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第2話 新世界

 天井から砂埃が降り、振動は止まる。


 ストラーイク。


 ボウリングなんか数回付き合ったことがあるくらいで得意じゃなかったんだけどなあ。

 不思議だなぁ!


 意外にも、誰も悲鳴を上げたり狼狽した様子はない。

 野太い根性してるんだな。

 あ、口ぽかんだから、それだけ異常な出来事に思考停止してるだけかな。

 俺も思考停止したい。

 なんで体だけまだ強張ってるんだ。う、動け、逃げるんだ。

 いや、せめて言い訳を……。


「わ……わーお、お見事! なんてこったすげえ手品だね!」


 言いつつパチパチと拍手してみようとしたが、腕はぎこちなく動いただけだ。

 これで誤魔化せるだろ、誤魔化せるといいね。


 全身から噴き出す冷や汗の感触が生々しい。

 まるで現実のようだ。


 静まった場に、背後から狼狽えた女の人の声が響いた。


「そんな、バカな。あのヤロゥが、真正面からの攻撃を受けて、ふっとんだですって!? あんな下品極まりないナリでも二級品冒険者だっていうのに……!」


 声の出所を首をカクカクと動かし振り返れば、受付らしきお姉さんだ。

 銀行の窓口みたいなカウンターの向こうから、上半身を乗り出しすぎて片足が後ろで上がりながらも、半モヒが飛んで行った壁を目を見開いて凝視しつつガッツポーズを決めながら叫んでいた。


 狼狽えているのは口調だけだった。

 言ってる内容と違って全身から躍動感が溢れ、表情はぎらぎらとした笑みに輝いている。

 たぶん客商売だと思うんすけど、なかなかワイルドな言葉使いますね……。


 へえ、あのとんでったひと、ぼうけんしゃだったのかぁ。



「冒険者!?」



 ――謎は、解けた。


 何百年も昔に沈んだヨーロッパの船だかが発見されて、その引き揚げ船にちなんだコスプレパーティー会場に飛び込んでしまったのだ。

 俺いつの間に海外に?


 ワイルドなお姉さんの叫びに緊張が解けたのか、薙ぎ倒されなかった俺を取り巻く人々が騒ぎ始める。


「へぇ、こりゃあ珍しいもん見たぞ!」

「おまえ、いい腕してんなあ」

「今まで見たことないと思うけど、来たばかりなの?」


 ざわめきは明るかった。

 へ、どういうこと?

 あいつの仲間かと思ったら、実はこの人たちも苦しめられていたとか?


 固まっていた人垣が、なにやら笑顔で口々に褒めてくれているらしいのは分かる。

 が、一応俺、見知らぬ人間に暴力ふるったよな? それ無視?


 しかし外国人にしては、どなたも随分と日本語がお上手ですね。

 ああそうか勘違いしていた。

 海外ではなく国内の大使館かどこかに紛れ込んだに違いない。


 そんなわけねえ、俺は地方在住だよ。

 大使館があるような都会まで車に跳ねられて音速機並みに飛ばされたんじゃ、肉塊となり果ててるわ。


 動揺しすぎて視線をあちこち走らせ俯いた拍子に見た床は、砂埃でくすんだ煉瓦っぽい不揃いなタイル。

 次いで開け放たれた窓から見た街並みも、年季の入った海外の田舎町だ。


 本当に俺、どこに来ちまったんだ?


 その軒の連なりが収まった四角い枠は、旅行会社が企画した駅構内の巨大ポスターといった写真には見えない。窓だ。

 扉は西部劇で見たようなスイングドアで、その上下から見える景色も、同じだ。


「ちょっと、どこ行くの!」


 体が勝手に動き、俺は外へ飛び出していた。

 初めの混乱が去ったと思うと、あまりの支離滅裂な事態に静かなパニックが込み上げてきて……耐えがたかったんだ。


 多分、この西洋の田舎っぽい建物の裏には大道具さん達がたむろしてて天井からクレーンでテレビカメラ突っ込まれていて近くのテントで監督がメガホンを握っているとかさ――そう期待してだ。


 なのに、出て来た建物の周囲にはそんなもの見えはしない。

 居ても立っても居られず、闇雲に走り出していた。


 ざらざらと乾燥した黄色い地面。砂埃がそよ風に流されていく。ごつごつとした石積みの柱や、角を煉瓦で埋めた漆喰の壁に窓や戸口を黒い木枠が彩る。屋根は瓦より板状が多い。建屋は隙間なく連なり、ほとんどが一階建て、せいぜい二階建てどまりだが高さはなく長屋のようだ。多くは一階建ての屋根部分にも窓があるからロフトなのかも。あれ憧れたけど雨が降るとうるさいんだよなと、一人暮らしを始めた兄貴が文句言っていた。つらつらと変なことが浮かんでくるが、せり上がる焦りが冷静に状況判断しようという理性を押しやり始めていた。


 走りながら忙しなくあちらこちらを見るけど、ビルとか電線のようなものは見当たらない。幾ら田舎でも近代的なものはどこかしらにあるはずなのに、欠片もない。


「マジか、マジだよ、マジで変なところに来てるよ」


 何々村といった人工的に作られた海外風の街並みにしても、統一感やシャレた建物はなく地味で、いたるところに置かれる道案内の看板などといった観光地らしさもない。

 ああいう場所も、どこか寂れた寒々しさはあるけど。


 洗濯ものだとか吊るされていたり、外に積んである木箱や大八車っぽいものは薄汚れていて、妙に生活臭がありすぎる。

 店も竹のホウキやザルだとか田舎の生活雑貨屋っぽいし、そこに見える店員も、やっぱりさっきの奴らと同じ感じ。格好は、やっぱり海外の昔の人っぽい。

 なんて言ったっけ、落穂拾いとかいう絵のようだ。


「うわーうわーうーわー……」


 このアトラクション区域の出口はどこだ。

 あっ、高台がある。

 あそこまで走ろう!




 てっぺんに一本だけ木の生えた、緑の丘を駆け上った。

 近付くとやたらと太い幹だが背は低く枝葉がやたらと横に伸びている。

 昼寝に良さそうな公園だ、と思う。特に囲いもないから、どこかの庭ではないだろう。


 でかい木の傍に立って膝に手を付き息切れを整える。

 頭を上げて目に入ったのは、一面の古びた家並みが連なる街と、それらをぐるりと取り囲むような石垣。


 石垣の向こうは、よく見えないが。


「なにも、ねえ……」


 森らしき場所だったり茶色と緑がまだらな草原っぽかったりだけど、手の入った感じがなく荒野に見える。

 横に広がる青い空は、もくもくとした雲に霞んで地平線こそ見えないが、遮るものは山らしき自然以外のものはない。


 鉄塔のようなものが見えてもいいのに、見事に、なにもない。

 こんな場所、日本では北海道でさえありえないんじゃないか? 知らんけど。


 逆側を振り返った。

 こっちも一面の家並みだが、一部には灰色の道が見える。舗装されてるのは、なんとなく商店街っぽいからか。

 ここよりも高い丘の上付近には、外の石垣よりも頑丈そうな砂色のブロック塀。その向こうから、似た色の塔らしき頭を幾つか覗かせていた。


「まさか……城?」


 呆然と見渡しても、現代の作り物感がない。

 思わず、へたりこんでしまっていた。


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