第87話 俺のターン
これまでは、謎力の暴走を恐れて抑える方向に頑張ってきた。
それを制限解除するつもりで使おうと思ったのは初めてだ。
だって眼前に繰り広げられた魔法戦が、ものすごいもんに見えてたから。
あれを消すなり威力を弱めるには、躊躇してられないかなって。
そうして当然のように放つ方向が狂い、なぜか女の子を弾き飛ばしてしまう。
いやなんでだよと。全力で自分にツッコミたい!
幾ら必殺っぽい拳だろうと接触が必要だったろ!?
そりゃ、少しは思い当たることはあったよ?
毒きのこの胞子を落とすときとか、手で払ったというより、その感覚を全身に当てはめて成功したしな。
だから試すくらいはしてみようって行動したわけだが。
どうせ力を発揮するなら毒きのこで発揮しろよな!
ものすごいポジティブな見方をするなら、闇魔女サイドではないですよと街の守備側の皆さんにアピールできたことでしょうか。
魔法団の邪魔はしたが加勢したと言い張るぜ!
完全に時が止まったように静まりかえる中、一通り心で言い訳を唱えつつ冷や汗を流しながら、ふわりと浮かんだ闇魔女を凝視する。
おやおや? なぜか向きを変えて、こちらに来ますよ?
「あー、ええっと、決して攻撃するつもりではなくてですね……。そのう、ちょっと手が滑ったといいますかぁ……」
なるべく逆なでしないように小声で言ったはずが、よく響く。
助けを求めて横目に見回すと、どうやら周りは驚きに固まっていたり、拳を握って観客気分でいる奴もいるようだ。くそっ。
諦めて闇魔女に向き合う。
闇魔女は、近付きすぎないところで止まった。
手を伸ばせば届く程度まで下がっているため、ようやく顔もはっきり見えた。
思ったより可愛い、と思う。
思うが、真顔過ぎて怖い。
「気を放つとは……あなた、何者よ」
「あ、気なんだ」
あっさり謎が解けた。
それが何かは置いておくとして。
「ってか、鼻、鼻。血ぃ出てる!」
「あら、ありがと」
素直だ。
しかし無造作に袖で拭っただけだから、赤い線が横に伸びた。
もう少し気を使おうよ。
というか、そんな光景を見ていると込み上げてくるものがある。
「あの、せめて布を」
「それもそうね」
うっわーなんでだよマジかよ! 女の子殴って流血沙汰とか最低すぎんよ!
俺はパニックに陥りそうになる心を捻じ伏せつつ、クロムが取り出した布で鼻を拭うのを息を詰めて待つ。
顔を上げたクロムは、鼻栓顔で不敵に笑った。
「さあ、いいわ。歴史に残る魔法大戦の再開ね!」
そんな闇の歴史は刻みたくない!
「待った、ちょっと待って! 今のでやる気削がれたとか、あるだろ! 治療もした方がいいって……」
「今さら、このくらいで折れないわよ。あなたも魔法団の人間なら来なさい。全員まとめて相手になる魔法対決しようじゃないの!」
闇座布団に正座した闇魔女は懲りずに、よたよたと魔法団の前に飛んで行こうとする。
そして、また闇イソギンチャクが生まれるが、あまり力が落ちてる感じはない。
ないんだが、闇密度が落ちている感じがする。もう長くは持たなそう。
そうだ、魔力が足りないとか魔法おやじが言ってたろ。
前も、一度大技を使ったら帰っていったんだ。
どうせだから意地でも止めよう。
「さあ、行くわよ!」
「させるか! ごめん!」
「きゃああぁ!」
ばしっと、はたき落としてしまった。
くっ……我が身に宿る闇の力が勝手に!
「な、なにすんの。まだ準備が」
闇イソギンチャクの矛先が俺に向けられる。矛先?
とにかく狙う相手を戸惑った今だ!
「はああっ!」
「ちょとおぉぉ!」
さっきより調節できたが、やっぱり闇イソギンチャクだけでなく闇座布団ごと弾いてしまう。
もちろんそれも考えて軌道をずらして良かった。
クロムはしぶとく闇座布団にしがみついている。
「こ、このっ……闇の壁よ」
そんな体勢で新たに作られたのは闇煙の盾。
光傘魔法の一段落ちるやつに見える。
かなり力を削いでいる感触はあった。
闇盾の背後からイソギンチャクを伸ばしてくるが、さきほどの密度はない。
「さすがに全身を覆われたら、気を放てようがどうしようもな……」
しゅばっ!
「きゃああ!」
「ひ、卑怯」
「やめ」
くるくると落ちかけては、よろよろと浮かんで戻ってくる。
何度か繰り返していると俺も加減が掴めてきた。
「なあ、飛ばないとダメなのか?」
「……魔女っぽいから」
「あーわかる」
けれど、もうクロムは俺の頭の高さを超えることはできなくなっていた。
「ふ、ふん、なかなかやるじゃないの。じゃあ今度の今度こそ、こっちの番なんだから」
「もうやめようよ」
俺の前には、それはもう惨めったらしく項垂れた闇魔女が座っている。
どう足掻いても、俺と魔法での決着は付けられないと気付いたようだった。
積み上げて来た自信を、完膚なきまでに叩きのめしてしまった格好だ。
闇座布団さえ作れなくなり地上に降り立ったクロムは、抵抗どころか文句の一つを言うでもなく、大人しく魔法おやじに拘束された。
そんなわけで無事に? 俺たちはクロムを連れて魔法団を訪れている。
兵たちが呆然と見守る中、魔法おやじは流れるように連行した。
勧告を無視して、あれだけ派手に攻撃を仕掛けてきたから、領兵に引き渡すしかないと思ってたんだけど。
できるだけ魔法団内で処理したかったんだろうな。
なんやかんやあったが、どうにか俺は女の子が目の前で極刑に遭うなどという精神汚染を受けることは免れて良かったよ。
ちらとクロムの様子を窺う。
別の意味で胸が痛むことを除けばだけどな。




