第67話 黒森中部を探索
今日の黒森探索では、木の実採取は後回し。
最後の最後にワンセット分集めるくらいにしておこうと話し合った。
しばらくは少しずつ遠出するのが目標になるかな。
そんなわけで俺と半モヒは、点々と見える木の実広場の木漏れ日沿いに、黒森の奥地を目指して進んでいた。
ただでさえ薄暗い場所が、進む度に上空の黒さが濃くなっていく。
反対に木漏れ日の色は薄くなっていき不安だ。
半モヒにも言われたように、これがやばくなっていってるってことなんだろう。
それにしても闇の密度が理解できるなんて変な感じだよ。
困惑も増してきたのは、なんとなく形として理解できるのが分かったからだ。
目で濃度が見えるというだけではなかった。
闇が深くなってくると、物体があるように分かるというか……。
たとえば、ちょい先の木立には、闇もやもやが人の高さまで下りてきてるというか、分厚くなってるというか……そんな風に理解できる。
明らかにやばくない?
「あのぅなんかあの辺、もやもやが分厚いんだけど……?」
「お、分かりやスか。そこがもさもさの群生地っス」
「もさもさじゃなく、て……ぅおっ!」
木々が途切れた先に現れたものに言葉は止まる。
眼前を占めるのは、もさっとした薄茶色の毛の塊。
「あ、そりゃダイジョブっス」
反射的に飛びかかろうとして半モヒに止められた。
クワガタリスの大群と思ったものは、身じろぎ一つしない。
ただの植物のようだ。
「ああ、これが」
「やつらの装備っス」
俺の背と変わらない高さで、アジサイのように固まって生えている巨大な植物。
これがクワガタリスの偽毛の元らしい。
マジで山盛りだったよ。
そういえば毛は黒くないから法則的に外れているようで不思議だったが、他が黒かった。葉や茎だけでなく花まで黒い。
なんだっけアザミっていうの? 花はそんな感じにトゲトゲしてる上に棘の先は少し丸く、全体的に半透明の液体に包まれたようで、ぬめって見える。えぐい。
この花が枯れると、色が抜け落ちて茶色のもさもさになるらしい。
周囲の警戒がてら、もさ毛藪の周囲をぐるっと回りながら眺めていると、上の方から闇の密度が高まるポイントに気が付いた。
そこに感覚を研ぎ澄ませる。
一定の濃さになると水滴のように丸く溜り、それはぽたりと落ちてきた。
毛玉の上に。
次の瞬間、毛玉がもぞもぞと揺れ、急に四肢を広げて飛び上がる。
――クワッキャ!
「生まれんな!」
――ァキャー!?
憐れクワガタリス、享年一秒。
「うおぉすげえ! アニキゃ先見の能力でもあるんっスか!?」
ファサァと舞う偽毛を首に巻きつつ呟く。
「なぁ、思ったけど。別にクワガタリス倒さなくっても、こいつを直接毟って納品できるんじゃね?」
「あーそれがっスね、下手に毟ろうとするとバラバラになっちまって、どうもあいつらがやるようにキレイに広げて取れないんっスよねぇ。それに変質するのか僅かながら丈夫になるらしっスよ」
「なんだ、そういうのがあんのか。魔物特有の能力でもあんのかね」
「固有の姿があるってことは、そういうのもありそっスね」
品質が変わるなら、無理して元から千切るよりクワガタリスから強奪した方がいいな。毒姉からもつつかれそうだし。
またしても俺のせこい発想は即座に否定されるのだった。
溜息を呑み込み上を指さす。
「先を見る能力だとかはないけど、これも闇耐性の範疇っぽいぞ。あれに意識を向けたら魔物が生まれるとき変化するのが見えた。半モヒも分かるんじゃねぇの?」
「まじっスか! おおお! アニキから闇耐性の極意を直接頂戴できるとはあ!」
ぐるんぐるんと首を回しながら上空を睨む半モヒと一緒に、俺も他にないかと集中した。
「生まれないな」
「湧く場所が決まってるこたないっスから、さっきは運が良かったんスね」
湧きポイントはランダムかよ。
ここで待ち構えていたら楽して討伐と採取の一挙両得。
などという甘いことはなかった。
ポイントだけでなく、そもそも次々と湧いてくるわけでもないらしい。
上空は闇属性の何かで満ちてるのに不思議なもんだ。
いや逆かな。
黒森という環境を作る分が大量に必要だから、魔物に割けるのは極わずかとか。
「ゴブはぽこぽこ湧いてるのに」
「ありゃ湧いてから地中に潜んだりしてるんス」
「えーそうなのかー」
とにかく、ぼーっと眺めていてもしょうがないな。
「毒きのこだっけ、ここから近い?」
半モヒが息をのんだ。
「アニキ、さっそくアイツに挑みたいと……あの発泡茸をッ!」
「そんな名前なんだ。まあどうせ近い内に会うなら見るだけ見ておきたいし」
「っしゃあ! その闘志に報いねば!」
「聞いてくれないと思ってた」
戦うかどうかは別として。
なんせどこまでも暗いから、まずどんな奴か確かめておきたいんだよな。
なんとなく闇の濃度とやらで周囲の感触は掴めるんだが、未知のものを判別するのは難しいと思う。思考が追っつかなくて。
「こっちに沸きやすいっス。川が近いんで」
「こんな場所にも川があるのか」
湿気たところが好きらしい。そこはイメージ通りのきのこだ。
「ほら、あの毛玉植物の近くに沸くことが多いって話したっしょ。それだけ開けた場所が多くなるからって意味もあるらしっス。川だけでなく地形的に変化する辺りにゃ、木の生え辛いところもあるっスから」
そんな話も聞いたな。
「へー、あのもさもさは広めの場所じゃないと生えてないのか。木の実と食い合いしてそうなもんだけど」
「ははは、ありそっスね!」
なにか違う、という気がした。
木の実は、この森で唯一、光を栄養にしてるよな。
あのもさ毛は、より濃い闇だ。
魔法の属性は、生物の組成に不可分のものなんだろうな。
足元に細かな段差や岩のでっぱりなどが増えてきた。
気を付けながら歩くが、続くと嫌だなぁと思ったところで途切れる。
いきなり川原に出た。
川まで三歩程といった狭さだが、平らな川沿いには見覚えのある石が敷き詰められている。
「魔法具用の石ころ?」
「この辺から拾ったもんも使いやスね。吟味して加工するらしっスよ」
半モヒは話しながらも川に近付き辺りを見回している。
発泡きのことやらを探しているのだろう。
俺は俺で、嫌々ながら川を見た。
墨を流したように黒い。
かすかに頭を過ったとはいえ、本当にこんなだとは思わなかった。
川自体も飛んで越せるほど細いが、カーブが緩やかなためか流れは雫が跳ねるほどには速くない。
しかし流れ方はサラサラとはいかない。
どういうわけか、サラァ……サラァ……と糸を引くようだった。
気味が悪すぎる……。
闇属性が働いているせいというのが理解できてしまうのが余計に不気味だが、それがどんな作用なのかは知りたくない。
「おっかしいなぁ、いつもは一匹くらいはいるんスけどぉ? ちと休憩しやスか」
言いながら半モヒは川沿いにしゃがみ、おもむろに水を掬う……。
「飲んだああぁ!?」
「げべっ!? なんスか!」
振り返った半モヒの口から溢れた水は黒く……ない、だと?
「い、いや……生水飲むとか危なくない?」
「闇耐性がありゃ平気っスよ」
「そういう問題!?」
「この闇のせいか妙な生き物も住んでねっスし。腹壊すなんて話はないですぜ」
不気味さと好奇心が動揺を誘い、思わず俺も川沿いに座り込む。
揺らめく川面を間近に睨んでも黒い。
この墨汁が、ただの水だと?
闇の場に浸っているだけらしいが……思い切って水を掬う。
「へっ」
掬った時点で、すーっと黒さが掻き消えていった。
きもちわるい。
だが飲む。
「うん……味は、土管水とあまり変わらない、かな?」
「ちょっと休憩には便利なんスが、さすがに水筒に補充は、やんない方がいいかもっスね」
「できれば煮沸消毒した方がいいか……あ!」
「お!」
気が緩んでお喋りが始まったところで、俺たちは反射的に顔を上げていた。
視線は対岸。
探していたもんだと直感した。




