第24話 買い出し
「本日もお疲れさん」
「お疲れっしたー!」
「よっしゃ戻るぜー」
日暮れが近付きゴブ狩りを切り上げた俺と半モヒは、いそいそと森を後にする。
いきなり朝や夜が来るこの世界で、時間の把握はどうしてんだと思ったが、地平線を見れば明るさ具合やらで分かるのだと教えてもらった。
とはいえどっからでも地平線なんか確かめられるはずはなく、空の遠くの方を仰ぎ見る程度になる。
慣れてくれば、それで空の変化が読み取れるようになってくるらしい。
ここも地球みたいに丸くて太陽の代わりに大妖精とやらが空を周ってんのかと思ったが、上空を一瞬で過ぎた上に、ご親切にも時報付きだ。そこまで高度はないように思う。
時間が来ると高速で世界一周してんのかとも思ったが、地平線近くで変化が分かるというのも変だよな。
そこら辺は、あんま深く考えない方がいっか。知恵熱出て寝込みそう。
日暮れを気にしたのは、少し早めに切り上げるためだ。
今日は一日ゴブ退治に励む方針だったとはいえ、半モヒと違って俺は夜目が利かないからな。
どうせなら日が沈む前にギルドに着けるような時間で動こうかなとか、ぼんやり考えた。
それともう一つの本音。
いい加減、ここらで買い物したかったんだ。
というわけで、ギルドへの道を逸れると住宅街の中心を目指す。
「アニキ、石鹸欲しいんスよね」
「うん。それと着替えに……あと皿とか?」
「皿っスか?」
まず何を買えばいいか悩んだが、大した資金が得られたわけではない。
せいぜい日用品を揃えられればいいだろう。
モヒハウスに世話になると決めたからには、まず備品を揃えるべきかなぁと。
半モヒ一人暮らしだから、皿やコップも予備で二つずつ置いてあるだけというし、俺もマイ桶を確保したい。
あ、ふと思ったけど、こいつパーティ仲間いんのに遊びに来る奴いねぇのかよ。
仕事だけのドライな関係か?
あー気付いてはいけないことに気付いた気分。忘れておこう。
俺は半モヒに欲しいものを話して、昨日までの稼ぎで買えそうな店を教えてもらう。
「そういった生活雑貨? まとめておいてある店があれば楽でいいんだけど」
「お任せを!」
すると手始めに俺たちは、奇怪な棚を飼い殺ししてた昨日の依頼者の店にやってきていた。
ああ、確かに桶とか売ってそう。
実際に日用品店だったらしい。
店内を訪れると、すでに片付け始めていたおじさんと目が合った。
「依頼になにか不手際があったのかい?」
「いや、普通に買い物です。あ、昨日の箒、役に立ちました」
軽く頭を下げるとおじさんは笑顔で返した。
素直に役立ったとは言いづらかったから、ちょうど住み始めたばかりで何も持ってないことを理由にすることにした。
「だから最低限、生活に必要なもんが欲しくて」
「なんだ、来たばっかりだったのかい。道理で見覚えない顔だと思ったんだよ」
おじさんは嬉しそうに大小の桶とか柄杓みたいのだけでなく色々抱えてこようとするが、それを止める。
洗面器サイズの一つでいいから!
店に置くもののカテゴリーがよく分からんが石鹸もあるとのことだ。
風呂用と洗濯用と台所用とか聞いてみたけど、石鹸は石鹸だと不思議そうな顔をされた。
一種類しか存在しないらしい。
その両手で掴まなきゃならない巨大こんにゃくのような塊を、桶と一緒に買うことにした。
「今後もよしなに!」
もう年末大掃除は忘れないでくれよ。頼むから。
そう願いつつ店を出た。
「儲けもんスね!」
「安い買い物で、なんか悪いよ」
桶と石鹸を買っただけなのに、手拭いがおまけでついてきた。
箒もらったばかりだし、いらないと押し返そうとしたが、やはり押し切られてしまった。
服屋で買おうと思ってたし、早く済んで助かりはしたけど。
「あんだけの依頼をこなしたんですぜ、その恩が巡り巡ってきたと思やいいんっスよ。なんせありゃ四等級の討伐並みの難易度っしたからねぇ」
「へーあれで四等級……」
四等級?
「次は着替えっスね」
「待った! いや店も行くけど、その四等級ってなに?」
また激しく仰け反って大げさに驚きを見せる半モヒに、ツッコミを入れるポーズを見せると、瞬時にしゃきんと背を伸ばす。
スバラシイ反応速度ださすが二級品冒険者。
そう、冒険者のランクは五級品とかだろ?
移動しながら道々で話してもらったら、魔物の危険度ランクのことらしい。
「魔物族は、一等級から五等級までの五段階に定められてるんスよ」
「その各等級は、冒険者の級に対応してるのか?」
「基本は、そっスね」
「ってことは、例外もある?」
「サシで潰せるかどうかっスから」
たとえば半モヒは二級品冒険者だから、二等級の魔物と一対一で戦える実力がある。
で、半モヒが四、五人揃ったパーティがあるとすると、一等級の魔物討伐もこなせるという感じらしい。
つい半モヒ換算してしまってイメージがシュールだ。
そこでパーティって普通は五人くらいなのかという情報もゲット。
「さすがに、余裕とはいかねっス」
「それでもすげーな。別世界だ」
「ゲヒヒ、早くアニキとも挑戦したいっスね!」
「まだ死にたくねえよ」
「すぐっスよ! アニキは謙虚すぎやすぜ!」
やだって、いけるって、と言い合いしてる内に日用品店の布版みたいな店に到着していた。
服屋というより布屋と呼んだ方が良さそう。
奥へと伸びる細長い店内。
片面の壁いっぱいの木の棚は、真四角に仕切られ、そこに丸めた巨大な巻物が刺すように詰め込まれている。
こっちじゃ服なんかは自分ちで作るのが普通なのかもしんない。
ありがたいことに、もう片方の壁沿いには完成品の衣類もあった。
腰丈の台の上に大きなカゴが並んで服が盛られ、壁に打ち付けられた板からぶら下げられている。
ぱっと見では着れればいいと、流行だとかそういったもんはなさそう。
服の型は用途別に作られてるくらいな感じだ。一応はその種類でカゴも分けられてんのかな?
男女別とか子供用とか、あとは外の仕事向けなのか、部分部分で補強がされてるのとか。補強といえば聞こえはいいがツギハギだ。
どれもあまり綺麗な状態には見えない。
ごちゃっと置いてあるし目の粗い材質の問題かと思ったが、古着屋ぽいというか、常にバーゲンセール状態というか。
「もしかして着古し?」
「基本はそっスね。買い取った衣類を手直しして出してたり、住人が作ったもんを買い取ったり」
あーだから、ばらついてんのか。
「あ、後は荒野でくたばったやつの」
「解説ありがとう!」
そういうのは知りたくないです。
「じゃあ、普段着用はこの辺? こっから探すか……」
店主らしき人は奥の机で縫物してるし、挨拶を交わしたくらいで話しかけられることはなく、こっちも気楽に漁れるのは良かった。




