第57話 苦役
ザギュッ、ザリッ、ザグッ――そんな音だけが俺の頭の周辺に響いては消える。
音の出どころは俺の手元だ。
「なぁ半モヒ、こんな手順でいいのか?」
「うっス。少なくともオレぁこれ以上の効率いいやり方は知らないっス」
顔を向けずに答えた半モヒも、俺と同様に作業中だ。
しかし口をボロ布で覆っていようとも、真剣な面持ちから、歯を食いしばって耐えているらしいのは分かる。
俺も布で口を覆い後ろで縛っているため、気分的に動く度に暑さが増す。
額の汗を腕で拭いながら、視線をどこか遠くへと向けた。
ぴょるーと風が吹きすさび、重労働による暑苦しさを和らげてくれる。
だが、心の支えはそれだけだ。
俺は昨日、黒森の四級品エリアを踏破した。
ならば次に挑むべきだろう。
決して木の実運びだけで終始する気分になるから嫌になったとかではない……またいつか挑むし?
だから俺は改めて、初めに聞いた四級品最低難度の依頼に取り組むことにしたのだ。
その名は――星屑浚い。
というわけで俺と半モヒは、裏門側の荒野の真っ只中に這いつくばっている。
なんだよこの苦役。
俺がなんの罪をおかしたっていうんだ!
いや、俺が言いだして半モヒにも付き合わせてんだった。
半モヒはこの精神的な苦痛から逃れたそうではあるが、いつものように手際はいい。
俺と違って素早く、ちり取りみたいな竹ザルを手に地面と格闘している。
まあ竹ではないだろうし、ただのザルとも少し違う。
櫛のような硬い材質のブレード付きだから、そのままザクザクと地面に刺して掘り起こせるのだ。
俺が少し砂を浚ってる間に、半モヒの周囲には砂山が幾つか出来ている。
「やっぱ、このやり方でいいんだ……」
重苦しい気分を吐き出すようにして深呼吸すると作業を再開。
砂漠というわけではないから、そのまま掬うことはできない。
これじゃ畑を耕してるのと変わらねーよ。
体感では乾燥した気候だと思うが、そのせいなのか乾いたような土だから、ぱらぱらと崩れてくれるだけマシだろうけど。
別にスコップを用意した方が早い気がする……。
ザル一つで済むから持ち運びは楽だけどな。
試しに依頼を受けてみたかっただけだし、わざわざ道具は買ってない。
半モヒが昔のガラクタも溜めこんでたので借りることができたんだ。
だから文句は言えない。
モヒ家は外見より室内は狭いと感じてたけど、物置きのせいだった。
壁の一部に四角いでっぱりがあり、ずっと柱だと思ってたところに扉があった。
狭い分、色々と工夫されているようだ。
徐々に判明した半モヒの生態だが、外見に攪乱されるも意外と几帳面だ。
意外と止まりなのは、ある程度やったら後は急に大雑把な感じがするからかな。
とにかく、荷物もきちんと並んでいたからスコップはなかったと思う。
俺はハッとした。
「そうだ……この手があったか!」
はい右手です。
俺は地面にツッコミを入れる。
躊躇なく突きを放ってしまったが、期待通りに手首までぐっさりだ。
スコップより便利なんて泣ける……。
「なんてこった……他にやり方なぞねぇなんて信じてたオレの頭の固さを、アニキは笑いもせずに示してくれるのか……!」
「……半モヒも鍬とか持ってくりゃいんじゃね」
「あ、そこまで深く埋まっちゃいねぇっスよ」
クソッ、やっぱり理由があったか!
手首までは深すぎたようなので、力加減を調整しながら浅く掘り返す。
柔らかくなったところでちり取りで掬い、そのままフライパンを返すようにして細かい砂粒を落としていく。
依頼の採取物は、星屑と呼ばれている砕けたラムネ瓶のような欠片の収集だ。
毒姉から見せてもらったサンプルは、薬のカプセルくらいの水晶片のようなものだった。
屑とはいうが、それが最小の砕け具合らしい。
借りたちり取りの網目の隙間も、ちょうどそのくらい。
そして残ったのは、見事に石ころばかりだった。
ちょっと今、死んだ目をしてる気がする。
また気分を変えようと頭を上げた方向は、街方面。
いつもの外壁は霞んで見える。
俺にとっては不安になる離れ具合だが、度々冒険者が訪れると考えたら近すぎるだろう。
「……もう、こんな場所には残ってないんじゃないか?」
「まー、そうかもしれやせんねー。ただ、こなしてる奴らも多くはないんで、全く残ってないっつーのは考えられないっスけど」
「そういや空から降ってくるんだっけ?」
「あ、ダイジョブっスよ。外壁がありやすんで、この辺りにゃ降らねっス。ただ落ちたもんは風で流れてくるっスから」
「えーと、壁の魔法具の効果で、魔力の雨だとかは避けてくれると」
「そんな感じっスかね」
あっそう、星屑は流されてくるんだ……。
「掘る意味は?」
「土も一緒に流されてきやスからねぇ」
「だよな」
だめだ。
こんな調子で一掬いしては絶望から気を紛らわせてたんじゃ、少しも集まる気がしねえ。
「移動しないか? いっそ、もう少し離れるとか」
もちろん街から遠ざかれば嫌な蜃気楼が近付いてくる。
けれど幸いにも、足元が弱点の幽羅への攻撃なら俺にとっては戦い易い作業だ。
「それがいっスね」
軽く半モヒは頷いてちり取りを脇に抱えると歩き出した。
あっさりと承認されたな。
自分で言っておいて不安になりつつ追いかける。
ザグッ、ゴリュッ、ガギャッ――再び地面を削っているのだが、なにか違うぞ。
音が重くなってね?
気のせいではなく腕への負荷も増えてる……。
「地面、固いな」
「人通りが減るからっスかねぇ」
これで本当に星屑は貯まるのかよ!
固いってことは時間が経ってるってことで、紛れてる星屑とやらもないんじゃねぇのか!
さっきの場所へと目を向けたが、すでにどこか分からなかった。
外壁も見えない。
え、めちゃくちゃ怖いんですけど……?
「な、なぁ、半モヒ。この辺なら星屑集まるのか? というか街が見えないんだけど?」
「外壁の効果が薄れるギリギリまで攻めやしたから」
「ええっ!」
「帰り道は、そこ。街道っス」
「どこ!?」
半モヒが指さした方向も、砂埃で煙っていてよく分からない。
こいつ、異常な視力してるんだったよな……。
大丈夫……離れずにいりゃ大丈夫……。
「日暮れまでにゃ集まりやすぜ。この辺が四級品の限界なんで、ほぼ漁られてないはずっス」
地面に膝をついた半モヒは手を止めずに言う。
ザギャギャギャリッ――などと、とても同じ道具を使ってるとは思えない音を立てながら。
その手際ならそうだろうよ。
うげーとか思ってる場合じゃなかった。
稼がないと……。
俺は項垂れると、その後は大人しく地面と戦い続けるのだった。




