第68話 四等級最強の敵
里芋の皮のごとく爛れたような表皮をした濃い紫の傘が、黒く太い筋繊維の上に乗っている。
紛れもなくモヒエプロンの大元だ。
その名も、発泡茸。新たな敵だ。
絵のように簡略化されてない分、決して触りたくない空気は増し増しだが……残念ながら今の俺は一介の冒険者に過ぎない。
左手は肘を外に向けて顎の位置で防御として構え、右手はすっと前に掲げる。
「貴様を倒さねばならぬ定め……」
「くぅーしびれるっス!」
こうして半モヒは毎回煽てはするが、調子に乗らせて俺を戦わせたいだけだと分かったからな。
もう俺も助けがあるからと気を抜かないぜ。
まあ別に避ける意味もない。
四等級の敵だというし、どのみち三級品を目指すなら、この程度はこなせないとやってけないんだろうからな。
そうだよ、半モヒの態度からよっぽどの敵だと怯えていたが、初めて戦った時とか言ってたやん。
半モヒだって四級品冒険者時代のことなんだ。
昔から人間離れしていたわけではないはずだ。
初めに持った苦手意識は、なかなか拭えないってだけだろう。
今じゃ別に腰が引けてる風でもないし。
……こいつが腰引けてる相手なんて毒姉くらいしか知らんけど。
「攻撃手段は」
「胞子を飛ばしやスね」
いつもはとりあえず殴ってみりゃ分かるかと飛び出していた。
今回は殴り掛かるより先に聞いてみたのは正解だったな。
「毒とか?」
「ないっス」
対岸を睨みつつ、どう攻撃しようか考える。
俺の場合、直に接触しなければならないのが問題だ。
せめて毒がないのはありがたい。
なら川を飛び越える……その間に攻撃受けるよなぁ。
距離を取って飛び越える……あの見た目だが急に現れたように感じたなら、移動手段があるんじゃねえか?
普通に追ってきそうな気もする。
「どう仕掛けやス?」
横から聞こえた内容から、どうするか考える。やはり半モヒは俺の行動か指示を待っているのだろう。
現在、俺と半モヒは自然と、敵を挟み込むように距離をとって立っていた。
俺が川沿いからじりじりと下がるのに合わせて半モヒも下がる。
しかし川原は数歩分しかなかったんだった。
後ろの木に背がつく。
もう少し質問しようかと、ちらと半モヒに視線を向ける。
そのとき、バサァっと音が響いた。
「やっぱりぃぃ!」
茸が宙を舞っていた。
バネのように体を縮めたと思えば伸びきって跳んだようだった。
きのこの癖に、細いとはいえ川を飛び越えやがったよ!
滞空時間は長くない。すぐに着地した茸は大きく映った。
背はゴブ並だが傘の分だけでかく見えるし、あいつらと違い実体がある。
それであの瞬発力だ。体当たりされるだけでも面倒そう。
そもそも、こいつらは人間を襲ってくるが、なんのためなんだ?
きのこがやりそうなこと……養分にされる光景を想像してゾッとした。
「ま、まあ、こっちから行く手間が省けたぜ……」
掲げた手に汗をかきつつ、じっと敵を観察。
よく見りゃ傘部分に、エプロンにあったような粒々模様がない?
右手を前に、そろりと一歩にじり寄ると、唐突に傘がきゅうと窄まる。
「攻撃っス!」
言われずとも、そうだろうと思ったよ!
半モヒと俺は同時に後ずさったが、半モヒは半歩ほど引いただけだ。
俺は近寄った意味がないくらい下がってた。
もういい。
普通に歩いて半モヒと同程度の離れた位置まで戻る。
離れても見えたのは、窄まった傘がぽんっと戻って、傘の下から噴射された煙。
黄色とか赤とか嫌な色合いの粒々が混ざった粉だ。
それが、もあっと茸を球状に包んだ。
あー、半モヒエプロンの粒々模様はこれを表してたのか。
「避けたはいいけど、どうやって倒しゃいいの」
「オレは蹴りっスね」
「結局それかい。やっぱ俺は殴るしかねぇのな」
「最強じゃないっスか!」
改めて互いに構える。
「先に俺が殴る!」
「ヘヘッ待ってやした!」
いつものように何かあったらフォローを頼むための掛け声だからな!
どこが弱点か分からんが、とにかく真っ直ぐに手を突き出した。
「うおっぷ!」
勢いが足りなかったのか、意外と硬さのある弾力のせいか。
突き破ることはできず、逆にきのこ噴射を誘発しちまった!
「ゲホッ!」
「グハッ!」
もろに被っちまった!
俺と同時に動き出していた半モヒも巻き込まれてしまった。すまん。
むせてしまったため、すかさず距離をとって唾を吐き出し、まとわりつく粉を頭から叩き落とそうとするが……。
「うわっ、払えない!?」
なんと払った手には粒々が、ころころと付いてきて、まるで発泡スチロールの欠片みたいではないか。
それが全身!
半モヒを見れば、トサカが赤や緑の粒々でカビたように気持ち悪くなっている。
「さすがのアニキの拳でも歯が立たないっスか……くっ、忌々しいヤツだ! こいつを見ると思わず髪を剃っちまった過去が甦る……」
「それをぉ先に言えええぇ!」
どんな状況なんだよそれ!
お前だけそんな髪型なのはコイツが理由かよ!
毒よりヤベェやつじゃねえか!




