第30話 黒森
幽羅は根っこの方が硬いらしい。
なるほどそれでローキックか。
俺不利やん。
「近くに現れやがってシネ!」
やけになって近くの幽羅を片っ端から潰すことにした。
といっても普通には殴れないから、思い切り腰を屈めると下の方を手刀で突きまくる。
間抜けた格好で足腰も辛い。
俺の能力的には、ますます星屑浚いとやらが向いてそうな気がしてきた。
半モヒが屈んで魂の欠片を拾いながら言う。
「ヘヘッ四等級の魔物もなんてことないっスね」
「ああ、魔物は等級で呼ぶんだっけ」
依頼の難易度が級品なのは冒険者がそのランクをこなせる力量を持つかどうかの指標なんだろうな。
実際に受けるときに実ランクがズレてるのは、パーティメンバーのランクがバラバラだとめんどそうだ。今がそうだ。
しかし、そうかあれで四等級なのかー。
冒険者が実質四級品からスタートラインなら、魔物もそうなるよな……。
俺も目を皿にして探す……必要もなく見つかったタニシもどきをつまんだ。
「ゴブより一回り大きいな。魔物の強さによって欠片の大きさが変わったりするとか?」
「それもありやスが、魔物の種類は違えど等級毎で大体同じなんスよ」
へー、それも等級の由来の一つなのか。
なら逆説的に、欠片がこのサイズだから、このくらいの強さというのはありそうだな。
「こいつら勝手に死んだりしねぇの」
「この環境っスからね。あの幽羅にしろ悪天候のときにゃ一掃されやスし。たまには魔物同士でやり合ってることもありやスね」
生き物っぽいなら生命サイクルがあんじゃないのかと思ったんだが、それ以上にお天気事情というか過酷な自然環境が問題そうだな。
とにかく理由はどうあれ、依頼ついでに拾えたらラッキーなんじゃね?
「そしたら、この辺にも欠片とか落ちてるんじゃないか?」
「まぁ見つかる時もありやスが、危険の合図なんで一旦退避しやスね」
「えぇ? 危険なんだ」
「この欠片も、体から離れると長いことは保てやせん。欠片が一つ見つかったということは、死にたてっつーことで、近くにそれ以上の等級の魔物がいる可能性が高いってことっスわ」
なんだ、そういう事情もあんのか。
そんで続いた注意事項。
もし欠片が幾つか見つかったなら、ますます強い魔物がいるか、相手が複数である可能性が高まる。よってもと来た道を慎重に戻りつつ、様子見が良いという。
「ほー、猟師の話聞いてるっぽいな」
「げへへ、鷹の目を持ち獲物を逃さず仕留める狩人のようだなんて照れやスね」
「そこまで言ってねぇよ」
それに複数の欠片が散らばってるなら、近くにいるのは同業者ですぐ戻ってくるかもしれないから、かすめ取って揉めないようにということもあるそうだ。
確かに俺たちも、ゴブ退治では一戦闘終えてから拾ってたもんな。
そういった行為に特に罰則はないらしいが顰蹙は買うから、故意にやると冒険者たちから敵視されるようになるらしい。
大きな依頼やろうとしても手を貸してくれる奴がいなくなるだとか、何かしら社会的な制裁を受けるようだ。
それは想像がつくな。あんな狭い街の中でおかしなことすりゃ生きて行ける気がしない。
「あ、だからって声かけちゃダメですぜ。アニキにゃ無縁かもしれやせんが」
街の中ならともかく外では、特に森のように見晴らしの悪い場所で気軽に呼びかけない方がいいと半モヒは付け加えた。
魔物を呼ぶだけでなく、山賊やらと出くわす危険もあるためらしい。
街の中はそこそこ秩序だってるようなのに、やっぱこんな殺伐とした世界だと悪に堕ちる者もいるのだろう。怖い怖い。
なるべくなら俺も悪に手を染めることがないよう飯代くらいは稼がないとな。
お外の基本知識を実際に歩きながら聞かされると、説得力が違うね……。
待った。こんなお外で生きられるって本当に人間?
もう魔物化してんじゃねーのそれ。
俺がせこい気持ちで聞いた欠片拾いから、思わぬ話に発展して怯えることになっってしまった。
半モヒの忠告はありがたいが、一通り聞いて今後を考えるだけで精神的疲労がやってくる。
ったく……あんな魔物がそこら中に居て、いつ現れるか分からねぇんなら、星屑浚いだとかいう苦行採取も簡単にはできないじゃんよ。
どこも魔物がいて大変なら這いつくばるよりマシなやつにするわ。
「もういいや。半モヒ、黒森に案内してくれ」
「へい!」
幽羅の魂の欠片を拾い終えると、今度こそ俺たちは黒森へと向かう。
いきなりの敵で冷や汗かいたが臨時収入になったと喜ぼう!
ついでに俺の肉体が予想外に頑丈らしいということも分かって、嫌でも魔物退治で稼がねばならない場所でも希望が持てたしな。
向かう先に目を向ける。
見たまんまだが、半モヒが黒森と呼んだから正式名称なんだろう。
本当はそこの周辺を壁際から眺めて講釈を受けるだけのつもりでいた。
でも、ここは気合いの入れどころだろ。
明日から早速、本格的に探索に来てやっから!
幹も枝葉も黒い木々の狭間に入り込めば、すぐに暗さが勝ってくる。
やはり異世界。その暗さが自然ではなくて、どうも黒い霧がかかってるような感じだ。
はっきりとは言えないが、梢を見上げると不自然にそこら辺りだけ黒いというか……木漏れ日が遮られてるからそう思うのかな?
地面も黒いが、足元を見れば奇妙なことに、根元の雑草らは白いゼンマイっぽいのとか、白いドクダミ草だとかで全体的に白いのが多い。あれ、ドクダミの花は元々白かったっけ?
なんか日当たりが悪い場所に生える、そういう寄生植物とかあったよね。
まあ地球での話だけど。
それにしても、いきなり難易度が高そうな場所で気が滅入ってくる。
視界だけは良い幽羅でみっちりの荒野と、年中薄暗そうだけど身を隠す場所と水分には困らなそうに思える森。どっちで遭難するのがマシだろうか。
妄想が悪い方向へ行きかけたところで半モヒが足を止めた。
「そこっス」
「え、もう?」
なんだよ近いな楽勝じゃん!
うきうきと半モヒに並んで、少し開けた場所を見て固まった。
木の、実……?
「でかくね?」
「ここらは、どれもこんなもんスよ」
とげとげに覆われたドングリ。
しかし一粒が両腕で抱えないとならないほどだ。
それが枝から吊り下がっている。
というか、ドングリのついた黒い枝が、かなりの頭上高くから地面に垂れ下がっている。
どう見てもドングリの重さでこうなってるよね?
なんで素直に落とさず根性でくっついてんだよ!?
「半モヒ」
「へい」
「これの採取依頼って、大体何個だ」
「十個くらいっスかねぇ」
絶望!




