第79話 謎力の謎
「やはり難解だったようだな。気を落とすな。初見ならば当然のことだ」
一向に俺がページを捲ろうとしないせいか、魔法おやじが声をかけてきたことで、ここが魔法団だということを思い出す。
長机の上で重い本を開いている脇に、魔法おやじは中級書らしき本も何冊か置いていた。
重い本から先に出したんだろう。俺は中級から色々見たいと頼んだが、本来用があったのは上級書だけだからな。
初めに出された上級書は光属性だった。
白い大理石のような色合いと手触りの装丁だ。露属性の方は例のラムネ瓶色だから、性質に合わせた作りにしてるんだろう。
真っ先に光属性を手に取ったのは、露属性という訳分かんないもんよりは、馴染み深いかもなというイメージだ。
似たような名称を採用しているゲームだって、各システムに則った効果だとか違いはある。
だから、俺が理解不能で困惑してしまうのもあることだ。
それでも周囲のことはそっちのけで、俺の意識は全力で困惑の理由を探り、それで混乱へと加速するのを、どうにか宥めようとする。
まず本の内容を確かめる時、俺はいつも、なんとなく真ん中あたりを開く。
今開いたのは後半に寄っていた。
そのまま、俺は固まっていた。
読めるんだ。理解もできる。
ただ、全部ではなかったのだと知った。
どうにか指が動きを取り戻して、改めて頭からぱらぱらと捲っていく。
初めの方はほぼ読める。
読めるのに。
それが段々と、一部にモザイクがかかっているような、ちらつきが混ざるようになっていく。
焦りながらページを繰るスピードを上げる。
最後のページで手を止める。
その文章は、ほぼモザイクで霞んでいた。
モザイク除去機など持ってきても意味ないだろう。
だって、文字だとは分かるんだ。
霞んでいるのは、俺の意識側の認識の問題で。
もしかして、あやふやに見えている文字らしきもんが、本来の姿なのか……?
いや、これだけが変なのかも。
急いで露属性の上級書を同じように頭から流していく。
こっちも読める。
半ばを越えても、光の本より読める。
後半に差し掛かり……読める?
そして最後らへんで、やはり同じ現象。
マジかよ……。
光だけじゃない。
なんなんだこれ。
おかしな感覚に、嫌な汗が流れる。
目をこすってから見直したところで、状態に変化はない。
まさか、俺の体にある魔法の力が、消えかけているんじゃないか……?
理解不能の現象と、どうにか理由付けようとして出た答えに不安が込み上げる。
たまらず自分の体全体に向けて謎力の感覚を確かめてみた。
「アニキぃ!?」
「ミノル殿!? 室内で魔法を試そうとせんでくれ!」
「俺の力、落ちてないよな?」
慌てて俺に手を伸ばしていた二人の顔を交互に見る。
どちらも今の流れを読んだから、その反応なんだろ?
「あぁ、やっぱアニキも、才能が肉体派なんスね……」
「なるほど。魔法を使えないのは、魔法の力が目減りしてるせいではないかと考えたのだな?」
それぞれ勝手に納得してることに、曖昧に頷いて話を促す。
言い方は別として、二人とも同じことを指している。
恐らく魔法を出す穴とかそういう話だ。
おやじが続けた。
「体内からの流れを魔法として形にできるかどうかは、個々人の感性に依存しておってな。それが魔法使いの確保を困難にしているのだが。ある程度は試行錯誤を重ねる根気も必要であるし」
うん、半モヒと話したことと大体同じだ。
「とにかくさ、今。俺が魔法の流れ? えーと動かしたのが見えたと思うけど、それは検査したときと違いはないんだな?」
「うむ、ないぞ。そもそも腹の内を傷つけることなどがない限り、一度ついた魔法力がなくなることはないものだ」
半モヒも満面の笑みでうんうんと大きく肯いている。
俺にかけられているかもしれない謎魔法のタイムリミットが来たのかと思った。
その不安は排除していいらしい。今のところはな。
「おお、失念していた。この上級書は、まず初級魔法を使えてから初めて理解できるようなもんでな。書かれたこと通りに試しても形にはならんもんなのだ。なまじ才能が溢れる故に自信があったのだろうが、気を落とすことはないぞ。まずは初級からじっくりと確かめてみなされ」
それも聞いていた。
ただ、それで上級書が読めるって事実は曖昧にしておこうと考えていたことを思い出し、今はそれに乗っかることにした。
新たに生まれた不安を飲み込んで――。
「は、はは……そうだよな、そんなもんだよなー」
文字自体は読めようとも、ある程度は魔法を使える前提の暗号めいた書き方をしてる。
ならば、俺が理解できないのは、その経験がないから。
だけど、魔法おやじは言った。
文章通りに実行しようと形にならない。
けど、半モヒは言った。
読み解くのにかなり時間をかけて情報を集めたと。
汗で冷える手のひらを見下ろした。
だったら、なんで闇魔法の上級書が理解できるんだ……?
――文章の通りでない隠された内容を、俺は確かに読み取っていた。




