第20話 生活用魔法具
次の目的地は高台にある城の下。丘の上から見たように平屋が並ぶのは変わらないが、長屋ではなく一軒ごとに分かれている。
ちょっとした門と壁があるし、道端にごちゃっと物が置かれたりしてない。
日本の住宅街と大差ないかもしれないが、こっちで言えば高級住宅街らしい雰囲気だ。
しかし半モヒはその区画をどんどんと突っ切っていく。
ようやくたどり着いたのは、住宅街の端っこだ。またかよ。
「あそこらへんの森。あの手前の家っスね」
半モヒが指さす先には結構なお屋敷があった。だが他と比べて古びて見える。
「時間がありやすから、ここで飯でも食っときやしょ。手軽なもんですいやせん」
「え、ありがとう……」
すでに疲れながらもまだ昼だ。
そういえば飯とか、そういうのまったく考えてなかった。
金ないし我慢することしか考えてなかったけど、聞いておけば良かったな。
渡されたのは砲丸パンだ。日持ちする便利食らしい。
それと小型氷枕みたいな革袋は、水だった。
変な革臭さなどもない。あったとしても気にしなかったろう。
いつも以上に動いたし、すげー喉乾いてた。
木陰でパンを水で流し込むと、屋敷の前に立ち、用を成してなさそうな割れた板の門越しに声をかけた。
「はいはいーちょっと待ってね」
そんな声が聞こえて、ごつい家政婦さんっぽい恰好の人が現れた。
依頼書を見せると話は通ってるようで、そのまま裏手の庭だか、森の中だかへ連れて行かれる。
「さすが冒険屋さんは用意がいいわねぇ」
家政婦さんは俺の箒を見て笑顔を浮かべた。
ゴミ拾いの依頼だが、どうせこっちもただのゴミ拾いではないんだろう。
屋敷の裏へ回り込むと、そこには落ち葉の山がある。それはいい。
「アニキこそ予知の魔眼持ちなんじゃないっスか!?」
半モヒが感嘆の声を上げたのは、俺がゲットした竹ぼうきを見てだ。
「あれを集めるの頼みますよ。焼却はこっちでやりますから」
「はい……」
気が抜けたように返事をして、落ち葉の向こうを睨んだ。
手にした箒から力を得るように、両手で構える。
「やったるわい……行け、バンブースウィーパー! お前の力であいつらを片付けて見せろ!」
「オレも負けてらんねぇ!」
やけになって叫んだが、別に箒が何かの魔法具だったというわけではない。
半モヒにも念のため確認してもらったが、本当にただの箒だったんだよ!
やっぱあのおじさん、その場の勢いでゴミ押し付けたんじゃねぇか。
だから行けと言いつつ箒を掲げて飛び出したのは俺だ!
この屋敷の庭は、見た通りに街の外壁近くにある森の一部にかかっていて、ちょっとだけ不思議現象が起こってしまう場所らしい。
木々から舞い落ちた葉っぱを見て、俺は頭を抱えそうになるのをこらえて果敢に突撃する。
紅葉のような葉っぱは人の顔程もある大きさだ。
それが、ひらりと地面に落ちると、輪になって踊っていたのだ……。
周囲の木々から落ちたものは普通の枯れ葉だ。聞けば本来はああなのに、ちょっと最近は元気が良くて困ってたらしい。
「……変な生命力をぉ、発揮してんじゃねぇぇ!」
俺の文句と箒で戦うバサバサとした音が静かな森に響くのだった。
まあ仕事自体は単純なものではあったと思う。
ただな、いちいち愕然として精神疲労の方が辛いわ。
そんなこんなで本日の体験を活かし、明日からのバイト先を今から確保しておこうかなぁなんて考えている。
半モヒの家から街の中心にあるギルドまで出てきて選ぶのはタイムロスだ。というか面倒くさい。
朝一の新鮮な依頼の方が良さそうだが競争率激しいらしいし、俺はここのガタイのいい奴らに挟まれて無事でいられる自信はない。
どのみち、そんな慌ただしいなかで内容を吟味できるほど知識もないからな。
もうしばらく……そうだな、一週間くらい?
そのくらいは不人気依頼だろうと、なんでも挑戦してみようと思う。
もちろん残り物のなかでも、出来る限りは選別しようと思うけどさ。
しかしほんと、ここまで疲れるとは思わなかったぜ。
無言で選んでる間に、戻ってきた奴らもほとんど出て行っていた。
依頼書を渡してカウンターにもたれかかりながら、毒姉の承認を待つ。
思わず文句が漏れた。
「毒姉ぇ、もっと割のいい仕事ねぇの? つらくない、臭くない、痛くないやつ」
「そんな仕事あるなら、私に紹介してくれる?」
「組長の情婦なんだろぉ? 融通してくれよぉ、いっぎゃあ!」
くっ首が後ろに反らされ、ぐぎって鳴った。
「ほんと、ろくなこと言わないわね、この坊主」
どっちがだ!
口だけでなくすぐ手が出るし。
すげえ勢いのデコピンだった。なんてやつだ底が知れないぜ。
首を撫でながら渡された依頼書を受け取った。
半モヒの光るモヒカンを追ってモヒハウスへ帰る俺たち。
まだまだ道を覚えられる気がしないから見失わないように、かくかくと揺れる光を追う。
昼ならまだしも、夜に鬱蒼とした森の中だ。半モヒはよく迷わないな。
ピョローピョローと、よく分からない虫らしい音が聞こえるくらいの静けさだ。
細い獣道を歩きながらなんとなく雑談する。
といっても、主に俺が気になったことを訊ねてばかりだけどな。
「そういえば風呂ってどうしてんの」
昨晩は徹夜がたたって寝落ちてしまった。
今日も結構動き回ったし、できればさっぱりしたい。
「しまった、買い出し行き損ねたなぁ。灯り石や他にも入用のもんがあるっしょ」
「あ、着替えもねーわ」
「じゃオレの着替えを」
「今から洗って明日乾くかなぁ」
「着替えなら貸しやスよ」
「で、風呂はないよな。やっぱ行水?」
半モヒの服借りるとか嫌だが、どう考えてもサイズ合わねぇだろ。
明日の依頼は一件だから、それを早く済ませて店に連れて行ってもらうことにした。
戻るとすぐに体を洗うことにする。
思った通り、洗濯も風呂もあの土管周りで済ませているようだ。
タオル代わりらしい布きれは借りた。これも明日買おう。
洗い場用の場所を設けているというので土管裏に回ると、草むらの狭間に板張りの床だけがあった。これもかい。
しゃがめる程度の四角く狭い場所だ。
光と露属性を施した魔法具らしい。
便器の応用で考えるなら、露で水気を切り光で殺菌するのだろう。
ポットを土管に落とすと、すっと戻ってきた。
俺でも普通に使えたよ。ちょっと感動。
木桶を借りて水を注ぐが、そこで問題。
「えーっと石鹸とかねえの」
「あー普通は使い分けるんスよね。オレは面倒くさくて、ついなんでも魔法具で済ませちまって……すいやせん、明日買いますんで」
「いや自分で買うよ。魔法具より安いんだろ?」
「っス」
そうだと思った。
なんでも大層な道具に頼りおって金持ちめ。
それはともかく、半モヒは取り出した丸石を光らせると俺が水を注いだ桶に落とした。
灯り石と違い、薄っすらとした光だ。
「これでなんでも丸洗いっス」
「光属性は万能か」
「あ、光耐性がないなら長時間は使わない方がいっスよ。じゃオレは飯作ってきやす」
そんな注意を残して半モヒは去っていった。
家の灯りは見えるけど、こんな暗い草むらで一人とか怖さ半端ない。
急いでじゃぶじゃぶと全身と服を洗った。
着替えがないため、渋々と借りたズボンを穿いたが、当然のように足が長すぎるため折りたたんで捲り上げる。
腰は紐で括れるからずり落ちはしないが、やっぱサイズが違いすぎるのは動き辛ぇな。




