第22話 拳に希望を
やる気の削がれた俺は、やる気なく指で突くようにしてゴブ共を退治していた。
少し離れてゴブ退治していた半モヒが戻ってくる。
「その考え込んでいる様子……まさか、さらなる技の深淵に触れたんスか!?」
「いや、なんか、どう殴っても割れるなぁって」
頑丈なだけで技もくそもねーけど。
道具は使い方次第だろ。
もうちょい使い勝手がどうにかならないかなとか、稼ぎついでに仕様が検証できればと思ったが、どうもうまくいかない感じがした。
うまく言えないんだけど。
これまでの、うっかり俺が引き起こしたダメージを思い返せば、てっきり手のひらを中心として指先辺りまでが発動条件だと思っていた。
だからツッコミパワーかよと思ったんだし……そうそう、毒姉だって俺の特技に掌底だとか書いてたよな。
その後、板切れで少し試したところ拳全体が頑丈になってるのは気付いた。
あの時は肘打ちで違いを把握して終わりにしたっけ。
このゴブには感触がないから、攻撃判定自体は別として、そういった痛みだとかでの確認は無理だ。
しゃーない、後で別に機会を設けるか。
ふと横を見れば、半モヒが気が抜けたように佇んでいる。
ふよふよとまとわりつくゴブがすり抜けたりして面白いが、気味が悪いから正気に戻って?
「どうした」
「殴れば……割れる!? なんてぇこった、当たり前のことだってのに、オレはこんな雑魚などちょろいもんとしか考えてなかった……知らずに驕っていたオレにぃ、アニキは初心を忘れるなとぉ、戒めるためにこの依頼をおぉぉ!」
「もうそれでいい」
よく分からないが、感激に目を潤ませた半モヒは天を一仰ぎすると、ゴブ集団へと威圧を放った。
こわっ!
モヒに下敷きを当てたような静電気がバチバチと光りながら走り、禿チョビ毛も逆立っている。
ふ、ふよよよ~。
漂っていたゴブ共も、身を寄せ合うように集って体を竦めて見えた。
半モヒの、肩口から毟り取ったような袖なしの革ジャケットから伸びた腕は、肘から手首辺りをボロ布で巻いて腕輪をじゃらつかせており、だったら袖を千切るなよと思う恰好だ。
そのむき出しの二の腕が半モヒの気合いを反映して盛り上がる。
深く腰を落としていたが、さらに腰を落としたというか半モヒの足元の地面が微かに沈んだ。かと思うと、姿がブレた。
直後、半モヒの姿がゴブ集団の向こう側に現れる。
遅れてゴブ共がまとめて塵のように掻き消え、キン――と高音域の残響だけが脳裏に響いていた。
「うそ……今の、移動した? こ、これが二級品冒険者の……本気!?」
「そりゃ違いやすぜ」
半モヒがゆらりと緩慢に振り返り、にぃっと口の端を吊り上げた。
ホラーだ。「オレの力だ」とかベタなこと言うつもりか!?
「こんなに体が軽くなるなんて滅多にねぇ。やっぱ、山籠もりの修行者は説得力が違うぜ」
などと納得しており……。
「っスがアニキだああぁぁ!」
ぱぁっと大口開けて笑顔になると、感激もあらわに両腕を振り上げ万歳ポーズで、風を巻き起こすようにしてすっ飛んでくる。
「うおっばか来んなぁ!」
「……ぁぁあああッ!?」
あまりの尋常でない動きに身の危険を感じ、うっかり手を突き出してしまう。
飛んできた勢いのまま半モヒは錐揉みしながら空へ飛んで行ってしまった。
弧を描いて森へ落ちていく。
俺に成すすべはない。
「……俺、ゴブ、殴ってっから」
えーとなんだっけ。
そうそう、どう殴っても効果が出るらしいのは分かったが、殴られたと思ってゴブが自爆するだけだからいまいち判別が難しいため、何かで試そうとしてたんだった。
辺りを見回し、ちょいとそこらに落ちた枝を拾って木に立てかける。
気になったのは、どこまで最小の力で効果が出るかだ。
箒で踊る落ち葉を追いかけても、普通に掴めていて柄は折れなかった。
思うに俺に敵意や危機感があるとか、少しでも手を使って遮ろうという意識がないと発動しないのかもしれない。
今んとこは、なるべく使わないように意識してるしな。
ただ、手のひらだけじゃなくて甲でもいけるんだよなぁ。
折るぞと気持ちを込めて、枝に手の甲を軽く振り下ろす。
パキッと軽快に割れた。
もう一度、痛いかもしれないと思いつつ、恐る恐る思い切り振り下ろした。
枝は粉々になった。
肘は居たかったが他はどうかと、徐々に位置をずらしていく。
やはり手首も腕の方にいくと、痛さが勝ってくる。
きっちり手首で切り替わるのではなく、グラデーションになってる?
そういえば、きちんと試してなかった左手で木切れを殴ってみる。
「ぅぐっ」
いてぇ……。
まあ、原因が撥ね飛ばされたときにやったツッコミじゃないかと予想した通りということだろう。
とにかく。
「右手全体はいけるってのは確定だな」
知らず口の端が上がる。
手首までカバーできてるんなら、十分に使い勝手がいい。
しかしここまでだとは、制御不能気味だった当初を思い出すと恐ろしいな。
高価なカウンターにヒビを入れたことに戦慄したが、お陰で無意識に抑え気味だった。あれから頭の片隅で気を付けなきゃと考えてるからな。
返す当てもなく借金が増えるという恐怖は、劇的な心理的効果があるようだ。
しょぼいツッコミパワーだとか侮っていてごめんな!
今日からもっと大切にすっから自家発電以外にも!
……あれ、もしかして俺危ないところだった?
ま、まあ、生きてっからセーフ。
とにかく、ますます未来に希望が持てたぜ!




