第4話 秘めたる力
メダルを握りしめる。
ここに来て初めて手にした物だと思うと、急に嫌な現実味が湧いてきた。
そういえば勧誘はされたが……騒ぎについては怒られなかったな。
口の悪い姉ちゃんだが受付らしく仕事はしてくれるようだし、藪蛇かもしれないが確かめておくか。
「あのぅ、日本へは、どこから戻ればよいでしょうか? 俺、パスポートもお金もないんですが……」
マジで、これからどうすりゃいいの。
変なところに居て帰り道も分からないし弁償しなきゃかもだし報復されっかもしれないのに逃げ場所もないというか塀に囲まれた街の外は荒野っぽいから絶対行き倒れっし……あ、泣きそう。
「それによっては、さっきの騒ぎの後始末についても俺の対処限度を超えてしまうかもしれなくてですね……」
親にも迷惑がかかるかもと思うと余計に泣きたくなってくる。
なんか機嫌良さそうだから今の内に、なるべく腰を低くしてお願いするのだ。
姉ちゃんは、ご満悦な表情でカウンターの向こうの椅子に腰かけている。
その笑顔のまま言った。
「めんどくさいわね。後始末ならついてるわよ。首を横に向けりゃ見えるでしょ」
だめだ。話が通じているようで通じてない。
「結構、怪我人とか出てたろ!」
「初めからそのくらいハキハキ話しなさい。確かに良い腕してると煽てはしたけど、調子乗ると鼻っ柱叩き折るわよ」
よくそれで仕事できるな!
ん、煽てた?
「ええと、煽てたってことは、あれくらいは当たり前にいる……?」
「そんなわけないでしょ。珍しい獲物だから思わず勧誘しちゃったくらいだし」
ほんとこの、なんつーかこの……。
「珍しくはあるのか……」
「まあ、そうね。これまで会ったことはないし、この辺鄙な街だもの、噂でさえ聞いた記憶もないわ」
それ実在してんの?
でも、こうして他人からも言われるってことは、俺の起こしたことは事実だ。
つうかなんで俺は力持ちになっちゃってんの?
肉体はとても鍛えてあるとは言い難いのに……まさかチート?
これがチートってやつ!?
いやいや落ち着けまだ分からん。
もしもだ、ここが外国じゃなくて他の惑星とか、それどころか違う世界なら、別の物理法則の世界である可能性がある。
元の地球人の体のままで超つよいのかもしれない。
とにかく現状把握するしかない。
この姉ちゃんから情報を聞き出すのは至難の業だ。俺の精神がもたない。
よし、まずは客観的に能力を把握できる方法を試そう。
「あ、またどこ行くの」
「すぐ戻る!」
姉ちゃんは呼びかけはしたが、口調はめんどくさそうなものだった。
初めは慌てたように呼び止めた癖に、登録が済んだらいきなりぞんざいになったな。
おんなのひとなんてげんじつはこんなもんなんだ。
「確か、ここらのはず……あった!」
さっき戻ってくるとき、路地の隙間から明るい空き地が見えたんだ。
周囲の家は囲うように詰まって建ってるから、植物もあるし、住民にとってちょっとした憩いの場所として設けてあるんだろうと思う。
二階には洗濯ものが翻っているのはいいとして、壁沿いに置いてあるのが割れた木材とかゴミを放置してあるようでもあり、長居はしたくないけどな。
まあ木製の人形……なんか名状しがたい動物? 玩具が幾つか転がってるし、子供の遊び場でもあるなら、そう危険ではないと思いたい。
表通りは見えてるし、なにかあればすぐ逃げられる。
逆に俺の方が危険視されそうだから、さっさと用事を済ませよう。
調べたいのは、どういった特殊能力なのかってことだ。
俺が持つ持ち物は着の身着のままの、この肉体だけ。
なんの道具の補助もなく、あんな出力を出せるんだ。
なんらかの能力が宿ったに違いない。
まずは手始めに、出でよステータス!
*****
【鷲塚実/ワシヅカミノル】
【称号/闇に堕ちし彷徨い人】
ステータス/未知数
スキル/腕に封じられし百魔の常闇
*****
おお、なんと痛々しい!
なんて妄想してみたが、鑑定だとかステータスウィンドウなんて便利なものは存在しないようだ。
ちょっと厨二時代を思い出して恥ずかしいから、今のは忘れよう。
よ、よし、とにかく試すぞ。
落ちている木切れを拝借。それを横倒しに積んである木材に立てかけてと。
まずは普通に殴る。
「い、ってぇ! 普通に痛いじゃねえか!」
あぁ? さっきはなんともなかっただろうが!
さっきはどうやったんだ?
手をグーパー。特におかしな感覚なし。
集中して手のひらを前方へ向ける。
「確か、こう……ま、待とうよ穏便にお願いしますつか近寄んなっ、てぇ!」
勢いをつけて片足を踏み込み、さっきは表立って威嚇できなかった気持ちを込めて手のひらを突き出した。
パッキャァーン――――!
「うわお、割れた……分厚い木切れが割れとるやんけ! キタわーこれキましたわー!」
思わず裏声になって飛び跳ねる。
いける。これなら。
「楽勝で生きていける!」
……待てよ?
試しに重そうな木材を持ち上げようとして断念。
筋力がついたわけでもないようだし、配達の仕事とか楽にできないじゃん。
それどころか、うっかり品物を壊してしまったら洒落にならんな。
弁償代の方が嵩むんじゃ……。
「おおおおい……何の役に立つんだよ、これ!」
瓦割りとか見世物でもやるか?
でもなぁ、ごつい体格の人ばっかやん。力自慢なんか見慣れてるよなー。
手刀でスーパーの野菜切ってパック詰めの仕事とか……スーパーなさそう。
そもそも切るんじゃなくて叩き潰しそうだし無理だな。
ええと他にバイトにありそうなやつは……あれとかあれで、でもなー……。
「ひゃ、へんなのいるぞ!」
「ぶつぶつ言ってるしやべーって。ヤクチューってやつかも」
背後から聞こえた声に振り返る。
しめしめ、ちょうど良いところに贄……お子ちゃまが来たぜ。
ぶかぶかの小汚い服を着た貧相な子供が恐る恐るこちらへやってくる。
やはりガキの遊び場だったようだな。
一人は十円ハゲ、一人は洟垂れか……容易い。
ゆっくりと振り返り、目が合う。今だ!
スーパースペシャルダイナミック――スマイル!
これで不審がるお子様どもなど一発でめろめろだ!
両手を広げて攻撃の意図はないアピールも追加だ。ほれほれ。
「おーい、どうだい子供たち! 兄ちゃんと遊ばないか? 俺は強いぞ。飛びかかってきてみろ」
「ひ、人さらいか! 俺たち絶体絶命の危機ー!」
後ずさる子供たちへと、フレンドリーに弾むような足取りで近付く。
「さあさあ遠慮せず、俺を殴るんだ!」
「げぇっ、もっとやべえやつだこれ。変態だー!」
「来るな! ぎゃーーー!」
十円ハゲが華麗なステップを踏んで、瞬時に間合いを詰める。拳を回転させるようにして突き上げ俺のみぞおちを抉り、洟垂れが中ジャンプで距離を詰めると回し蹴りを、やはりみぞおちに叩き込んできた。
「へぶーーん!!!」
小僧の鼻から千切れてキラキラと舞う雫を見ながら、あれに巻き込まれなくて良かったと心底安堵する。
宙を舞う俺、かっこよくない?
などと思ったのは一瞬だ。
家の壁に激しく叩きつけられ、地面にはりつき一瞬意識が飛んだ。
嘘だろ……。
こいつら手練れじゃん……しかも。
「い、いてえぇ……洒落に、なんねぇ……ちょーいてぇじゃねえかよ。夢じゃないじゃん……」
起き上がろうと地面についた両手がガクガクと震えている。
「んだよ、あせらせやがって。帰ろうぜぇ」
「口ほどにもねぇ変態だったな、ぺっ!」
「あっ、あれが昼から飲んだくれのゴミクズってやつじゃね?」
「あー母ちゃんが父ちゃんに言ってんの聞いたことあるー」
和やかに歓談しながら鼻たれ小僧たちは去っていく。
あれが強者か。
「よわっ! 俺よわっ!」
はああぁ? なんでぇ?
いかにもごっつい奴らを殴り飛ばしたのにさぁ?
もう一度、震える手のままだが構わず糞木切れを睨んで苛立ちを叩きつける。
パキッ! 軽快な音を立てて板は二つに分かれた。
震えてるのに、割れたぞ。
腕力つか、手、だけ?
試しに肘打ち……痛ぇ!
「マジだ」
なんでそんな中途半端な攻撃スキルなんだよ!!