第70話 闇師匠
ひとまず毒きのこは倒した。
さて、次の問題は体に付着した胞子だ。
手についたもんは謎力で剥げた。
が、その手で自分を払うとか恐ろしい光景しか浮かばないが、どうしよう……。
かなり調節はできるようになってきたんだよな、これでも。
これまでの頑張りを信じて、まずは左腕からやってみるか。
足から試して歩けなくなったら帰るのが大変だからな。
「アニキ、まさかそれまで片づける気っスか……ものすごい張り詰めた気迫だ!」
なるべく粒々にだけ攻撃判定が働くように、微妙な殺意を右手に込めて、いざ!
ぱたぱたぱたぱた……。
慎重に腕を叩いたところから、ブハァっと粒々が弾けて落ちた。
「ふぉっおおおおお! あの頑固でしつこい汚れがサーッとまっさらに!? なんと繊細な力加減なんだあ!」
えぇ、なに今の。風ではらった?
いや手から風が吹いて払ったという感じではなかった。
突然に膜が張ったというか、体の表面から弾いたというか……ピンと張った布を指で弾いたような振動に近い?
ようは右手と同じかい。
そりゃ全身が劣化右手らしいとは思ってたけど……。
咳払いすると拳を構え、改めて全身に微妙殺意を意識する。
「フンッ!」
それっぽいかと特に意味もなく唸ったと同時に、パラパラと胞子は散った。
「な、なんだと!? そうだった……アニキはあえて敵の攻撃を受けて見せる男。胞子を受けた理由が、効果無効の技を持っているからだったとは……」
「あー、こうも呆気ないものだとは思わなかったけどな……」
ふぅ、今回ばかりは謎パワーに心底感謝したぜ。毎回言ってる気がするが。
それだけでなく半モヒから情報を聞いてなければ、粒々が絡まりつくあまりの不快さに耐えられず俺も髪を剃ってたかもしれん。
しかも、この粒は剃ったところで取れないんだろうし、永久に取れないかもと考えて発狂しそうになってたかも。
「強者は初めから違うのか! オレだって結構がんばったんスよ……」
「色々と教えてもらえたおかげだって。だから放心してないで戻ってこーい」
「ハッ、失礼しやした! いやはや、いつになったら度肝を抜かずにいられるのやら。まったく空恐ろしいっス」
この粒々半モヒはどうしよう。
俺は取れたけど、これで近付かれたらまたくっ付きそうだし……人のも取れねぇかな。
自分の手と、モヒカンを見る。
「なッ! なぜにオレを見て殺気が膨れるんっスか!」
うーん下手すりゃ首が取れそうでシャレにならんよな……。
さすがに他人に試すには、もう少しテストした方がいいか。
「いや、人のも取れないかなーと考えたんだけど、今はやめとく。というか、半モヒはどうすんだ、その粒々」
「いっ今はってなんスか!? いやぁ、こいつはオレが立ち回りをしくじっただけっスから。ベッドやら床やら掃除洗濯がめちゃくちゃ大変なだけっスし……」
「それ俺にも影響をするじゃねえか」
俺の寝床は玄関そばだし簡単に汚染されそう。
そもそもこれを街に持ち込むのすら嫌だわ。
ちょっと考えよう。
俺が胞子の粘着力を無効化できるのは、謎力を働かせて殴るときと同じようなもんだ。
しかし、この謎力は融通が利くもんじゃない。
元から体の部位で力の備わり方が偏ってるし。
それを俺の意識で加減を調整できるようになっただけだ。
で、闇耐性と判断された全身にまとった謎力が、以前予想したように闇魔法によるものだとする。
そうすると胞子の粘着効果が、魔法的に付与されたものだから断ち切れたのだろう。
ここ黒森の影響を受けた魔物だもんな。当然か。
「アニキー? 欠片は拾いやしたぜ。次はどのような作戦で?」
「悪い悪い。なんとか俺のやり方を伝えられないかって考えてた」
息をのむ声と共に、ショックを受けたように固まる半モヒ。
いつもと同じに見えるが、そこには俺への疑いのようなものも混じって見えた。
こいつ本気で言ってるのか、的な。失礼だな。
「見て覚えろとの方針だったアニキが、具体的に指導してくれると……!」
「もうそれでいいけど……できるかどうかは分かんねーから」
「そうだったのか! さっきの、オレを射殺さんばかりの気迫は、オレを試してたのかあああ! 教えたところでモノにならなければ、死、あるのみとおぉ!」
もうそれでい……よくない!
試してもらって上手くいかなかったからって俺がこいつを口封じなんてできるはずないし、どうせ死ぬならと本気で戦いに持ち込まれてはこっちが即死じゃん!
「おおお落ち着け、えぇと……そ、そう! この程度の小細工で、技などとはちゃんちゃらおかしいんだぜよ!」
「くっ……さすがに大技を伝授されるなんて思っちゃいやせんが、そのもったいぶりようには騙されねぇ」
「騙されろよ! つかそんな大層な技とか持ってねえからな! 俺、初めからそう言ってるから嘘つきやがってとか後から怒るなよ!?」
うわあ、ついめっちゃ本音をぶちまけてる!
でも騙そうとして騙したことはないつもりだし、たまには本音を漏らしておかないとな!
「フゥ、アニキがそこまで言うなら。オレも覚悟はできやした」
「だから覚悟いらねぇから」
長くなったが伝えるのは単純だ。
「多分これも闇耐性の範囲なんだって」
前に幽羅を発見しやすくなったことや、クワガタリスが生まれるのを察知できた理屈と同じだと伝える。
「な、なんと、段階的にオレに伝えてくれてたというのか、なのにそれにも気づかないオレに業を煮やして……うおおお! 掴む、掴んでみせやスぅ!」
そう言いつつ、なぜか半モヒは辺りをぎょろぎょろ睨み始める。
あ、魔物で説明したのは紛らわしかったか。
「掴むっていっても外の気配じゃなくて、体内の方つーか……それも違うか。なんだっけ、体んなかに流れる魔法的なもんは分かるんだろ?」
「そうか、その手が! オレは全身を鍛えて受けきることしか考えてなかった。どこで攻撃喰らおうが頑丈ならいい、反撃に転じればいいのだと……こまかいこと考えるのが面倒だったから!」
外見通り、実に解りやすい理由だ。
「必ずしも魔法として外界に作用させる必要はなかったってぇのか……」
なのに小難しいこと言いだすからよく分からない。お前飽き性だろ。
先ほど発泡茸が消えた場所を睨んで構えた半モヒは、両腕を構えて迎撃態勢を取る。
そして、半モヒの全身に――闇が、血管に乗って走ったように見えた。
胸辺りから溢れた闇は、外へと巡り四肢へと一瞬で到達。
最後になぜかトサカの天辺まで巡ったのは気のせいだろう。
そしてなんと!
半モヒの全身の水玉模様が、わずかながらふわっと浮いて、また戻った。
なんでだよ。
「えーっと……結論は出たか?」
一つ大きく肯く半モヒ。
真剣なカビ顔だ。
「それで、粒々は取れそうか?」
「いけそうな予感がしやした」
「やっぱダメだったか……」
「い、いやいや、今のは小手調べっスし? コツは掴めそうな感じでしたぜ!」
「まあ、惜しかったし。のんびりやれば」
発泡茸の欠片は拾ったんだったな。
四等級では最も危険な敵だったらしいし、予定をこなした感ありありだし。
「そろそろいい時間だろ。じゃあ折り返すか」
「ああ! マジっスって! あとちっとでいけるっスからぁ!」
なにか背後で闇の気配がぶわぶわするのを感じながら、俺は黒い川を後にするのだった。




