第75話 街を取り巻く新天地帯の詳細
「えっ、たったの一日?」
興奮して話の逸れまくる半モヒを恫喝……誘導しながら引き出せたことは、意外な情報だった。
なんと都までは徒歩一日圏内だという。
荒野の中に点在しているらしい城塞都市群。この街は、その中でも端の方でヤバイ感じの位置にあると聞いた。
行商人らが毎回護衛を率いて移動しているし、多くの冒険者がその仕事を当てにしているらしいとも聞いていた。
だから、もっと離れてるもんだと思ったんだよな。
それで俺の貧相な知識から、車のない時代だと移動は馬車かもしんないと思い浮かべていたわけだ。
そういえばクーペだとかワゴンとか車の形状の名称は、馬車からの流用だとか、車の歴史番組で見たような覚えがある。
まあそれはどうでもいいんだけど、馬の扱いが分からんし御者付きで雇うだとか想像すると、要は費用がかかりそうに思えて、馬車のようなもんを使う考えは全くなかったんだ。
なら必然的に徒歩の行軍しかないわけで。
どちらかと言えば、半モヒが馬車を使うだといったことを言ったら、どうにか回避できないかと相談することを想定していた。
「そっか、一日なら、馬車とかいらねえな」
多少は安心できたことで、そう呟いたのだが。
「えっ、あれば何かと便利ですぜ? 不肖半モヒ、責任もって調達してきやス!」
「やっぱそういうこと言うんだろうなーって思ってた。いらないから」
「えー! オレもなにか役立ちたいんっスよ!」
休憩に便利だとかなんとか色々と、まだ何か言い募っているのに耳を傾けるが、それがないと危険といった話は聞こえてこない。
それなら徒歩でも問題ないんだろう。
不慣れなキャンプの苦労はあるくらいで、後は俺次第だよな。
そろそろ半モヒを黙らせるか。
「半モヒ。一日くらい根性出そうぜ」
「ハッ!! そうか……これも修行の一環だったんスね……」
どうせ根性出さなきゃならないのは俺だけだろうが。
なんで半モヒが……待てよ。
ただ徒歩で一日つったって、何を基準にしてるんだ?
まさか……半モヒ基準?
そもそも、何をもって一日?
この世界でいえば日が出てるのは、朝の大妖精が飛んで夜の大妖精が飛んでくるまでの間だ。
その内、どれだけを指してる?
それとも、明るい間はずっと?
半モヒは夜目が利くんだった。日が沈んでも歩き続けるのもあり得る。
幾ら休憩を挟むったって、そんなの俺には、いきなりじゃ無理そうだよな……。
さして整備もされていない吹きっ晒しの荒野だぞ。
あ、しかも魔物がいる。幽羅だとか魔物に警戒しながら、どれだけ気力がもつか分からねぇ。
気が付けば半モヒは出かける準備が整っていた。
俺も差し出された弁当を受け取ると、家を出て歩きながら質問し直す。
「都まで一日って、晩まで歩き通しじゃないよな?」
「まさか、日暮れには着きやスぜ。それも虹の浮島次第っスが、そりゃどうしようもねっスし」
「待ったー! それだよ、それ!!」
「ひぃっ!?」
なにか引っ掛かるもんがあると思ってたんだよ!
そうだった、道のりが大変な時もあるって言ってたやん!
「ん? それもおかしいな……新天地という場ってのは、外からの干渉無効化するんじゃなかったか? 空も含めて。なんで浮島が近付けるんだよ?」
「あっ、ああー、説明し損ねてやしたか! ますます喋りを鍛えねば!」
「そこは鍛えなくていいから。事情を教えろ」
「もちろん技は一つ一つ確実に磨いていきやス! で、浮島なんスが……」
当新天地星歩き荒野内には、都を中心に、周囲を囲むように幾つかの城塞都市がある。
その間隔は大体同じらしいのに、この街が特に星歩き荒野の中でも端に位置するというのは、やや語弊のある言い方だった。
しかし、そう呼ばれる理由は単純だ。
「そりゃ、綺麗に円形なはずはないよな……」
新天地帯という絶対安地だが、都までの道のりは、街道を通せるくらいの幅はあるというもんだったのだ。
ひょうたんみたいに、くびれて危うく繋がっていると。
「通り抜けることはありやせんぜ? とはいえ魔力風が遮れるこたねっスから」
人間にも魔法の力が備わり、妖精という魔法そのもののような存在が住んでいるのだから、この地が魔力を持つもんから遮ってくれているはずはない。
「それは分かるんだけど、なら、なんで浮島が邪魔になるんだ?」
「浮島の起こす現象が邪魔なんスわ。ほら、筋雲があったっしょ。幽羅を呼び寄せたっつーか。ああいう奴が色々っス」
「あー……回りの雲も魔力が漏れ出たようなもんだっけ」
あれの場合は、外壁の防御効果を薄めるというか、耐えられるほどに場の魔力を濃くして、魔物が動きやすい環境になってしまうという感じだった。
浮島という濃度高そうな存在が側にあるって……魔物がどれだけ活発化するんだろうな。
「だから迂回するしかないと。だったら、その場合は、日程つーより経路自体が変わるんじゃねぇの?」
「半ばで道を分岐させてるんで、そこに辿り着けりゃ、翌日には到着できやスね」
「そこの手前なら?」
「え……、三日かなぁ? でも、そこまで重なることは滅多にねっスよ?」
最悪だと三日かよ……。
ちょっと馬車チャーターに心が揺れる。多分、半モヒは、そういったもしもを考えた上で提案したはずだ。
こいつの情報の取捨選択は楽観方向なのが、たまに怖すぎる。
裏門に来ると、門番長タツィオさんは欠伸をしながらも、片手をだるそうに上げて挨拶してくれた。
前より砕けてきたということは、少しはあった新顔への警戒も薄れたということだろうか。
俺たちも一言挨拶をして素通りし、黒森へと入り込んだ。




