第32話 魔物が居て、人の街が在るということ
黒森を抜けるため、獣道のような道筋を探りながら歩く。
どこもかしこも真っ黒な中で、幸いにも雑草だけは白いから多少は木の根の有無だとか判別し易い。
「あ、そこ分かりづらいっスけど、その木避けた先っス」
「こっちか」
俺が戸惑って足を止めるより早く、半モヒが後ろから声をかけてくる。
そう言えば、来がけと違って俺を先頭に歩いてるな。
「後ろから指示するより、先歩いてくれた方が楽じゃないか?」
「いやいや殿は任せてもらいやス」
「しんがりって……」
そんな敵との攻防がいつの間にあったよ。
……もしかして、森の奥の方が危険だからか?
魔物の知識や戦闘力もありながら、料理もできたり気遣いのできる男かよ。
悪人面だけど、これで半端なモヒカンじゃなかったらモテモテなんじゃね?
今はその酷いファッションセンスに感謝しよう。
ただでさえ気後れしてるところを、側で女に群がられる光景を血眼で見て歯軋りしたくないからな。
酷いファッションといえば、謎の襟巻き。
「そうだ、その毛皮はなに」
「あ、これも小金にゃなるんで」
「採取物なのか」
気に入って巻いたとかじゃなかったらしい。
まるっと毛皮を落とすなんて、解体要らずで都合のいい獲物だな。
「この毛は見ての通り見せかけっス。奥地に生えてる植物なんスよ。この植物が魔性に満ちてるもんで、クワガタリスは防護のために纏うんス」
都合のいい獲物じゃなかった。
すでに毟られたものだったようだ。
「え、じゃあ中身はどんなんだ?」
「黒くて、あんな感じっスかね」
半モヒが指を上へ向ける。
見えるのは枝葉にまとわりつくように霞む黒いもやもや。
「まさか……あの不思議現象が関係してる、とでも?」
無尽蔵にあれから湧き出てくる変な生き物を想像してぞわっとした。
「黒いんで関係あるっちゃあるんでしょうが、中身は幽羅みたいなもんスよ」
「あ……あー、なるほど!」
閃いたかもしんない。
もしかしたら、そこが魔物の共通点じゃね?
この世界の自然現象の一部らしい摩訶不思議な存在だから、各立地の影響を受けたものになる――そう考えたら、これまで俺が見た魔物に辻褄が合う。
窯の跡地でゴブレット。
魔物とは言い難いが似たようなもんである、森で踊る落ち葉。
蜃気楼っぽい幽羅。
そして、このクワガタリス。
おおっ、それっぽくない? つかもうそれでよくない? 俺の精神の安定のためにさ!
だとすれば今後はその場所を見て、少しは予想も出来そうだ。
未だ少ない例だが、そういうことにして納得することにした。
森を出ると、眩しさに目を眇める。
次いで小さな裏門が見えてほっと息を吐いた。
こうして俺は四級品冒険者向けの新たな職場の下見を終えた。
ほんの少し入り込んだだけで、まるで異界だったぜ。
街のほんのすぐ外だぞ? なんて世界だよ!
「どこも不思議魔物ばっかかよ」
「キリがねぇもんっス」
それはそれで気になるな。
動物的な活動はしてないから、自然破壊というか元の生態系が崩れる心配はないだろうけど。いやこの天変地異的なのが普通の状態になるのか……?
ええぃ半端に人間周りだけ俺の知ってる世界でややこしいんだよ。
門を通り抜ける際に、ちらと荒野の景色を目に収めてから街の中へと戻った。
扉が閉じられると、少し昔くさいだけの街がやけに存在感を増した気がした。
そして、込み上げてくる閉塞感。
見上げた空は何に遮られてるわけでもないのに、大きな檻にでも入ってる気分。
中にいるだけでさえ、そんな大きな街って感じはなかったけど……。
「なんつーか、よくこんな環境で人間は進化できたな」
「進化? ハハハ、魔物のような変化はしねっスけど、確かに生き延びてこれたのはすげぇかもしれやせんねぇ」
「へんげ? あー変身する魔物もいそうだな」
「いや魔物も、たまに等級が上がるほど強化しちまうことがあって、変化を果たすと呼んでるんス」
「四等級魔物を追い詰めたと思ったら、突如、一等級に覚醒とかされんの?」
おのれ野蛮な冒険者め! よくも仲魔をー恨み骨髄ー我が真の力を見よー……だとかなんとかで?
なにそれこわい。
そんな熱い展開は主人公側だけでお願いしますよ。
あ、この場合の主人公は魔物の天敵である冒険者だから、冒険者側な。今は俺もその陣営だからね。
「何もないところで急にってのは聞かねっス。それに一足飛びに級越えもないっスね」
「なんだ段階を踏むのか。なるやつは種類で決まってるとか?」
「もともと例は少ないっスが、種を選ばずっスね」
まあ、おかしな現象ばっかの世界だけど一応は因果関係っぽいのは垣間見えるしな。
魔物の外見は場所の影響とすると、全てに共通するってったら……魂の欠片が関係あんのかな?
「魔物が互いに食い合って欠片の力が合わさるとか……いや環境の方も影響なくはなさそうだな。魔力の雨だっけ、降ったところに運悪く魔物がいて凝縮しちゃってとか、そんなん?」
「アニキの探究心はマジもんっスね。大体合ってるっス」
なんかその言い回しだと素直に喜べない。
「あぁ、だからやたらと外の現象が気になってたんスか! 魔物と環境の関係性から世の動向を知りたいと!」
俺はそんな大げさな目的も信念もないからな?
「世の中に関係するかは知らんが、人間に関わってないこたねーだろ」
「そっスねぇ、オレが知る限りでは遥か遠い昔には、ここまで大規模な環境変化はなかっただとか読んだことありやスね」
「へぇ、そうなんだ」
なんで半モヒは無駄に知識は蓄えてるのに、そこで止まっちゃってんだろうな。
それでどうにかしようと思わなかったのが不思議だよ。
あ、魔法使いたくて勉強してたんだっけ。で使えなくて諦めたんだったな……。
赤点じゃなきゃいいくらいの俺からしたら、羨ましくてもったいない気がしてしまうけど、そこはつつかないでおこう。
「なら長い年月かけて、不思議環境がどんどん広がってるのか」
「ほぅ、ちょっとした事実から真理を探究し辿り着くたぁ、やっぱ修行者は視点が違ぇや」
それっぽい痛いこと言ってても許される修行者設定は便利で助かるけど、そろそろマジで何者なのか気になってきたぞ。
俺に探る機会は来ないだろうけどな。探り方すら分からないけどよ。
それに言及せずスルーしてるだけで振りをしてるつもりはないから、後で騙されたって問い詰められても俺から言ったことはねーからって押し通すつもりでいる。
そもそも、お前らの言ってるそれがなんなのか分からなかったから否定しようもなかったのさってことでね!
下手に詳細を知ってしまうと、それに基づいて動いてしまいそうだからな。
まあ情報に触れる機会があったら、その時に考えよう。
そんなお外の環境について話をしながら、だらだら歩いてたらギルドに到着。
トゲトゲ木の実は身が詰まっていて、鉄の塊なんじゃないかってくらい重い。
すぐそこに看板が見えていたはずなのに、俺の足が鈍ってたせいで、思ったより時間がかかってしまった。
紐で簡易に縛ってるだけだから早く動こうとすると背中に当たって痛いし重心もブレて歩き辛いはで、俺が持てるのはせいぜい二個が限度っぽいなぁ。
それが分かっただけでも、下見としては上出来だったと思おう。




