第81話 おうち帰りたい
どこに行く当てがあるでもなく、自然と俺達は裏門を目指して歩いていた。
さっきまでの盛り上がった気分は一体なんだったんでしょうね。
うやむやな感じになってしまったと思ったが、まだ半モヒは何かを考えているような顔付きで黙っているのが気になった。
良からぬ考えが固まられても困る。
逆に俺から聞いて誘導するか?
それで、まずは半モヒが言いかけていたらしいことを用心深く訊ねてみることにした。
「で、今後ってのはなに」
まったく用心深さの感じられない直球さ加減になったが、半モヒは意を決したように頷き、重々しく切り出した。
「アニキも同じ人間だってのは、分かってたつもりだったんス」
そこに戻る? だよな。
こうして気を遣われると居心地が悪い。
だってなぁ、もう吹き飛んじまったし。
長くなると気まずいし先に進めてもらおう。
「それは慣れない場所で混乱してただけっていうか。俺が悪かったです。はい、もういいだろ。それで、何か提案? しようとしてたよな」
「まー、そうなんスけど……結局はなんにも浮かびませんでしたあ!」
「嘘だな」
「あっさり見破られたああぁ!?」
そう叫んだものの、半モヒは、いつもの自信ありげなような何も考えてなさそうな笑顔に戻った。
俺の意図を察してか、考えるのをやめたらしい。助かったぜ。
「はなっから押しかけてんだ。ちっとばかり兄貴の機嫌を損ねたからって逃げやしませんぜ」
機嫌は少しくらい気にかけてくれ。
逃げるとは思ってないつーか、逆襲が怖いんですけど。
胡散臭げに見たら慌てて説明が続いた。
「今後のことってのは、アニキが都行きだとか具体的な予定を立てたりしてんのに、我が身を顧みてみりゃオレからは何も提示しなかったではないかと、愕然としてたんっス! なにも浮かばなかったってのは、そういう意味っス。これから、これからっスから!」
俺が目を向けたのを、なにか誤魔化してるんじゃないかと疑ったのだと思われたようだ。
ふいと俺は前に視線を戻す。
ぐちゃっとした全部を洗い流すような気持ちを込めて、ゆっくりと言葉にした。
「それじゃ、これまでと別に変わんねぇよな」
「ええっ」
半モヒは一瞬、言いかけた言葉を呑み込み言葉を変えた。
「……アニキがそう言うんなら、変わんないっスかね」
これで話は終わりという意図は通じたらしい。
このまま俺の勝手ばかりというのも悪い。
少しは半モヒのためになりそうで俺も付き合えることって、選択肢は一つしかないんだけどな……。
鮮やかな青空を見て一つ大きく息を吸うと、気持ちを切り替える。
「今日は一日、毒きのこ狩り狙いで行くか」
「お? うおおおおお!」
「わざと当たりにいくのは禁止な」
「えええええぇ!?」
へそ曲げるのも、それをあっさり忘れるのも俺だ。
恥ずかしいと思うのも迷惑かけて悪いと思うのも本当だが、それさえも、あっさり流していく。
だってさ、俺のウニな頭で幾ら考えたところで良案なんか出てくるかよって。
それなら思いついたら即行動の方が、俺の場合はうまくいくんだよ。
兄貴には調子がいい奴と怒られてたけどな。
言われる理由も頭では分かってるけど。俺から見たら、その場ではっきり言えなくて、ずっと陰で不貞腐れてる兄貴の方が頑固で面倒くさい奴って思ってたから、素直に聞く耳持てなかった。
もちろん、責任感が強いからだろうって思う。場を弁えてるってことで、俺よりも親から褒められることが多いのも当然とは思ってる。
うちの親は兄弟を比べてどうのといった性格じゃないけどな。
俺のどうしようもないところを、おかんは笑い飛ばすだけで、おとんも呆れつつ、お小遣いくれたりするし。五円玉とかだけどな!
……みんな、どうしてるかなぁ。
父親が出張行って家を空けてたからと、なんとも思ったことはないし、兄貴が家を出ても、特に家の雰囲気が変わった感じもしなかった。
兄貴なんかは普段は憎たらしいと思っていたくらいなのにな。
だからといって、出て行って清々したとも思わなかったというか。
それは、なんというか、そういうもんだからって片付けられてたように思う。
簡単に連絡は取れるから。
こんな離れ方とは違う。
こうして決して届くはずのない場所から思い返すのとは、まったく違ったんだ。
そう思えば、すき焼きの醜い肉争奪戦だって、たまらなく懐かしく思えていた。
「アニキ、あっちに」
「分かるぞ毒きのこぉ!!!」
「なんと思い切りのいい豪快な横っ飛びだあぁ!!?」
一際濃い闇の空間を目がけ、腕を突き出して飛ぶ。
即座に黒い胴体を突き抜けるが、そんな衝撃どころか触れた感覚すら怪しいほど手応えが感じられないというのも時に不便だ。
腕が大穴を空けたところで毒きのこは絶賛絶命中なのだ。
それは肉体が保てず散るまでの間に、時間差があるということ。
俺は頭まで突き抜けたところで、毒きのこの胴体に詰まってしまうのだ!
こんなフュージョンしても、なんの技も繰り出せはしない。
「アニキぃ、ダイジョブっスか?」
「足、引っ張らなくていいからな」
半モヒが助け出そうか迷っている間にも、毒きのこはぐずぐずに崩れて散っていく。
その跡に、うつ伏せに投げ出されるのもお手の物だ。
「最速で倒せるのはいいけど、ちょっと面倒だな……」
「ということは? 別の技を繰り出すとッ!」
技だとか編み出した人たちに全力で怒られるぞ。
汚れを払うのは面倒だが、胞子攻撃を喰らう前に倒せるほかにも利点はある。
ちょっと腹に食い込んで痛いが、お陰で目で探す手間なく魂の欠片を拾うことができるのだ。
「欠片も拾った。次、行くぞ」
「なるほど、殲滅速度重視っスか」
「そんな感じ。半モヒも無駄に当たりに行かずに倒せよ」
「ほいっス!」
思った通りに半モヒは、討伐重視と聞けば無駄にやる気を溢れさせながら先導する。
その後に続きながら、俺も闇の濃度変化へと意識を向けるのだが――視界には、魔法団で見た本の光景がよぎる。
しっかり気持ちを切り替えるためにと、こうして俺にとっては最高難度の討伐に励むことにしたっつっても、頭にこびりついたように離れない。
ただ、まったく気にかけないのもダメだと思うんだ。
あれは、ヒントでもありうる。
俺は、自分の体に起こったことの原因に近付いたと思っていた。
それどころか闇魔法がかけられているということで、結論付けてさえいた。
それなのに、まだ謎があったんだからな。
でも、そんなことくらい、まだまだあるだろうさ。
それなのに感情を爆発させてしまったのは、変な状況に自分でも知らない内にストレスが溜まってたんだろうか。
これまでは状況として予想すればだとか考えるだけだったのに、具体的に立ちはだかる問題が現れたんだから。
しかも、その感情の出どころといえば、ありきたりな事だ。
――ああ、これがホームシックってやつか。
ようやくここにきて、その知ってただけの言葉と心情がリンクし、頭は素直に納得していた。
気持ちは別だ。
真面目に考えたら恥ずかしすぎる。俺にこんなところがあるなんて思いもしなかった。
はぁ……忘れよ忘れよ。




