第63話 境界
気がついたことを確認しようと荒野を見る。
「アニキ、欠片は拾っときやしたぜ」
「お、助かった」
どこかにすっ飛んで見つからないだろうと思ってたよ。
「では改めて進もうか」
俺は倒した幽羅の立っていた位置から、緩やかに曲がる森沿いを再び歩き始めつつ、行く先をじっと見た。
黒森は裏門を背にして左手に、結構な距離を広がってるようだが真っ直ぐに荒野を突っ切ってはいない。裏門近くが小山のようにはみ出したようになっているだけだった。
俺たちはその小山部分を荒野側から回りこむように移動しているのだが、やっぱりというか街から離れるほどに、うすらぼやけた箇所が増目に付くようになる。
「で、さっきの話っスけど」
「そうそう、黒森の靄がかかってたろ幽羅に。あれが分かったっぽい。あ、ほら向こうの木陰にも居るっぽいぞ」
話してるとちょうど次の標的が見つかり指差す。
やっぱり、森にかかって黒い木陰が落ちてる幽羅だ。
「なぁっ! なるほど! 確かに闇耐性の領分っスね……そうか、これがそうなのか。アニキが言ってた耐性で殴る……その真理に一歩近づけた気がしやすぜ!」
「よっしゃ、この調子で片付けていくぞ!」
「他にゃ、あれの向こう、荒野側に一匹いやすね!」
俺が駆け出すと半モヒも並んで周囲の状況を教えてくれる。
それは荒野側のやつだ。
言われてみれば俺でもどうにか視認できる距離。
それは見ようとしないと気付けないということは、やっぱりあの木陰のせいっぽいな。
思えば、初めに幽羅を見つけたのも俺だったが、あれは俺が荒野を見ていたからだし、半モヒは普段は出ないと知っているからこその油断もあったのかもな。
半モヒは完全に肉体派というか異常な身体能力はあるが、これまでの行動を見ていると、実際に視覚で判別していると思う。
すごい勢いできょろきょろしてるし。
魔力だとかなんとかで知覚しているようではないと思ったんだよな。
だから目を向けていなければ理解できない、と思い込んでいたのだろう。
それに頼ってきたから、まさか耐性でこんな判別ができるとは思わずにいたのかは知らない。
とにかく、俺も半モヒより早く幽羅を見つけられたといっても、それは黒森に近いからという前提が必要そうだ。うぬぼれないようにしねぇとな。
「回転蹴り!」
「デスダブルチョップ!」
「超撃流星飛び蹴り!」
「スペシャルスーパーレジェンダリーレアハンドソード!」
俺と半モヒは競うように大技を繰り出し幽羅を刈り取っていった。
もちろん俺のはセリフだけが壮大なただのツッコミだけどな!
俺の横でひゅんひゅんと飛び回る半モヒのオーバーキルな攻撃を受けて塵になる幽羅にはご愁傷さまだ。
そして地面にしゃがみこむ二人。
派手に倒したとしても、欠片拾いは地味ーな光景でふと我に返る悲しい時間だ。
「あんだけの攻撃加えても魂の欠片は壊れないんだな」
「滅多なことにゃ割れないっスねぇ。というより、魔法的な負荷を何倍もかけなきゃ難しいと思いやスぜ」
「あー凝縮されたような感じだよな」
というより、人間が希釈して使ってるようなもんだよな。
こんな小さいものが、結構なエネルギー効率があると思うとすごいかも。
どんなもんかは俺が考える必要はないな。役に立って売れると知ってればいいのだ。
魂の欠片がゴブよりも大きめなので、初めの締め付け攻撃さえ避ければ、やはり美味しい討伐対象だぜ。
そんなこんなで雑談しつつ数匹、数体? 幽羅を倒すことができた。
小山のような森の反対側に回りこんだのではないかという辺りで、半モヒは足を止めた。
「入り口、ここっス」
案内された場所に分け入りながら、木々の隙間を覗く。
他とこれといった違いは感じられないが、言われて足元を見れば、わずかに木々の間が広め?
狭間は覗き込んでも見通せないから意味はないか。
草だとか低木だとかないし謎のトゲ木の実をつける木ばかり並んでいて、木と木の間はそこそこ開いてるのに、狭間が煙ったように暗いから。
そして、感覚が掴めたと言ったように、俺はその煙の濃密さのようなもんが感じ取れていた。
この濃度が薄くなると街に近いらしいし、これが分かるようになっただけでも安心感が違う。
これで迷っても安心、はできないけどな。
とにかく、この闇の霧があるから黒森と荒野の境は、見た目的には結構はっきりしてる。変な境界があるように思えるくらいには……って、ああ、こういうことなのか?
街というか新天地と外の関係も。
完全に異次元的な境界があるわけではないそうだが、俺にとっては訳の分からんこの感覚。これを、そういうものとして受け止めるべきなんだろう。
なんとなく理解できたような感じで満足し、黒森に踏み込んで不安が。
こうして好き勝手に跨いでるがいいんだろうか。
急な環境変化が起こってるってことだろ?
これも魔法的な現象だろうし。
たとえば、真冬に暖房のガンガン効いた部屋から、冷え切ったトイレに入ったような負担が体にかかってるんじゃなかろうか。
謎器官をもたない俺にとっては恐ろしいことの気がする。
ま、まあ、そこは今さらだ。
この手に謎力がある内は、魔法による悪影響はないだろう。多分な。
それより各場の異常についてだ。
俺は以前、ゴブを例にして魔物は環境に沿った形に、各場で生まれてそうだと考えた。
けど幽羅はさっき森と荒野との狭間にいた。闇の影響を受けながらだ。
もしそのまま黒森の闇を浴びれば、クワガタリスになったりするのかも。
森の中のクワガタリスの物音も微かに外に届いていた。
見えない魔法的な区切りが完全にあるわけでもないなら。
単純に大地の上に乗ってるもんは、場に属したものとで区別されてるからなんじゃねぇの?
そうなると魔物になり得る存在は、各場から生まれるというよりは、何かの要因によって実体化するまでは漂ってそうだな。
そもそもゴブは特殊な存在とも聞いた……もっと色んなところに行けるようになれば、また法則が見えてくるかもしれない。
「こっからだと木の実広場は、ちょっと奥まったところになりやス」
言われた方向には、うっすい光の斜線が見える程度。
確かに距離ありそう。
「四級品の範囲なのか?」
「ぎりぎりっスが」
「その言い方は越えるだろ」
「ゲヘッ、ばれやしたか! あっ、でも境目っスから。段階を踏みたいというアニキの意向から外れたこたしませんぜ! その中で最大限に鍛錬になりそうな線は探ってやスが」
無知な俺にチキンレースをけしかけるのはやめろ。
でも、まあ、ぎりぎりで考えてくれてるのは本当だろう。
経験者が選択してくれてるんだ。何に気を付けるべきか手がかりもないのに、慎重に過ごしすぎるのも時間を空費するに等しい。
門番のタツィオさんに、すぐ三級品になってやると宣言した。
あの場を宥めるため、なんとなくではある。
けど実際、悠長にしてる場合かって。
夏休みはまだ始まったばかりだってのんびりしてると、あっという間に宿題やる時間がねえって泣くことに……やべぇ。なんで三年生にまで宿題が出るんだよ!
いかんいかん、今は忘れるんだ。
とにかくここは冒険しどころだよな。
「いこいこ。あ、木の実、持って帰るの大変そうだな」
「外側から少しずつ入り口方面に移しながらまとめやしょ」
「そうするしかねぇか」
実際に歩いてみると、入り口付近よりも横枝が多く移動は手間だった。
森歩きは別のスキルだな。




