第46話 暗がりに慣れる
俺は門の手前で、闇玉が居ただろう辺りを振り返った。
夜空と暗い荒野。
ただの地球産の人間でしかない俺に、それ以上のもんは分からない。
すぐそこで、得体の知れない巨大な敵と戦った。
ほんの少し前、色んな面で生きた心地がしない思いをした。
なのに終わってみれば、なにか変な相手だったなーなんて感想が出るくらいだ。
被害やらはなく、俺には想像のつかない何事かも起こらなくて肩透かしなような……でも、正直に言えば助かったって気持ちだ。
ひとまずは、だけどな。
「うんうん、そっスよね。オレも感慨深いっス。アニキの力の一端を皆にも知らしめることができた偉大な一戦っしたから!」
「え、うん」
俺が荒野を見てたのは悦に入ってたんじゃねぇよ。
街へと向き直り、半モヒと大きな門をくぐる。戻ったのは俺たちが最後だった。
扉は片方だけ閉じられ、何人かの兵が門前や壁の上から辺りを警戒している。
そういえば、まだ調査に出てった奴らがいたな。
魔法団の奴らは戦えそうになかった。二級品冒険者がついていたところで、こんな荒野に出てって大丈夫なのかと不思議だ。
といっても、ただの運動不足とは違うか。闇耐性持ちとかなら夜目も利くだろうし。
それに、こっち側は魔法具も強力なもん使ってるらしいから、幽羅のような、こっちの人にとっての最底辺魔物などは近寄れないんだろう。
実際、見なかったしな。
街の中へ入れば裏門と違い、そこそこ広めの空間が設けられている。今は人の動きが多いためか、どこか騒がしい空気だ。
そこから離れるごとに静かになっていく路上、ずっと俺は口を閉じていた。
珍しく半モヒも静かだった。いつもは俺が黙ってても何かしら騒いでんのに。
幾ら半モヒでも、思うところがあったのかもしれない。
見覚えのある半モヒの森にさしかかってから、ようやく気掛かりを口にする。
「誰か、ってーのは決定ってことか」
「うっス」
あんなに大きな魔法は珍しいらしいのに、なにかの魔法具の効果ではない。
領主が依頼して使う魔法団の魔法具だって、妖精さんの力を借りてるほどなんだから。
今回撃退できたのは光魔法使いが複数人いたからだ。
それで複数人で魔法を使うことができることも知れた。
けれど集中する時間がえらく長く感じた。
それが通常なのか連携によるデメリットなのかは分からないし、焦る気持ちのせいだけでもなかったと思う。
なぜなら、相手の速度との対比だ。
闇玉は、攻撃方法の変化やら魔力切れだか知らんが退避するにしろ、判断と動きが速かった。
誰か――たった一人の――人間の仕業としか思えない。
半モヒの返事からも、その予想は正しそうだ。
いや、そもそも魔法団は何か知ってるから行動してるんだったな。
とにかく……。
「なら、また来るな」
「っスね」
暗い枝葉の隙間から見上げた空には日本で見るより大きな星が輝いていて、夜の中のさらに暗い闇を見慣れた目には、やけに明るく映った。
★
闇玉を追い返した後は特に何事もなく、ぐっすり寝て時報妖精さんに起こされる、いつもの朝が来た。
「初めての表門側が大規模戦闘になるとはなぁ」
「いやぁアニキに相応しい晴れ舞台っしたねぇ!」
「あんな無差別攻撃とか反則だろっての。ほんと、幽羅に会わなくて良かったな」
「幽羅やら有象無象なんぞ出てこられちゃ抗議もんスよ。さすがに表は対策も厚いってこともありやスが、オレたちが出るんで魔法団が事前に魔物避けしてるはずなんス」
「あー、そういうのもあるのか」
俺の知らない暗黙の決まりってやつか。
兵と魔法団と冒険者で、なんとなく役割みたいなんは薄っすらと見えてきた気がしないでもない。
でもそれってさ、稀によくあるってことじゃね?
二級品冒険者のニバンさんが異例だからと言ってたが、あの口ぶりからすでに、初だとか二度とないレベルとは言えない感じだったろ。
ただ、まあ、それは不思議現象の方なんだろうな。
人間が原因というのは前例がないかのような雰囲気があった。
これまでの情報から、なんとなく思うだけだけどな。
ぶらぶらとギルドに出勤しながら、昨晩のあれこれを半モヒと話す。
今日から本格的に黒森に出かけてみようと話していたが、結局、昨晩はゴブ賃を回収できなかったからな。
欠片を換金してもらおうと届けに行くところだ。
それでギルドに来たはいいのだが……。
「すげー小さくなってる……」
欠片は、元の半分ほどになっていた。
いきなり消えるよりはマシだけど、こんな風に縮んで消えていくのかよ。
「朝から、しけた面見せないでくれる。ないよりマシでしょ。昨晩の件で引っ張ったからね。あんたのふやけた顔は見逃しようがないし、仕方ないから臨時収入出すわよ」
「マジで? すげー助かる!」
相変わらず言い方はあれだがな。
毒姉にしては疲れが見える。寝てないのかもしんない。片づけること多かったろうし。
「こんな忙しいときに組長は何やってんだ?」
気配すらないけど、裏手でふんぞり返ってたりするの?
「あれで忙しいのよ」
あれ呼ばわり。知らねえよ。
珍しく毒姉が渋い顔だ。
「あちこち折衝があんの」
「なるほど」
裏の仕事は組長がやって、現場は毒姉が仕切ってんのな。
オトナの世界に首は突っ込むまい。
「あれ、他の組員はいねぇの?」
規模的にも、田舎町のピザ屋の配達バイトくらいの気持ちでいたんだけどさ。
結構、色んな機関と接点があるよね。
お巡りさんと役所と商工会とか町内会とか色々。
さすがに二人で回せないんじゃねぇの?
「というかさ、半モヒが健闘してたくらいだし、あんな騒ぎ、毒姉が来てたら一発で治まってたんじゃないか?」
「ただの受付嬢になんてこと言うの、この人でなし」
引退して二級品より強いやつが言うかよ!
「色々あんのよ。とっとと稼いできな」
「言われなくても稼いでやるわ!」
毒姉から素っ気なく渡された金を掴んで外へ飛び出した。
臨時収入は、しょっぱい額だったけど。
「やったぜ! これで灯かりが買える!」
本格的に黒森で頑張るなんて言ったが、あれは後回しな!
あの森だって薄暗いし。木の実辺りの木漏れ日のお陰か真っ暗ではないから目を慣らしてなんとか歩いてるけど、うっかりして日が暮れたりとか、さらに暗い場所に行き着いてしまうとかなにかあるかもしれん。
もしものためにあって良いものだ。
そんなわけで予定変更。早速灯り石を買いに行くことにした。
こんなに早く魔法団に近付く日がくるとはな!




