第21話 俺の右手にできること
足の筋肉痛に苦しめられる、清々しくない朝がやってきた。
思ったよりは酷くなかったとはいえ、こういうことは変わらないのか……。
家を出て、玄関横に逆さまに立てかけた竹ぼうきを横目に歩き出した。
昨晩、光属性洗剤石の残り水でざっと濯いで干しておいたのだ。
もう光魔法じゃなくて塩素魔法とかでよくね?
とにかく見た感じボロい箒だが壊れてなかったということは、依頼主のおじさんもノリで近くの物を掴んだだけではなくて、あの倉庫の中ではマシなものをくれたんだろう。
思えば、そこそこ重みがあって作りもしっかりしてるしな。
そんなわけで俺には必要ないが、モヒ家の掃除用に使うことにした。
相変わらず覚えられそうもない道筋の中を、なんとか目印になりそうな木を見つけようと躍起になりながら人里を目指す。
半モヒは苦も無く鼻歌混じりだ。
「いいゴブ退治日和っスねー」
はい、本日はゴブリターンです。
次は現場直行するぜと息巻いた俺は、昨日は掲示板に張り付いて依頼書を吟味したよ。
その結果はゴブ退治だ……。
なんでかといえば、級による依頼の分け方について少し気付いたことがあったんだ。
それで聞いてみれば、どうも五級品の依頼は街のなか限定らしい。
だから討伐依頼もその範囲に限るものになるというか、そもそも討伐依頼が存在することが異例だった。
基本、不思議現象は外壁の外で起こることで、それに付随するような存在である魔物族も外に居るのが普通。
だからゴブは、本当に色んなことが重なった偶然で生まれてしまっただけで、他にあんなのは存在しないらしい。
あ、ゴミ拾いの踊る葉っぱも魔物化してたように見えたが、微妙なケースみたいだ。
あいつらの生まれ方はゴブと大差ないっぽいが、魂の欠片を落とさないから、魔物族とはカウントしないらしい。
脱法モンスターとかズルくね?
両者の違いは、ゴブには製造元の職人という明確な原因があることか?
踊る葉っぱは、外壁近くの場所だと荒野の不思議現象による影響が目に見える形になることがある、という曖昧なものなのだとか。
簡単に言えば、原因となる本体が外にあるってことかな。
一応は明確に魔物であるゴブ共を、片づけたい気持ちもなくはない程度に放置気味なのは、脅威度合いが低いからだろうけど。
あんなでも人間の敵らしいんだから、一気に始末しても良さそうなもんだよな。
すぐに片付いたところで、その後の目処が立ってないとかはありそうだけどさ。
ともかくだ。
やっぱりさ、討伐依頼の方が割りがいいというのを実感したんだ。
魔物と戦うと言うと、はたから聞けば危険そうな気がするからかな。
しかし依頼は一択。
要するに、労力を考えたらゴブ退治の報酬は良い方だったんだ……。
まさか室内の掃除依頼の方が危険度高いなんて誰が思うよ。
まったく、俺が無知なのをいいことに毒姉はニヤニヤして黙ってるし。
半モヒのアシストも、大して当てにならないと分かったしな。
原住民だから知ってて当たり前って感じで、うっかり何も言われないこともあるが、そもそも二級品の実力者だし軽くこなせるからか面白基準だしよ。
その問題の出所が、無駄に俺を評価してるせいで半モヒに出来ることが俺に出来ないはずはないと思ってる節があるせいっぽい。
死活問題だ。
もちろん俺も意地を張らず、これまで以上に聞きまくることを心がけようと決めた。
ただし気が付けたときに限る。
一度森を出て森沿いに歩いたと思えば再び入り込んで間もなく、ゴブの狩場に着いていた。
同じ森の中だったんかい。
「腕がなりやすぜぇ」
「一日続くかどうか試すんだから、飛ばし過ぎんなよ」
「了解っス!」
さてゴブ退治の理由だが、何も雑用依頼より楽で割りがいいはずってだけで来たんじゃないんだぜ。
前はくだらない妄想による欲望に負け切って短時間で切り上げたから、本日は丸々一日をかけて様子を見るつもりなのだ。
大体な、雑用依頼の方が面倒ってどういうことだよ。
一応、他の例も聞き出してみれば、彷徨う棚のように本来はただの魔法具なのに持ち主の手入れが悪くてとか、誤作動で魔物化してるような件は多いらしい。
よくそんなもん実用化しようと思ったな。
流通させるんなら資格でも取らせろよ……と思ったが、そうなると生活に支障が出そうか?
俺も簡単に使えなくなるのは困るな。
「お、出てきたな」
俺たちが盛り土に近付くと、どこからともなくすーっと現れる、緑色のゴブレット。
幽体らしいくせに、ご丁寧にも日差しを受けてキラリと反射する。
拳を構えると、俺も口の端を吊り上げた。
「やる気も出てくるってもんだ」
稼ぎだけでなく、己の討伐限界を確かめるためだけでもない。
目的は、もう一つある。
なんと四級品に上がれば、外壁の外での依頼が解禁されるという。
比較的安全な壁周りでの採取依頼もあるらしいが、やはり討伐依頼が増えるというか、討伐は依頼に付きものという感じになるらしい。
お外は想像以上に危険なようだ。引きこもりたい。
無論引きこもる選択肢など俺には存在しないので、しょっぱい依頼を受けるつもりでいるが、できるならちょろっと討伐して帰れたらなぁなんて甘いことを考えているのだ。
ゴブ退治程度で、ぎりぎり一日暮らせるなら、まともな魔物を採取ついでに少しでも倒せたなら相当な儲けになりそうじゃん。
そのために必要なのは、攻撃手段!
幸いにも俺には、不思議な右手がある。
日常生活には不便だがエコなこの力を、もう少しあれこれ使えないか探ってみようという魂胆なのだ!
訓練ついでに金も稼ぐ、攻撃性のないゴブは的として優秀。
くくく、どうだこの隙のない計画!
「ゴブ野郎、引導渡してやるぜ!」
「最弱の敵にも手を抜かないたぁ、天晴だぜアニキぃ!」
うおぉーと声を上げ、俺たちは小悪党のようにゴブどもへ襲い掛かる。
突き!
張り手!
ビンタ!
普通に殴る!
鷲掴み!
ふよよ~。
ぬっ、背後に気配。
裏拳!
――パキャキャーン!
連なる破砕音を聞きつつ唸る。
「軽快に割れるな……」
なにか引っかかる。
なるべく何も考えないように、ひたすら殴り掛かっていると、手応えが無いせいかと思えてきた。
実体がなくて殴り甲斐のないコップだしな。
他の魔物もこんなはずはないし、もう少し硬さがあるもので試すべきなのか?
……くっ、隙のない一石三鳥の計画が崩れていくだと!?
ふっ、完璧なものなど存在しないのさ。
一気にやる気低下した俺は、ノルマ達成のためだけに機械的に拳を振るうのだった。




