第6話 憧れのボーイミーツガール
なりたてほやほや冒険者の俺でもパーティ組めそうな少女冒険者が居るなら、是非ともお近づきにならなければ!
俺は座ってないし椅子もないがガタガタッと勢いで込んで立ち上がる気分で背を伸ばし、これ以上ない真剣な声で下心満載な要望を伝える。
「じゃあ俺と同い年くらいで冒険者になりたての初々しい女の子でたのんます!」
しーん。
表情を消した姉ちゃんは俺にゴミクズを見るような視線を寄越す。
この圧に負けてなるものか。なんと言われようともここは引けん。
姉ちゃんの口が開く。
さあ来い毒舌攻撃。
燃え盛る欲望の前にはそんなもの無意味だ。
「こんな危険な汚れ仕事に、そんな人材いるわけないでしょ」
あっさりクリティカル!
圧倒的現実ッ!
「うおぉ! なんと無慈悲な世界なんだッ……!」
普通さあ、初めに出会った女人がヒロイン候補としてででんと絡んでくれるもんじゃないんですかね。そりゃもうくんずほぐれつ濃密にさ!
俺はケモナーの気持ちは分からないので目の前の毒吐きモンスターは数えない。
そういえば初めに囲まれた中にいた女の人たちは、体格のしっかりがっしりしたお姉さんばかりだった。
あの時は、西洋人ぽいからそう見えるんだと思ってたのに……。
「い、いやさ、だっておっさんたちの羨む十代だよ? 翌日に疲れを持ち越さないとか回復が早いとか言うじゃん……肉体労働に向いてるよね、ね?」
「はん、体が出来てない子供にヤブ仕事なんてさせられるわけないでしょ。それも柔な女に何ができるってのよ」
「ヤブとか言ってるがあんたの仕事だよな!」
しかも、お前だって女だよな一応!
「とにかく居ないの。嘘じゃないわよ。居るならさっさと押し付けてるからね」
「嘘だろ……」
同じ年ごろの少女の存在は皆無とか……。
物語で憧れたミーツガール展開どこ?
姉ちゃんは体を横に向けて、こちらを見もせずニヒルな笑みを浮かべる。
どこから取り出したのか、その手には爪ヤスリが握られ、片肘をついて指先を整えながら雑に答えだした。
「若さゆえの愚かな万能感に侵された輩が居ないではないけど、それで外に飛び出した途端に荒野の塵になるわよ。その前に大抵は、うちのもんに難癖付けて返り討ちに遭うから目を覚ますけどね」
ほんと大丈夫かよこの会社。倒産も近いに違いない。
だから潰れる前に、さっさとそれなりの生活手段を整えたいものだ。
「あっ、それなら俺だって少年だよ! ほらほら見ろよこのほっそい体。十八歳なりたてのピチピチの高校生。どや」
両手の親指を立て、くいくいっと自らを指してアピール。
しまった仕事が必要なのに自ら駄目な条件加えてどうする。
「貧弱ぼうやの外見で騙そうったって無駄よ。さんざん童顔と若作りを利用して女騙してきたゲスなんでしょうけど、あれだけの能力を身に着けておいて少年はないわー」
「いちいち一言多いな!」
一言どころか、こいつ全てが邪悪だ。
そもそも騙せるような女自体周囲に居たと思うなよ。
カノジョ? そんなもん都市伝説に決まってんだろ!
「もう少し真面目に答えてくれてもいいだろぉ!」
バンバンとカウンターを叩いて抗議するとピキッと亀裂が入った。
「あぁ!? わ、わざとでは……すんませんすんませんごめんなさい!」
「ちょっとぉ、安くないのよこれぇ。オンボロに見せかけてるけど特注の装甲魔法施してんだから」
「は? そうこうまほう? 新たな撥水加工とかの商品名? 最近はなんでも洒落た名前つけやがって。マジックペンとか魔法瓶の仲間かなにかか」
「そんな坊やのおままごと道具と一緒にするんじゃないわよ」
「マジか。そんな高いの。えぇ、これ弁償しないとダメ……?」
一難去ってまた一難。
せっかく室内の弁償を免れたと思ったのに!
あああ、いきなり借金持ちとか、牢屋にドーンガシャーンとか困る。俺にも予定ってもんがあるし。まだ未定だけど!
「ま、こんくらいなら平気っしょ」
「平気なんだ」
「そうねぇ、ああうん平気。これは治るわね」
「なわけねーだろ」
やる気なくだらしなくペラペラと口汚く喋り倒していた姉ちゃんが口を閉じ、くるっと椅子を回転させて俺の正面に向き合うと真顔で眉間を寄せる。
挨拶時の威圧とは違い本気の睨みだ。
こ、怖ぇ。悪鬼がいる……。
姉ちゃんは肩口にかかる髪の一房を邪魔っ気に払うと、ドスの利いた声を響かせた。
「こちとら日々命のやり取りする荒くれのならず者相手にしてんだ。チャチな道具使ってりゃメンツ丸潰れだろうが。当然モノホンの逸品に決まってんだろ……そうわよ」
ち、ちびる。
やっぱやばい場所だ。
「あっれぇ? 冒険者組合とは、その筋の怖いお兄さん方が集まる事務所の隠語だった……?」
俺の引きつった裏返り気味の声を無視して、姉ちゃんは立てた親指をくいと下に向けた。
びくっと背筋が震える。
地獄へ落ちろだとか、地獄へ送ってやるぜと俺に宣言してるのではなく、ただ侮っているだけと信じたい。
怯えていると、そのポーズのまま顎をしゃくって合図された。
促されるように、じっと下に向いたままの親指の先を見る。
ほっ、どうやらカウンターの亀裂を指しているようだ。
安堵した次の瞬間、カウンターを見た俺は目をぐわっと見開いていた。
「な、ない! ヒビが消えてる!? なんと……装甲魔法加工とはガマの油だったのだ!」
「失礼ね。そんなものじゃないわよ。ちゃんと魔法団の偏屈爺団長を絞め……指名して作らせたんだから」
「へんくつとか、絞めて何したかは置いておくとして……まほうだん? 随分と中二病を拗らせた消防団の団長さんだか何かですね」
「まあ、間違いなく頭んなかの病気をこじらせてるでしょうけど。それよりね」
姉ちゃんは割り箸ほど長さのある細長い板状の爪ヤスリを背後に放り投げて、俺の前でポンと手を打つ。
と同時に爪ヤスリはスポッと背後の籐籠に収まっていた。
こいつ、できる。
「あのね、なんか噛み合ってないのよね、坊やと私の話」
「実はワタクシもそう思い始めていたところでしてハハハ」
姉ちゃんは長い溜息を一つ吐き出した。怖い。
「まったく、物を知らないにもほどがあるでしょ。山籠もりに飽きて屑い衝動を晴らしたくなったのかもしれないけれど、何をするにもお金がいるわよ?」
「もう俺を何者かに仕立て上げてくれてようと気にしません」
「それでうちに来たのは分かるわ。私も入会を促しておいてなんだけど、さすがに最低限の常識も通じないのはカスみたいな依頼でも勧め辛いわね。依頼者は大抵がごく普通の、常識的で面白味のない住人なわけだし……」
途中から俺に言ってんのか考え事が口に出てんのか分からなくなってきたが、あんた本当に、よく窓口が勤まるな。
俺だって礼儀だとか、丁寧語と敬語の違いも分かんねえけどよ。そんな俺でも危機感募るレベルだぞ。
「でもぉ、そうねぇ、この辺の事情に明るくないのは面倒くさいほどだって分かったから、ほんともう誰でもいいから充てがいたいんだけど……こんな真っ昼間にゴロゴロしてる禄でもない奴なんか冒険者の面汚しだし」
「もうツッコミすんのも疲れてきた」
その時だった。
無駄に空気を読んで、入り口から差し込む陽ざしを人影が遮ったのは――。