第66話 工作
裏から戻りテーブルに着くと、先に用意されていた薬臭いお茶を飲む。
おかんが飲んでた漢方薬と似た風味で微妙だと思ってたが、冷たい行水上がりには体が暖まっていい感じ。
それに気分的なもんだが健康に良さそうだ。
「冒険者稼業にはぴったりなお茶だよな」
「ヘヘッ、疲労回復にいいんスよ」
あっさりと言われた。
実は、その辺の草を毟って自作したお茶もどきかもしれんとか、心配するまでもなかった。
半モヒはマメだが面倒なことは金で解決なヤツだった。
どこか自慢げだから、これも良いお値段するのかもしれない……。
ちょっと喉がつまるような気分がしてきたが忘れよう。俺は何も聞かなかった。
晩飯の準備ができると、恒例となりつつある予定会議っぽいお喋りタイムだ。
「明日さ、先に柵を作っちゃわないか」
今晩の野菜炒めは麺も混ざっている。サラミ色なのが気になるが……。
スパゲッティ? こんな世界だし空飛んだりしないだろうな。
もう素材がなんでもいいや。腹が減っては云々だ。
齧ってみたら味もサラミだった。
塩分は控えめだと思う。まあ肉体労働だし、たまにはいいだろう。
「そっスね。戻ってからじゃ雑になりそうだ」
自分の分をテーブルに置いた半モヒは、いつものようにダブルきのこエプロン装備中だ。
なにか料理スキルアップ効果とかついてたりして。
配色がとても食えそうではないけど。
傘が濃い紫で、粒々が赤や黄色や緑色。棒の部分は黒い。
どう見ても毒きのこだ。
「なんか付いてやすか? 汚れっスか!?」
くだらないことを考えてチラ見しただけなんだが、気にされてしまった。
「いや、玄関マットもきのこだから、なにか意味があんのかなーと」
きのこ好きなら喋り倒しそうだし迂闊に触れないようにしていたが、つい流れ的に聞いてしまった。
「意味っスか……」
え、テンション下がった?
いつも顔の動きが大げさだから、無表情になられると怖い。
すごい不穏な空気が滲んでいる。
「……やはりアニキにゃお見通しだったわけだ」
そう簡単に見通せたらいいよね。
項垂れるように自分のエプロンを見下ろす半モヒの顔は、苦々しげに歪む。
「想像通り、こいつぁ魔物、初めて完膚なきまでに敗北した相手なんス。いわばオレの弱さの象徴。あの挫折を忘れねぇようにと、日々目に見える場所に置いてんスわ」
意味分からねぇ。
「ここんとこ上り調子でいい気になってたオレを見かねたんスね、ハハ……」
なにその惨めに酔いしれた反応。
しんみりとした調子で半モヒはフォークを掴むと、もそもそと肉パスタを掻き込む。
フォークに巻いてもいないのに、どうやって塊にして持ち上げてんの?
いや今気にするのはそこじゃねえ。
半モヒが叩きのめされたとか、とんでもないヤツじゃないか。
ぜったい会いたくない。
悪いけど確認しておこう。
「その、魔物? それってどこにいんの」
「あ、こいつっスか? 黒森の奥に進みゃ会えやスぜ!」
なんでいきなり嬉しそうなんだ……って、意外と危機はすぐそこにあったのか。
「黒森か……確かに居そうつーか、雰囲気通りだよな」
「まさしくっス。暗がりに忽然と浮かび上がってびびりやすぜ」
魔物に黒い部分があれば黒森産と考えれば良さそう。
いや闇属性と考えた方がいいか?
他にも闇属性の場があれば、こういった魔物が生まれるんだろうし。
「まあ、いつかは遭うかもな」
「楽しみっスねぇ。クワガタリスの毛皮になる植物、そいつの近場に潜んでたりするんスよ」
「へー。毛皮の、元……? お、思ったより近い?」
「点在してるっスからねぇ。今日回った森から奥に入りゃすぐっス!」
半モヒは安心してくれというように笑顔で頷いた。
俺は血の気が引く。
「きょ、今日、毒姉から奥に行ってもいいって許可もらったよな……」
「あ、あぁ! そうかアニキはそれを見越して切り出したってぇのかあああ!」
せっかくのお肉麺のうまみが、味の抜けたガムのように変わっていく。
「俄然やる気が沸いてきたっス! 明日すぐにとはいかねぇかもしれないっスが、楽しみになってきたなぁ!」
「誰でも通る道なんだろうな、ハハ……」
「そうなんスよ~!」
楽しそうな半モヒにとは反対に、今度は俺がもそもそと肉麺を食うのだった。
★
今朝は早速、風呂場の拡張工事に取り掛かっていた。
木材は思ったより場所を取って片づけないと邪魔だし、帰ってきてからだと怠いしな。
板床は真四角だったから、悩むことなく縁に沿って立てていくことにする。
「この辺か?」
「バッチっス」
俺はハンドスコップで、地面に目印となる溝を浅く掘っていった。
「んじゃオレの番っスね」
そう言う半モヒを振り返ったら、板じゃなくて、柵を持っている。
横板で簡単に繋げただけのものだが。
「いつの間に作ったんだ!?」
「この横板は、こういうのを売ってるんスよ」
釘を打つ音とかしないと思ったら、溝があって噛み合わせて組み上げるやつだ。
それでも俺が溝堀りしてた短時間に恐ろしいヤツよ……。
それを高々と掲げた半モヒは、思い切り振り下ろした。
「おりゃあッ! どりゃッ!」
無意味に吠えながら半モヒは地面に攻撃を仕掛けている。
見てはいけない現場を目撃してしまった気分だ。
「壁は終わりっスー」
三面分を刺し終えたのを見た俺は固まった。
扉がないじゃん……。布、だと濡れるよな。
さすがは俺の思い付き。ザル過ぎる。
しかし俺の焦りをよそに半モヒは最後の一面の前に立つと、端の板に輪っかのような部品を取り付けはじめた。
もう一つ、別に組み立ててあった柵の片側をそこに押し込む。
何度かぎぃぎぃと開閉しながら具合を確かめると半モヒは立ち上がった。
「こんなもんしょ」
取っ手の部分は、板をくり抜いただけのシンプルなものだ。
水が汲みやすいように扉は土管側に取り付けられていた。
何も考えなかった俺と違い、半モヒは初めから考えていたようだ。前に作ろうとしてたのかもな。そう思いたい。
立ったままでも俺の胸下まで隠れる高さはある。
タオルかけるフックとか付けたら、もっと便利になるかな?
「あっという間の完成でしたね……」
できてから思ったけど、木材の量とかも考えてなかった。
半モヒが把握していて本当に良かったぜ!
「余ったのも、ほんのちょっとだな」
「念のためっスね。何か作りやスか?」
「半モヒが、何か作りたいんじゃないのか」
「箱でも作ろうかと。アニキもどっスか? 荷物も増えてきやしたし」
「そうだな……」
言われてみれば、俺が陣取ってる玄関側壁沿いだが、椅子の下に荷物を置かせてもらってる。
元から来てた服なんかを袋に詰めてるだけだから場所はとってないけど。
「じゃあ、せっかくだから小さいのを」
「うっス」
そんなわけで今度は、俺も教えてもらいつつカラーボックスもどきを作ることにした。
すぐに気力がもたないと気付き、箱の蓋がないだけって感じのものになったけどな。
一つ収穫があった。
大雑把な作業しかできないと思ってた俺の右手だが、なんと板を切りそろえるのに使えたのだ。
もちろん初めは試しに余った木切れで試したぞ。
線を引いたところを狙った上で、かなり集中し、ぷるぷるする手を振り下ろしたらば、まるで電動のこぎりの如く断ち切れたのだ。
……まあ戦闘中には使えねぇよな。
というわけで、またしても俺は大した役に立たぬまま工作の時間は終わったのだった。
さーて仕事仕事。俺の本領はこれから発揮されるのさ!




