪い。
ハッ! そうだ、単純なことを失念していた。
強大な力を持つが後ろ盾もなさそうな純真無垢な少年が現れ、手助けしようと近付いてきた気のいい奴は、実は何事かに利用しようと企む悪人だったというのは定番じゃねぇか。
前門のゴブ、後門のモヒ。
なんという危機的状況だ。
じりじりと距離を取るが、すっすっと流れるようにピタッと距離を詰められる。
さすがは二級品。動きに無駄がない……。
はっきり言ってみるか?
うーん……まずはゴブを片付けた方がいいかな。
最弱らしいし、あいつらを倒して憂いをなくそう。
「どう攻める」
「策など無用、軽ーく蹴るだけでもイチコロっスよ」
弱いもんな。
それは何かを企んでる説俺の中で絶賛浮上中な半モヒの言うことだが、ゴブ退治が五級品依頼なのは本当だし。
「んじゃ、いきやすか」
木陰から気軽に歩き出した半モヒに俺もついていく。
こいつ、逆襲する相手である俺に背を向けるとは、相当な自信があるのか。
一度見た技は通用しねーだったり、これも俺に信頼させるための策なのか。
半モヒの頭は相変わらず左右にカクカクと揺れている。
何かの催眠技か?
俺は陰謀に猜疑心を募らせながら、ゴブとの距離を詰めていく。
すぐ側が揺らめき、濃緑の姿が目の前に現れた。
「ひぇッ」
うっかり半モヒの背に注視していたせいで、ゴブが目に入ってなかった。
ふよふよ~。
ゴブ共は俺を取り囲むと不思議そうに眺めている、気がする。
背は俺より低いが、近くで見ると幅は太った人間サイズ。
遠目より巨大に見えるな……。
「コップのくせにでかいな」
「あー件の職人に対抗したつもりらしいとか」
「へー」
ふよ~?
どうも敵意とか感じられないんだけど。
なんかつやつやしてるし触ってみようと、そっと手を伸ばしたら擦り抜けた。
「触れないじゃん!」
罠か! これがお前の罠なのか半モヒぃ!
「幽体っスからー、壊そうって気合い入れねぇと」
「そ、そうなの?」
ふよよ~。
こいつら本当に怨霊なのかってくらい気が抜けるな。
とにかく試してみるか。
手のひらを向けて、こいつらが何か悪いことをしてる妄想を掻き立てろ。
えーっと、たとえば……コップの悪さってなんだよ。
入れた飲み物が消えるとか?
あっ、それだ!
「よくもよくも……麦茶と思ってがぶ飲みしたら麺つゆだったなあぁ!!」
コップじゃないけど、これ以上の卑劣な事例はあるまい。
思い切り突き出した手が濃緑の胴体へと吸い込まれ――擦り抜けなかった。
触れた途端、ひび割れたような文様に本物の亀裂が走る。
ピキャキャーン――!
甲高い音は、何故か現実に鳴ったのではないのだと感じた。
幽体が思い込みで割れるのだから、音もなんか鳴った気がするように人の耳に届くだけなんだろう。
「っスがアニキ! 呑み込み早ぇ!」
半モヒはパチパチパチと高速で拍手し、高速でモヒカンをバサバサ開閉する。
げんなりする光景はスルーして、今さら気付いたことを訊ねる。
「こいつらの攻撃方法ってなに」
ピタッと半モヒは固まった。
「え……神出鬼没な、ところかなぁ?」
攻撃手段ないのかよ。
人間サイズになったところで、コップはコップかい!
やけになって近付くゴブレットを叩き割っていく。
半モヒも俺を煽てる片手間に殴って片づけていた。
そういえばパーティで依頼受けたことになってるもんな。
しかし神出鬼没といえど経緯を聞けば地縛霊みたいなもんだし、現れるのはこの辺だけなんじゃないか?
周囲は森だが伐採用ではなさそうだし、山菜が生えてそうな藪もない。人が寄ってきそうな感じはないんだよな。
「害がないなら、こいつら倒す意味あんの」
「こうして一々出てこられちゃ再開拓もままならないッスからねぇ。職人組合だけでなく、領主も少し困ってるらしっス」
あー、再利用したいとは思ってんのか。
考えてみれば、建築中とか出てこられたら困るよな。
手元の作業が隠されれば鬱陶しいだけだろうが、高所作業中にビックリさせられたら危険だ。
「やっぱ、領主とかいるんだな」
「そりゃ新天地を統治すんのが領主っスからねぇ」
俺、住民登録とかしてないから、あんまりそっちの人とは関わりたくないな。
「あれ、新天地? さっき見たぞ依頼で」
街並みとか城にしろ住んでる人たちにしろ、歴史ありそうだったよな。
それで新天地?
「あー、ありゃ客寄せの見せ依頼っス。挑戦心は分かりやすが、滅多に見つかりゃしませんって。過去にどんだけの冒険者が世界を漁ったのかって話っスよ」
うわあ、何を話しても知っていて当然の常識が絡んできてチンプンカンプンだ。
取り繕いようのないレベルだし、もうズバズバッと話しちゃおう。
実際に取り繕えていたかは別だ。
「えっとな、新天地ってのはなんだ? 俺は山籠もりして修行してた設定らしくて、何も知らないんだよ」
「やっ、山籠もりだああぁ!? 世間を知らねぇほどとは、骨がありすぎと思いやしたぜ!」
……毒姉は俺に何を吹き込んだんだよ?
この様子じゃ山籠もりも、ちょっと人嫌いで鍛錬マニアの求道者が隠れて修行してたとかじゃないよな。
と、とにかく質問内容に集中してくれよぉと睨んでみる。
「あっ新天地っスね!」
そうして説明されたのは、予想以上に過酷らしい世界の実情だった。
人の文明がそこそこ育ってそうな街がありながら、どうして未だ冒険者とやらが存在し得るのか。
人跡未踏地が広いからだが、その理由は魔物のせいだけではない。
外壁の外に畑だとかない理由でもあった。
「人の住める領域を、いかに確保できるかが命題と……」
さっきゴブに対して、工事中に現れたら危ないよなぁと思ったことの大規模版。
色々と不思議現象が起こる場所が、あちこちにあるらしかったのだ。