第25話 通貨
十円玉色の硬貨。
俺が手にしたことのあるこっちの金はそれだけだ。
それを手のひらで一枚、引っくり返しながら眺める。
両面に星模様が一つ型押しされてるだけ。
この星は半モヒの家で見た模様とは違い、あまりトゲトゲしてない丸っこい星型だ。
精度の高い道具はないのか文字など細かい線は書かれてない。
おかげで名称が分からない。
日用品の買い物ではおじさんも一々読み上げないし、半モヒも決まった額をさっと渡してたから知る機会などなかった。
俺は手に全部乗せて硬貨を差し出すと、そこからおじさんが何枚か持っていってくれるのに任せた。
半モヒが財布代わりの巾着袋を開く時に盗み見たところでは、百円玉色の硬貨もあった。時代感的には銀製かな?
そのままだと知る機会がなくなるので、さりげなく知ったかぶる作戦は諦めて、手近な商品を二つ掴むと半モヒに問いただす。
「半モヒ、これ合わせて幾らだ」
「え、ええっ!? 余計な詮索はしやせんが、その、十五っス」
「十五、なんだって?」
「えっと、十五スタラっス……ほんとに買うんスか?」
「そう、十五すたらね」
横目に自分の持ってるものを見るとカゴに戻した。
「いやお前をからかっただけ」
「なっ! アニキの気迫にゃ騙されましたぜぇ!」
運悪く側のカゴは女向けで、おばちゃん向けの萎びたカボチャみたいな巨大なパンツを半モヒに突きつけていたようだ。
危ない危ない。とっさに誤魔化せて良かった。
適当に安いシャツとズボンを掴むと縫物してる店員に精算をお願いした。
運よく店員が背後にある貴重品入れらしき箱を開いたときに、金というよりは黄色みがかった硬貨を見た。金貨かと言われると微妙。
つか、俺にそこらの知識などあるはずもない。
紙幣は店のレジに無いなら、少なくとも普段使い用には存在してなさそう。
為替なんかがあるかどうかは知らないが、俺に縁はないだろう。
それにしてもスタラって……英語っぽい語源なのが謎だけど星だよな。
やたらと星型に縁があるようだな。
国がこうして使用してるから他もあやかってなのか。ここが星歩き荒野と名付けられてるくらいだし、都も荒野の中にあるのか?
まあ、使い勝手のいいマークだとは思うけど。
そんなこんなでギルドに到着。
いよいよ今日の成果だ。
「ふーん、ヤロゥと組んでるにしても、そこそこの数ね」
毒姉が面白くなさそうに呟いたのを聞いて、顔が緩んだ。
思った通り、いやそれ以上に稼げてほくほくだ。
なんと討伐数は初日の五倍。
これならぎりぎりボロ宿代と食費が出る。
今のところモヒハウスに寄生中の俺は宿代を丸々貯金だぜ!
しかし問題もあった。
一日ゴブ退治をしたことで分かったことがある。
飽きる。
すげー単調で苦痛。
やる前から分かれよ俺。
それに楽は楽だったけどさ、当然のことながら終わるころには腕が上がらないという疲れ具合だった。
その状態でも俺は謎力でつつき割っていけたけど、これが普通の状態で来てたらと思うと恐ろしい。
あ、半モヒはなんの疲れも見せてなかったです。
五級品依頼の中では、いい稼ぎでも、他の合間にやんねえと気分がもたねえ。
俺たち以外に人を見かけないのも頷けたよ。
「ちょっと待ってて」
精算を済ませた毒姉は、なぜか俺のメダルを手に裏手に引っ込んだ。
そして扉が開けっ放しの奥の部屋から、ガキュガキュとした金属音が響いてくる……聞き覚えがあるな。
姿を現した毒姉がメダルを投げてよこす。
やはり表面には削りカスが……?
「あんた今日から四級品ね」
「え、なんで、ちょっと待って早すぎない?」
「なんでって、依頼五件達成したからよ」
心の準備がーーー!
「え、ええ!? 俺まだ来たばっかじゃん?」
「なによ、あんたまだ低級ぶってお節介女にすり寄ろうとでもしてんの?」
「いやいや審査、そんなザルでいいのかよ!」
「悪さしたら荒野の塵になるだけだから肝に銘じておきなさい」
なんつーいい加減さだ!
「いや五件? ゴブと棚妖怪と葉っぱ幻術とゴブ……まだ四件じゃね?」
「悔しいけど今日の分は二件分に数えてあげるわ」
「勝手に数えんなよ!」
「だって普通、こんなしけた依頼一日中やんないわよ? 大した根性してるわ」
「根性論かい!」
「噛みつくわね。一応、最低限これくらいはやれってのがあんの。それであんたらは二件分達成してるわけ。これで数えなきゃ私の信用が落ちるわ」
信用って……まあ手際の良さは評価できるんだろうけど。
そうじゃなくて。
「たかが五件ぽっちで信用する気か?」
「……おい、たかがだ? ちっさい依頼だからって顧客舐めんな」
どの口が言うんだ!
毒姉は刺すような視線で俺を睨んで続ける。
こういう時は真面目に聞いておこう。本能が死ぬぞと訴えるし。
「一件一件に相手がいる。それぞれが求める満足度も違う。我儘なもんだ。それをこなせるのが後先考えない冒険者ってもんよ。そして、あんたはそいつらを納得させたから報酬を手にした」
毒姉は依頼書を俺の顔に突きつけるように掲げて言う。
「いいか、このボロい紙の向こうには、あんたと同じ人間がいる。それを忘れんなよ」
こくこくと大きく肯くと、フッと鼻息を吐き出して毒姉は座りなおした。
毒姉の啖呵聞く度に思うんだ。
絶対生まれる性別間違ったよね?
口にしたら殺されるから黙ってよう。
溜息を吐きつつ改めてメダルを見れば、薄くなった五級品の五の字が四になっている。メダルの表面が削られて新たに彫られていた。
使い回すのかよ。だから無意味に分厚いのか?
そういえば、こいつに特別な機能などはないらしい。
ステータスやスキルが出るとか討伐数カウント機能とか読み取るような道具はないという。
本当に、ただの金属板。ちょっと歪なメダルだ。
単に冒険者として依頼を受けるのは俺ですよと見せる、ネームプレート程度の用途だ。
こんなでも一応は魔法具に含まれるらしいけど、簡単に壊れないようにという加工だけらしい。
ロマンの欠片もない。
しかし、しばらく五級品だしーとか思ってたのがフラグだったとはな。




