第33話 魔物を見たらぶん殴れ
ギルド受付窓口横の、広めの台に木の実を乗せる。
「しょっぱい獲物持ち帰ったわね」
面倒くさそうに立ち上がった毒姉は言ってる内容とは違い木の実を見て、にやついている。
「これも依頼数のわりに不人気依頼なのな」
「分かってきたじゃない。率先して苦労を買うなんて今どき天然記念物並みの気概だわ」
「天然記念物として守ろうなんてもんがあるのに驚きだ」
「誰がそんなもん守るのよ」
えぇ、意味合いが違うの?
横からボソッと半モヒが注釈をつけてくれる。
「アニキ、環境異常の中でも特別に危険指定区域を示す言葉で、えー端的に言や近寄るなって場所のことっス」
「そうかなって思ってた」
そんなわずかなやり取りの間に毒姉は、いつも手にしている細長い爪ヤスリで木の実のヘタ部分をスパスパと切っては、切り口を見て紙に何かを書きつけていた。
本来なら鋸でも断つのに苦労しそうな硬さのものを、いとも簡単に……。
毒姉は人間やめてるとしか思えない。
「まあ普通ね。これ森の入り口近くのやつでしょ」
「しかも獣並みの感覚持ってやがる」
すごい睨まれた!
「身の詰まり具合が違うの。覚えときな」
「アニキ、黒森の奥に行くほど、濃厚になるんスよ」
「そ、そう」
切り口から見える中身はバナナのように白いが、森の奥へ行くほど茶色がかったものになり、奥地の最高品質のものは樹液のような色合いになるらしい。
「うまそうじゃん」
「とろみがあって、ほんのり甘みもあるから、菓子類の風味づけに使われるくらいだからね」
「へー、じゃあ報酬も上がるとか?」
「そりゃあ、周囲は二等級魔物の棲み処だもの。早く行けるように、この調子で依頼をこなしてちょうだい」
「げぇ……」
とんでもない場所じゃねぇか。
同じ採取依頼でも場所によって難易度も変わるのな……ちぇ。
毒姉が胡散臭い笑顔を張り付けて俺を向く。
「このまま買い取ってもいいけど、どうせならあと数個採ってこない?」
「いいけど、今から?」
こくりと当然のように頷かれた。
貼り出されてある依頼書の最低限のノルマが大体十個なのは、店に卸せるちょうどよい数だかららしい。
半モヒと合わせて六個持ち帰ったから、もう一往復行ってこいと無言の威圧を放っているわけだな。
「まあ、近いから行くけど。四級品から採取とか雑用依頼少ねぇみたいだし……あ、そうだった」
「お、なにか気が付きやしたか」
窓口に背を向けつつ、呟いた言葉を半モヒが耳ざとく拾う。
外に出てから、ずっと俺が気になっていたのはだな、依頼は討伐ばっかじゃんということだったんだ。
半モヒが言うように、キリがないほど魔物がいる世界。
けれど大規模異常環境のせいで、それなりに自浄作用も働いているらしい。
魔物の群れが襲ってくるようなことは稀だとも言ってた。
ならさ、あれだけ討伐依頼に集中しまくってるのは何故よ?
ってことが聞きたかったわけなんだが、まだまだ俺にこっちの常識がないせいで、何を話しても逸れまくってしまう。テヘ。
魂の欠片が重宝されてるのは感じるけど、必須というほど真面目に集めてるようには思えないんだよな。
あれば便利だけど、一般市民的にはなくとも暮らせなくはない程度に思える。
だって石油レベルで必須なら、気分や調子次第の冒険者任せじゃなくて、国策レベルにならね?
そりゃすでに重要な施設であるだろう城砦があるし、最低限のインフラ用は貯め込んでっから緊急に必要ではないとかあんのかもしれないけど……。
「そんな無理して魔物を倒す意味あんのかって」
「え、意味……?」
半モヒは困惑気味に目を見開く。
どういう心情だよ。
「深ぇなぁ。哲学かぁ……考えたこともなかったっス」
俺さ、今まで生きてきて知的系の印象なんて、これっぽっちも持たれたことはないんだ。
自分で言いたくはないが、おバカ枠。
半モヒはよいしょ要員のつもりでいるからあれだけど、毒姉さえ俺を賢者かなにかのような扱いっぽいからな。黒い言動はともかく。
修行者とやらに勘違いしてるからといえど、この世界の住人の判断基準がよく分からないよ。
「さては何かまたせこいこと企んでるわね? 言っとくけど、倒し続けないと人間には生き辛い世界になるわよ。そこは余計なこと考えずぶん殴りまくってこい」
俺のちょっとした好奇心は、聞き耳を立てていた毒姉に一蹴されたのだった。
ギルドを出てから毒姉の発言に内心ツッコミをいれる。
つい何か俺の知らない意味合いがあんだろとスルーしたけど、あれでもギルド職員だった。
あれだけ依頼があんだし、ギルドに都合がいい魔物退治を推すに決まってんじゃんか。
はぁ……心で溜息をついて再び俺と半モヒは裏門へ向かう。
当然、朝のようなわくわくもねーし俺の足取りは重い。
でもなぁ、ぶん殴ってこい、か。
毒姉はなんでも腕力で解決してそうだしギルドの方針もあるけど、どうも言い方にそれだけではない引っかかりを覚える。
改めて荒野を目にする。
この広さと比べれば、振り返った街の長い外壁は、ちっぽけなものに思えた。
あれだけいる幽羅でさえ、広い世界の地上という一部の中では、大した量ではないだろう。
たとえば、あいつらが一斉に街に押し掛けても、どうにかなりそうな感じがするんだ。
実際どうだかは分からないけど。
毒姉や半モヒたちを見てれば人間も半分は俺の知ってる人間から逸脱してるし、この壁だって礎は強力な魔法具らしい。まだよく知らないが魔法団ってのもある。
なら、少なくとも拮抗できるだけの手段は揃ってそうだ。
人どころか存在から異様な魔物さえ活動を制限される不思議環境。
そんな抗うことを考えるのも馬鹿らしくなりそうな天災を前にしては、一部の魔物と人との攻防なんか小競り合いみたいなもんだろう。
魔物と住みよい場所を奪い合ってるというのも違和感。
今のところ見た魔物は、ある状況下とかで突然発生するようなもんのようだから、その場所から離れると存在できないのではないかと思えるんだよな。
さっきはリスもどきにも遭ったけど、あれも森の中の要素を集めて固めたようなもんだ。偽毛を暴いたし。
こんな時は、ヒャハー知恵袋。
「半モヒは、なんで魔物を積極的に倒さないとならないか知ってる? 毒姉が言ってた人間が生き辛くなるだっけ? その理由」
最近、ナチュラルに利用するようになってしまった。ネットないしね。
「あれっスか。なんつぅか、色んな要素が絡んでややこしいんで……話が飛びながらになりやすがいっスか」
え、そんなに?
話振っちまったのは俺だし頷いた。
どうせ移動中は暇だしな。
それから歩き出して今度は幽羅の邪魔もなく森に入り、トゲトゲ木の実をクワガタリスと奪い合いながらも半モヒの話は続いた。




