第29話 初見殺し
前を歩く半モヒは俺の疑問に、ちらと振り返っただけで説明を続ける。
「オレも魔物がどうして出てくんのかとか、理屈にゃ詳しかなくて、魔法団の受け売りなりやすが」
「続けて?」
へーその辺は魔法使いの専門なのか。
魔法具だけ売って生活してんのかと思ったが、なにかと研究してそうなイメージも確かに似合う。
「幽羅ってのは、あの雲壁が降らせる魔雨に内包された魔力が、大地や大気に散り切らなかった残照らしっスぜ」
「……そう」
うむ、相変わらず詳細を聞かされると余計にちんぷんかんぷんだ。
俺が理解すべきは、残された蜃気楼っぽいのが、その湯気もどきだということ。
当然のように、あれも魔物族に分類されるというのを覚えておけばいいだろう。
なんとも恐ろしいことを知ってしまった。
遠くて霞んでるんじゃなかったよ。
「あの蜃気楼が、全部……!」
「幽羅っスね」
こわっ!
「なんかうぞうぞとひしめいてるじゃん!」
「こっからだと固まって見えやスが、距離があっからそう見えるだけっスよ」
でも、こんな中を行き来するんだろ?
隣町までの距離は知らないけど、野営とかすると想像するだけでちびりそう。
よく昔の人はこんな場所を踏破しようなんて思ったな!
そんなことを話している俺たちの近くに、ゆらりと、ひょろ長い何かが地面から伸びあがった。
透明だが縁取られた中の景色が水面のように波打つから、何かがあるのだと分かる。
ついじっと目を眇めて見入ってしまう。
よく見れば、もやしのような先端の丸い部分に、雑巾のように絞られてる苦悶の表情が見えるような見えて欲しくないというか……きもっ!
「なななあ半モヒ! あれあれ魔物だよね?」
「幽羅は近付かなきゃ大丈夫っ出たるああぁ!」
はいはいフラグフラグ!
ようやく横を向いた半モヒは、空を一睨みする。
「あぁ、浮島の霧糸が引いてんのか。チッ、しゃーねぇ。こういう時もあるのが、この荒野の面倒なところなんスよ。まさかこんな壁の近くまで血迷い出るたぁ、いい度胸だ幽羅」
半モヒは訳の分からない納得をしているが、件のもこもこ島を見たところで俺には何かが飛び出ているようだとかは、さっぱり見えない。
半モヒはぐるんと俺を振り返り、腰を曲げて手のひらを透明もやしへと向ける。
「さあアニキ、やっちまってください!」
「ええぇ! いや露払いは任せろとか言ってたろ! そんなとこ気を使わなくていいから!」
「えーそっスか? ヘヘ、期待にゃ応えねぇとなぁ。では失礼しやス!」
いきなり振るなよな。ツッコミが追いつかねーから。
ずいと俺の前に出た半モヒの陰から幽羅とやらの様子を見る。
地面からにょろっと生えたと思えば縮みつつ、その度に近付いているようだ。
あれ移動方法かよ。
つーかまた幽霊っぽいよな。
基本この世界の人類の敵はゴースト系?
地面を這ってるようだし岩だとか障害物を避けているところから、スライム系モンスターの方かもしれないけど。
昼間だからよく見れば気付かないほどではないし、遅いから対処は楽そうだけど……こんなん、夜に襲われたらひとたまりもないじゃねぇか……。
ずんずんと向かっていく半モヒ、ひょこひょこと伸び縮みのテンポが速くなった幽羅。
じりじりと距離が縮まり、もう真ん前に来るというところで半モヒは両腕を構える。
幽羅が間合いに入ったと思ったところ半モヒは――下段蹴りをかました。
俺にフェイント! 殴るんじゃないんかい!
いや殴れるのかってのも疑問だったけど、幽羅は根元から千切れて飛んでいきやがったよ。
空中で崩れる時に、ひゅおーっと強い風が吹き抜けるような音が鳴ったけど、もしかして断末魔?
「なんか俺、マジでおうちに帰りたくなってきたんですけど……」
「えぇ来たばっかですぜ? あ! 今の蹴り、蹴りがダメっしたかアニキぃ! どこがマズったっスか、ちと甲の角度が甘かったっスかね!? つい踏み込みに捻りが入っちまうんスよねぇ!」
なんかまた勝手に勘違いしてるな。
飛んで戻ってくると周囲をちょろちょろしだしたよ。
ええい、うるさい。
幾ら旅行気分っつったってな。
夏休み中、田舎の古い遊園地にあるような微妙なびっくりハウスに閉じ込められてたら気が狂うわ!
「こうなったら、ぶち壊すしかねぇ。このびっくりハウスをよぉ……」
「なッ! 自ら手本を示してくれると……やっぱアニキは懐が深ぇや。こりゃ死んでも見逃せねぇ!」
気が付けばさっきの奴の他にも何匹か、にょろっと生えている。
仲間が一撃で倒されたのを見て怯んだようだが、俺が前に出ると戸惑いつつも揺れながらやってきた。
「えー因みに半モヒ君、あいつの攻撃手段は?」
「やたら絡んできやスね」
「あっそう……」
またも気が抜ける答えが返ってきたが、街の内外の魔物族を分けるのは危険度。
ならばこいつをゴブのように考えてはまずいだろう。
そもそもゴブは思い込みで死ぬが、こいつは実際に千切れて死んだんだ。
実体らしきもんがある。気は抜かないぜ。
心配だったのはアメーバタイプのスライムにありがちな酸の攻撃などがないかということだ。
それさえなければ殴れるんだからな。
しゃくとりスライムを正面に見据え、両腕を上げて構える。
そして間合いを待つまでもなく、俺から踏み切った。
「受けてみろ、超断切素人丸出しテレフォンパンチ!」
強化右手さえ当たれば、にょろいスライムくらいなんとでも――あ?
幽羅の透明なてっぺんが、ぐにょりと曲がったかと思うと俺の突き出した腕を、ぬるりと滑った。
細くなって伸びた幽羅は、あっという間に俺の背に回り、そのまま胴にまとわりつかれていた。
引き剥がそうとするが、どこか掴みどころがないふよふよした感触だ。
てめえはウナギかよ!
焦りが高まったとき、一瞬にして幽羅は硬化し俺は締め上げられていた。
絡み過ぎじゃない?
「なんだこれ、ぎゃー! いってええええ!」
いきなりですがギブ。助けて半モヒ!
「なんと、あえて攻撃をしかけさせて敵の手の内を見るとは、普通は真似できねぇ……カハーッ! 粋だぜアニキぃ!」
なんとか振り返ると、半モヒは満面の笑顔で応援をしてくれた。
あ、あれぇ? これピンチじゃねぇの?
もしかしてこれが半モヒの逆襲なのか!?
「ぐッ、つ、掴めるなら、反撃できるぬおぉぉ!!!」
消え失せろと念を込めて、透明縄に指を食い込ませる。
ひゅぅおぉぉ――すぐに透明縄は空気となって掻き消えた。
心臓がバクバクと鳴り腰も抜けそうになるが我慢だ。まだ敵はいる。
「ひ、ひぇぇ……なんだよこれ。こんなのが、四級品指定の魔物? ふざけんなよ死ぬじゃねぇか!」
「っすがアニキ、打たれ強ぇ!」
「強くないし思いっきり叫んでるだろ!」
「カハハハ! またまた謙遜が過ぎやスぜ! ほんとに初めて対峙したんスか? 初見で攻撃を受けてなんの怪我もないヤツなんて見たことがねえ!」
うそ、本気で言ってる? よな……。
前に頭にメダルが埋まった時の違和感。
武器になるほどの強化は右手だけとしても、実は俺って全身が変質してる?
くっそーどうせなら全身無痛にして欲しかったぜ。
何もないよりゃマシだけどさぁ。




