第35話 贅沢なヤロゥ飯
木の実の精算を終えた後、俺と半モヒは受付前で言い合っていた。
いったん外に出たはいいが、そこで報酬を半モヒに渡された俺は戻って毒姉に確認しなおしたんだ。
「いらないって」
「いいや受け取ってもらうっス」
半モヒの持ち帰った毛皮代も、パーティで受けたのだからと半分渡されかけて押し返し合っている。
「どうでもいいから別のところでやってくんない?」
「そうですよね!」
「お騒がせしやしたあ!」
毒姉の気怠いながら冷え冷えとする一言で俺たちは頭を下げると脇に移動。
気が付けば室内は閑散としていた。
情報交換を兼ねた冷やかしらしき駄弁っていた冒険者たちも、持ち場に戻ったようだ。
おかげで、そんなに広くない待合スペースの、俺が減らしてしまったテーブル類も空いている。
「喉乾いたしちょっと休憩すっか」
「どうせなら飯にしやせんか」
「もうそんな時間?」
ちょうどタイミング的に昼時だったんで、席を借りて飯を食うことにした。
本日は半モヒが、ちょっと凝ってみたという弁当。
ヤロゥの野郎料理だからと言い聞かせつつも、期待は湧く。
テーブルで巾着を開くと、真っ先に目に付くごつごつしたパンは変わりない。
その下には、なんか竹の皮で作ったような楕円形の弁当箱が入っていた。
手のひらに乗るくらいの普通の弁当箱サイズだが、重みから中身の詰まり具合が想像できる。
蓋に丸石がくっついてるのは魔法具なんだろう。
用途からして雑菌の繁殖を抑えそうな光魔法?
あーでも長時間の利用は体に悪いんだっけ。塩素系魔法だもんな。
心なしひんやりするから、温度調整なら露魔法かな?
木のフォークを取り出して横に置き、ぱかっと蓋を開けると、三つに仕切られている。
一つは程よい焦げ目のついた茶色い塊が押し込まれている。焼いただけって感じの肉だ。
一つは野菜。ここでは初めて見た生野菜サラダっぽいけど、よく見れば油分が見えるからドレッシングで和えてあるのかな。それもみっちり詰め込まれている。
問題は最後。
なんか黒くてとげとげしてる。ウニをそのままスライスしたようなんだが……中心部も黒い。
それだけがびっちり詰まっていて、ちょっと不気味なんすけど。
フォークでつついてみると、感触は硬めだ。
肉、野菜とくれば果物?
現実にもドラゴンフルーツだとか異様な果物はあるし、おかしくはないだろうけど……。
半モヒはさっそくグサッと肉らしき塊にフォークを刺して取り出していた。
左手で掴んだ砲丸パンに食らいつき、右手の肉を食いちぎる。
その肉、伸びるんだ……。
よし、俺も肉から食おう。
謎肉だろうと肉は肉!
ぐにょっ。
お、刺さった。
半モヒは木製フォークで器用に刺すなぁと思ったら、想像より柔らかい。不思議な弾力が手に伝わった。
齧りつくと、おお、伸びる。
牛筋煮込みのようなほどよい弾力と言えば聞こえはいいが、冷めてるからかグミ系の感触……。
牛系の味なのは嬉しい。嬉しいんだけど、食感が思ったのと違うと味わいも変わって感じるのは不思議だなぁ。
サラダらしきものの見た目は小松菜のおひたし風だが、味はシンプル。塩気の利いたオリーブオイルにレモン系の酸味が控えめにある感じ。
草っぽい癖があるのは、こっち独特の調味料なのかもな。
そしてウニ……。
てかり方を見れば心なしか粘りがあるような気がする。
フォークを突き立てるとジャクッとした山芋のような手応え。
そこで俺は動きを止めた。
ぞわっと背筋に嫌な感覚が這い上る。
「……なぁ、半モヒ。これなに?」
「ぐも? くだゃもにょっスょ」
「果物……俺がフォークで刺した途端、びくっと震えて周囲のトゲが痙攣したように見えたんだが? ちなみにお前のはそんな反応なかったのを見たんだけど?」
「そりゃあ縁起がいい! アニキのは活きがよかったんスねぇ!」
「変なもんじゃないだろうな……」
半モヒは微かに考えるように眉間を寄せると、すぐに合点がいったように頷く。
「ああ珍しい食い物らしっスから、あんま見ないかもしんないスねぇ。この街だと、あの裏手の八百屋くらいしか扱ってねぇくらいっスし」
「やっぱ怪しいもんじゃねぇか! どこか胡散臭い店だと思ったが、なんかやばい覚醒成分だとか入ってんだろ! そうに違いない!」
「えぇ!? そんな発禁もん滅多にゃ流れてきやせんって!」
「ぴゃあ!」
何かが横切りテーブルに刺さる。
掴みかかろうとした俺と半モヒの間に、爪ヤスリが突き立っていた。
「あんたらね、仕事終わりの時間帯よりうるさいってどういうことなの」
「せんッしたッ!」
すかさず立ち上がって謝る俺と半モヒ。
すっかり体に刷り込まれてしまっている。悔しい!
頭を上げると毒姉がテーブルの爪ヤスリを引っこ抜きつつ、俺の蠢くウニスライスを一枚つまんで口に放る。
うわーえぐーい。
「四級品の癖にいいもん食べてるわね。この一枚は手間をかけさせた代金よ」
毒姉に良いものと言われると、ますますやばそうな気がしてくるんだが。
「それ、いいもんなんだ」
「栄養価が高いし日持ちはいいしで冒険者向きの果実なんだけど、都近くの森でしか採れないらしいわよ」
「へ、へぇ」
「それでも、まだ口の中で跳ねるなんて珍しいわ。うまいこと仕入れたてを手に入れたようね」
「跳ねる……」
うげぇ、そんなもんを平然と食ってるよ。
「別に何を食おうが私の知ったことではないんだけど、調子乗ってこんなものばかり食べてたら破産するわよ」
毒姉は背を向けて、そう残すと窓口に戻っていった。
「破産って……え、そこまで?」
こんな怪しいものが、そんな高価なの?
半モヒを振り返る。
「げヘへっ、奮発したんスよ」
などとチョビ禿を掻きながら照れており……。
「おいくら?」
「えぇ? そんな野暮なこたぁ……」
「正直に言え」
「四級品依頼を十件は片づけるくらいっスかね……」
ちょっと目が泳いだから、もっと高いんだろう。
俺は黙って席に戻り、口に黒い果肉を押し込んだ。
ぐぼっ、マジでビクッて跳ねた!
気色悪さに吐き出しそうになったが、気合いで噛み砕く。
さっさとくたばれや!
びりびりとした跳ねる感触がなくなり、ようやく味の方に意識を向ける。
ちょっとバターっぽいコクのあるライチ味?
確かにカロリー高そうな味だ。
半モヒの大ざっぱな味付けの料理しか知らないが、調味料とか少なそうに思う。
この街で濃い目の味ってだけで高価なのも納得だ。
「ふつうにうまいです」
俺が降参の言葉を吐き出すと、半モヒは勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。
後は黙々と弁当の残りを片付けたのだった。




