第54話 追い剥ぎ
黒い木々の狭間を練り歩くようにして、光の細い筋が降る地点を目指して俺と半モヒは歩き始めた。
光の目印だけが薄暗い中に浮かび上がって、すぐそこにあるような感じはするが気は抜かない。
距離感は掴み辛いが、見た目ほど近くはないだろう。
なんて考えていたら、前を歩く半モヒが手のひらだけをこちらに向ける。
待てという合図?
「着きやスぜ」
思ったとおり、そう言うと同時に歩く速度を落とした。
「思ったより近いな。四級品が来れるのはここまでか?」
「もう二、いや三は先まで行ける、かなぁと?」
「分かった次までにしとく」
「えぇー……今回は引き下がりやスけどぉ?」
「毒姉に怒られっぞ」
こいつ、あんなに毒姉に怯えておきながら懲りねぇな。
示された狭い木々の間で視界を覆う枝葉を折って掃うと、開けた場所に出た。
初めの採取ポイントより倍は広い。八畳間くらいかな?
広さは巨大な異物であまり感じられないが。
開けた分だろうか垂れ下がった枝が多く、横から生えた細い枝々までもが絡まるようにして中心を埋めていたのだ。でかい金タワシのようだ。
もう本当に実を落とす気があるのか分からんな。
「広い場所もあるのな」
「森の浅いところくらいっスね」
妙な感じがして思わず声を潜めて話したら、つられたのか半モヒからも小声で返ってきた。
いや、やっぱ何か異常があるような目つきで睨んでいる。
俺も確認する。
どうもトゲ木の実のシルエットが垂れ枝の数より多いような?
「何匹か固まってるっス」
「あれ魔物かよ」
いつもクワガタリスは一匹で襲ってくるからグループ行動しないのかと思い始めてたぞ。
なにもかも変な世界だから情報量で頭がパンクしそうなこともあり、初めに経験したことを「この件はこういうもの」って感じで片付けてしまっている。
ひとまずは仕方がないけど、少しずつアップデートを心がけよう。
微かな葉擦れの音に目を向けると枝の塊の端から、にゅっと枝が生えた。
黒く捻じれた枝のように見えるが、クワガタリスの顎だ。
改めて見れば、長さは俺の腕の半分くらいはある。
ちょっとばかし体が丈夫になったからって、よくあんなものを平然と待ち構えてられたな。
まあうっかりで挟まれたくないからね。
「数がいるなら、速攻あるのみ!」
すかさず地面を蹴った。
「アニキがそっちなら、オレは逆回りで倒してきやスー」
半モヒが音も立てずに一瞬で金タワシを回りこんだのを、視界の端で辛うじて捉えた。
いつも気が付けば魔物を倒してると思ったら、あんな変態機動してたのか……。
気を取り直して、俺は俺の獲物に集中!
――クッキャッキャ!
びょんと飛び出したクワガタリスは、四肢を広げてモモンガのように滑空し俺へと突っ込んで来た。
手足はないみたいだが偽毛を四カ所で固定しているから、そんなように見える。
俺はすでに構えていた右手に腰を捻って力を乗せ、ついでに気合いをも指先に込めるべく叫んで突き出す。
「喰らえ! ――っだからぁ馬鹿正直に真正面から突っ込んでんじゃねえよツッコミぃッ!!」
鋭利さを増した気がしないでもない手刀が、薄暗い空間に煌いた気分と共に、クワガタリスを顎から真っ二つに引き裂いた。
――ギュルゥ……。
「フッ、たあいもないぜモサッ」
なんだよモサッて。一体俺にどんな個性付けがなされたんだ。
いやモサッとした衝撃が頭に起こっただけみたいだ。
頭に!?
慌てて払おうとするより早く頭皮にちくちくとした感触を感じると、それは蠢いて垂れ下がり視界を遮った。
二本の細い枝が、目の前で身を捩る……。
「ぎゃー!」
反射的に枝を両手で掴み引っこ抜くようにして地面に叩きつける!
――アキャァ!?
毛皮だからバサッと軽い音しかしなかったが、硬い顎の根元から折れて死んでくれた。
「うおぉ! アニキは次から次へと新しい技を繰り出すなぁ!」
いちいち変な煽て方すんな恥ずかしいんだよ!
ギッと横目に半モヒを睨めば、首回りは毛皮でもっこもこしている。
即気が抜けた……。
たてがみかよ。
ライオン、というほど精悍さはないからチベタンマスティフだな。いや間近で見たら絶対怖いだろうけど。
それより、クワガタリスのやつ何匹潜んでんだよ……。
何気なく木の実をもぎ始めた半モヒの動きが、あまりに自然でつい眺めてしまった。
当たり前だけど、こっから持って帰らなきゃならないんだよな。
奥地に行くほど俺には面倒すぎる。
「あ、待った。先に、ひとまず行ける範囲は見ておきたい」
「その方がいっスね。んじゃ、ここに積んでおきやス」
すでに四個の木の実が革紐で縛られていた。
「次はあれっスが、ちと迂回しやス。太い木があるんで」
木の実を手早く、けれど静かに木の根元に立てかけるように置いた半モヒは、流れるように枝葉を掻き分け先導する。
手際良すぎる。
そう、手際が良すぎるというか……言い方は悪いが動きが変。
動作の一つ一つが分かれてないっていうか。
目にも止まらぬというほどではなくとも速いというか、熟練した動きと言えばそれだけかもしんないけど、俺からしたら人間離れしている。
平均的な周囲の日本人基準を別にするとしても、なにか違和感あるんだよな。
ああ、これまで見た街の人たちの普段の様子とも、かけ離れてる気がするからかな。
それが、こっちの人間の強くなり方なんだろうけど……。
冒険者だけでなく兵士もキモイ動きしてたから、そこは共通してそうだ。
魔法団の体力ない奴らがルールから外れる感じなのは気になるが。
息を切らしていた調査に出て来た奴らは大きな鞄を持っていた。
俺が考えるより重い物だったのかもしれない。
魔法おやじと掴み合ったときに、ひ弱な感じはしなかったしな。個人差はあるだろうが……。
でも、街の人たちだって俺より強いはずなんだよ。
全体的に体がでかいってのもあるけど。職業的な力の付き方が違うだけでさ。
思えば初めの依頼人である雑貨屋のおじさんも、倉庫整理してたとき、中にごちゃごちゃガラクタの詰まった大きな木箱を軽々と抱えていた。
若い時ほど素早くは動けないと言ってたから、元はあの棚を追えてたんだろう。
薪屋のおっちゃんが強そうなのは言わずもがな。
そもそも子供からして強いんだからな。
あのガキんちょが特別だったわけではないように思う。
力の出方がおかしいし。俺がついていけないだけではないだろう。多分……。
何か逸れてきたが、俺は今とても不条理な気分で一杯なんだ。
そういった力の出どころらしきものに考えがいってしまう。
そして俺には無いということに。
情報を整理しよう。
半モヒは闇耐性を鍛えたため灯りなしで夜の森を歩くことができる。
たった三属性しかないから、闇もありふれた属性だと思ってた。
だけど灯り石の普及具合からいえば多くはないのかもしれない。
そして俺は、魔法具屋の検査器で計れない程の高耐性持ちだった。
どう考えても半モヒより上だろうし、魔法おやじの言葉を信じるなら、この街でトップでもおかしくない。
だったら昼間と同じように見えてもいいはずだよな?
なのに、それなのに……ほんのちょっぴり輪郭がはっきりした、だけ。
改めて周囲を見る。
幾ら違ってほしいと思えど、初めに来たときと変わりなく薄暗いです。
この差はなんなんだよ!?




