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第3話 冒険屋さんに入会

 俺、実。今別世界にいるの。

 いやマジでここはどこなんだよ?


 とぼとぼと丘を下りて来た道を戻る。


 あ、あれ?

 道が分からん


 なるべく人の好さそうな……あ、あのおばさんに聞いてみよう。


「あのう、すみません、この辺に冒険者だとか自称する輩のいる事務所があったはずなんですが……」

「ん? ああ、冒険屋さんね。あっちよ。看板見りゃ分かる」


 売り物かよ。

 おばさんに礼を言って、そそくさと離れる。

 なんか巨大キュウリを棍棒のように握りしめて胡散臭そうに見てたし、あまつさえ振り上げかけてたような……。

 少しでも下手な態度を取ったらやばかった。多分。

 俺は敵地で命がけの交渉に成功したのだ。


 というか、改めて周囲を見回したら、歩いている奴らと俺の恰好は違いすぎる。

 色褪せて着古したような色ばかりだ。

 柄無しの素っ気ない室内着でまだ良かったかな。

 金があるようには見えないと思う。


 まあ妙に綺麗な色と布地だと分かるから、追い剥ぎに会わないとも限らない。

 今の精神状態で絡まれたりしたらちびる。

 とにかくどこか落ち着ける場所を見つけないと。


 冒険屋さんとやらが安全かは分からないけど、どっちかっつーと多くは好意的な雰囲気だったことに賭けるしかない。

 元より他に縋る場所もないんだ、急ごう。


 速度を上げて、特徴的な看板を探した。




「あった、あれだろ!」


 間もなくワイン樽型に切り取ったような木製の看板が、ぶら下がってる軒を発見した。サイズも俺が詰められそうな巨大さで分かりやすい。

 樽の上に載った巾着袋の口から宝石や金貨らしきものが溢れている絵が彫られている。

 走りながら見た中で、最も冒険家のイメージらしい図柄の看板だ。


 それと他の店舗では不思議と見なかったスイングドア。

 近寄ろうとして数人のコスプレ外人が出てきたため、慌てて壁に張りつくようにして背を向ける。

 横目に見ると巻き込まれた一人だろうか、人を担いで平然と歩いていた。

 さすが見た目通りに力持ちだ。


 それで室内から聞こえる音はなくなった。

 みんなああして出て行ったのかも。

 外からだと室内は暗く見えづらい。

 ごくりと喉を鳴らし、思い切って扉に手をかけた。


 一歩踏み入ると、すぐに左手の待合スペースに目が行く。

 人っ子一人居なくなっていて、少しほっとした。


 それにしても酷い惨状だ。

 床のタイルが削れたり割れてるし、テーブルやらが少なくなってる気がするのは、片づけられたんだろうか。


 そして奥の壁に入った亀裂から、光が差しこんでいた。

 めり込んだ半モヒも無事に回収されたらしい。

 特に血糊などは見当たらないことにもほっとする。


 けど、これ弁償しろって言われたらどうしよう……。


 その時、カツカツと鳴らす靴音にびくりと振り返る。

 俺の側で止まったのは確か、窓口のお姉さんだ。


 お姉さんの背が俺より頭一つ分は高いため見上げた。

 踵の高い靴のせいだけではないと思う。

 他の奴らも街なかの人たちも、みんなでかかった。

 反射的に軽く頭を下げる。


「ど、ども……」


 少し釣り目できつい印象だが、美人なお姉さんではある。

 ただ、さっきのような笑顔ではなく真顔だ。

 戻ってきたのは失敗だったか?

 ヘタなこと言えないし、黙って用件を待つ。


 お姉さんは俺をまじまじ見下ろし頭を傾げると、こげ茶色で艶のある柔らかそうな、ちょっとウェーブ入った毛先が肩口で揺れる。

 白いブラウスの上に薄い水色の上着を羽織っているが、肩回りしか覆っていないような丈だ。

 ウエストを幅広の布ベルトで締めており、さらには両腕を腰に当てたポーズで偉そうに立たれては、否応なく強調された盛り盛りが、目と鼻の先に突き出されていた。

 うほ、いいおっぱい。


「ねえ、坊主。あんたどこの冒険者?」


 鼻の下を伸ばしたまま見上げると、鋭い視線で睨まれ慌てて姿勢を正した。

 ぶんぶんと首を振って否定する。


 冒険者って現代のトレジャーハンターだよな?

 そんなの富豪か、富豪のコネ持ちくらいしかなれねぇだろ。

 もしかして、ここってそういったリッチメンの会?


 あ、答え方をまずったかも。

 お姉さんは、すっと目を細めて舌なめずりした。半端なく悪そうだ。


「なら、うちの冒険者になんない? 会費だとかゴチャゴチャと面倒くさいもんはないから」

「え、マジで? 無料なら登録します!」


 カウンターに促され、すかさず渡された紙切れに、いそいそと名前を書く俺。

 だって小遣い少ないしさ、バイトするにも時間は限られてるし。

 なんの会員だか知らないが、富豪のツテができるかもしれんと思えば悪いことはないだろ。


 しまった……俺って実は詐欺に引っかかりやすい?


 不安で手を止めたとたん、さっと紙が取られていった。


「ふんふん、名前はヅカミン。なによ他は空欄じゃない、特技は掌底っと」

「ワシヅカミノルだし、なんだよ掌底って。勝手に特技を捏造するなよ!」

「勝手もクソも、あんな堂々と見せつけておいて惚けるつもり? それとも別の特技があるの?」

「え、ない、けど……」


 さっきのは言い訳できないよな……。

 俺だって説明できない。

 殴ったつもりはなかったと言っても、あんな飛び方はやろうとしてできるもんじゃないし。

 もし、あの半モヒがわざとやったんなら、すげえ当たり屋技術だぜ。


 それより心配になってきたのは、この場所に属してるなら、あんな見た目だが金持ちの御曹司とかかもしれんということ。

 訴えられたら終わる……。


 でも、この姉ちゃんの方から関わってくれたわけだし、どうにか運営側がなぁなぁにしようと話をもっていってくれないかな。

 そうすりゃお咎めなしで済むかもしれない!


「え、ええと、そうですね。まずは詳細をお聞きしたいのですが……」

「なによいきなり畏まって気色悪い」


 が、我慢だ。

 一応年上だし、見知らぬ人だし。


「でもそうね、これから嫌でも顔を合わせなきゃならないし、仕方ないから名乗っておくわ。ポイズィ・コドックよ。心配しなくていいわよ。記憶に残すのも気持ち悪いくらいのことしでかしたら、お返しに忘れられなくなるような目に遭わせるから。よろしく頼むわね」

「ひどい言いぐさだ!」


 我慢メーターは一瞬で振り切れたよ。

 なにこのひとこわい。


「じゃ会員証作ってくるから、その辺に転がってて」


 ちょっと待ってろと言われたって、本も何もねーじゃん。電灯すらない。

 ほんと時代がかった雰囲気に気合い入れてんな。


 そわそわしてると今度は契約だとかが気になってくる。


「つーか詳細を聞いたのに、いきなり会員証とか……やっぱ詐欺なのか?」


 しばらく、いやかなり待つが誰も戻ってくる気配はない。

 ひと気がないと、やけにリアルな夢の中みたいだ。


「……俺、車に撥ねられたよな?」


 実は、まだ死線をさまよっているのかもしれないが、ギコギコガキュガキュとした耳障りな金属音が奥の部屋から届き、この現実感から逃避させてくれない。


「ふぅー、待たせたわね」


 やっと出て来たと思ったら、何か投げやがった。

 慌ててキャッチ!


「あぶねぇな! なんだこれ」


 投げてよこされたのは、歪な金属片だ。

 その手のひらサイズの渋い金メダルを怪訝に見下ろす。

 確かに冒険者の会に所属してますよという証明なんだろうけど。


 俺の名が、荒々しい字体で彫り込まれている。

 まだ削りカスも残ってんぞ。


 すげえ待たされると思ったら、あの金属音って手彫りかよ!


「確かに手にしたわね? よっしゃあ、久々に働く歯車入手よ!」

「ほんと、あんた口が悪いな!」


 というわけで、よく分からないままに俺は冒険者とやらになっていた。


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