第39話 牽引車
不審な魔法跡事件に関して一通り話を聞き終えてみると、俺の懸念などにはとっくに考え及んで対策が取られているのだと分かっただけだった。
現地人だし当たり前か。
俺の妖木からの影響については、触ったのか近寄っただけか記憶にないけど、どちらにしろその心配もいらなかった。
影響はその場で出て離れれば戻るらしく、今の俺は元気そのものだしな。
耐性がないとどんな症状が出るのか聞くと、なんか震えるとか、頭がふらつくとか、幻覚が見えてとかで……思ったより危なくない?
どうも妖精の気配が思うように掴めず姿がぼんやりするのを、よく見ようとして混乱するといった理由などがあるみたいだ。
三半規管が弱くて乗り物酔いしたみたいな状態かな?
「じゃあ俺、妖精は見てないから大丈夫だったのか?」
「視認出来るかは無関係っスね。あの木自体が妖気を放ってっから、なんにもなかったならアニキにゃ耐性がついてるって証拠っス」
あ、でも、息切れしてたしショックでふらついてたから、はっきりとは言えないな。
確かに体への危険のようなものは一切感じなかったけど。
なんと俺は別の世界から来たと思うのに、年齢なりの耐性は付いてるらしい。
なにやら俺の存在自体が、得体の知れないものになってる気がする……。
あんまり深く考えないでおこうっと!
のんびりと商店街の端っこにある店へと辿り着いたわけだが、やっぱり今回も少し後悔した。
店と言うか半ば倉庫のような家の外の壁は、角材が立てかけられて埋まってたり、店の中も丸太が積まれてたりだ。
中で荷物の移動をしていた半裸のおじさんに呼びかける。
「よっしゃよっしゃ、よく来てくれたな! 今回もなんとかこなせるわい!」
やけに歓迎されるのは依頼の人気に反比例しているに違いない。
依頼者は主に薪を扱う材木屋らしい。
「こっちの荷物を積んでくれるか!」
おじさんの勢いに流され木箱を荷車に積んでいく。
これだけならただの力仕事に見えるよな。
「おおさすがは力自慢の冒険屋さん、準備もあっという間だ。あんたらは、そこの取っ手を頼むな。じゃあ行くぞぉ!」
暗い面持ちで言われた取っ手を掴んだ。
俺たちの依頼はここからが本番。
一応、車輪付きの何かはあったよ?
大昔の戦車でチャリオットとかいう、人が一人立てればいいような大きな車輪が二つある塵取りみたいなやつ。
道幅のない場所が多いから小型にするしかないというのは理解できる。
なんでそれを牽くのが俺たちなんだよ!
思えばここは、前に受けた落ち葉舞い踊る森にそこそこ近い。
市街地の中でも端に近いという意味だ。
そこから荷運びという名の人間台車代わりにこき使われ、街中の店や家を回ることになったのだった。
「しばらくはこのまま真っ直ぐ進んでくれ! しかし早いなぁ、あ、無理に急がんでいいぞぉ」
俺と半モヒが並んで取っ手を引く背後から、指示と気遣いの声がかかる。
揺れで荷物が安定しないからと依頼者のおじさんは荷物を固定する係なのだ。
荷台で。
嫌な絵面だ。想像したくない。
「……魔法具でなんとかできねぇの」
「ははは、そんな金があんなら、あんたらを雇わんよ!」
「そんなに高いのか」
「なんせ量があるし重いからなぁ。一度限りでもない」
なるほど、魔法具は対象はなんでも効果固定ということではないのな。
重さや量で効果の高いものが必要になってくるのか。薪なら定期的に必要だからコストもかかる。そんで値段も吊り上がっていくと。
普通に考えりゃそうだけどさぁ、魔法ってついてるくらいなのに万能さ少ねぇ。
気のいいおじさんで、移動中に街の珍事件を面白おかしく話してくれたし、途中で水分たっぷりの大きなオレンジを差し入れてくれた。名称は違うが柑橘類の味は一緒でよかった。自販機なんかないから、これがジュース代わりらしい。
回り終わって店に戻ってきたときには、俺の足は震えていた。
もちろん半モヒはなんのダメージも見せない。
「いやいや助かった! また気が向いたらよろしくなぁ!」
こくりと力なく肯き、鉛のような足を動かしギルドへ向かった。
思えば初めて怪奇現象抜きのまともな雑用依頼だった気がする。
そして何事もなく終わりましたとさ。めでたし、めでたくねぇ!
これで一日ゴブ退治ほどの報酬も出なかったとか萎える。
文句は言わなかったが毒姉は俺の不満顔を見咎めて言った。
「命の危険なくおまんま食えるのが不満なら外にでるこった」
ぐぅと唸って俺はポケットに報酬を突っ込んだ。
その通りだ。
命の危険がない仕事は、これが普通と言われればぐうの音しか出せない。
くっ……仕方ねぇ。明日は幽羅でもリスもどきでもなんでも毟ってやっからぁ!
帰路に就いたが、日が暮れる前だった。
安くともしっかりと働いた稼ぎを手にしてギルドを出たのだから、充足感を得られてもいいのだが……時報妖精が飛んでくるまで、まだまだ時間はある。
最低限の私物は購入済みだが、次に欲しい装備などを買うには金が足りない。
でも特にやることもないんだよな。
魔法を使うのは、もう無理そうな気がするし……。
かといって、このまま帰るのもなんとなくもったいない気がしてしまう。
これまで少ない稼ぎでも、日に日にマシになっていたからな。
所詮は日雇い。
こんな日もあると割り切らなきゃ駄目なんだろうけど。
ゴブ退治でも行くか?
どうやら半モヒの家がある森は、ゴブ塚のある森と同じらしいんだよな。
どちらも住宅地の外れにある倉庫区画の外側を、半ば囲むように存在する森の中だ。もちろん端と端くらい離れてはいるけど。
俺が見た感じ、壁の内側にある森は二つ。
一つはゴブ塚があり半モヒも生息する、裏門近く一帯に広がっている黒っぽい木々の生える陰鬱な森。
もう一つが表門側の砦下近くにある金持ちが住んでそうな一角にかかってる森で、こっちは緑も鮮やかで庭っぽい雰囲気が感じられた。
外の影響があるなら、外の森の一部を分断するように街に取り込んだんだろう。
実際、裏門に近い方は黒森の木に似てるし。
あんなに異様な真っ黒じゃないのは、不思議パワーが減少したか、外壁に仕込んだ魔法具によって排除されたのかもな。
筋肉痛にだってちゃんとなるんだし、数日おきに休むのは悪いことではないと思う。
ただ、今のところはまだ無理したいというか。
もうちょっと、あともうちょいでいいから金が入ればなぁとか焦ってる。
そんなこと言って自分の限界を見誤って無理すると怪我したりとか大変なことが起きたりするんだよな……でも頭で分かったって、悔しいじゃん?
俺の力はまだまだこんなものじゃないぜ! とか叫んじゃうわけよ。
……早く安心したいんだよな多分。
まだ高校生活満喫中で親の金で暮らせて万々歳だとか思ってたのにな。
訳の分からない場所にきて、毒姉の捻くれた口はともかく世話になってるし、半モヒに高いもの食わせてもらったりすると、なんかそこまで子供じゃねぇよと反発したくなるというか……。
やめやめ。
思い立ったら突っ込もーぜ!
「半モヒ、ゴブ退治行くぞ!」
「ぃーっス!」




