第19話 五級品冒険者の相場とは
床に寝そべったまま、空しい戦いを思い返す。
棚を追いかける間ずっと逃げるなと叫んでいた。
頭もそれでいっぱいだった。
ラベルを貼って仲間の棚が減ると最後は徒党を組んできたが……とにかく。
動くとはいえ木製の棚を、よく壊さずに達成できたものだと思う。
正直に言えば結構な回数を吹き飛ばしていたけどな。
けどラベル貼りのため側面を狙っていたのが幸いしたのか、突き飛ばした勢いでくるくると回ったりするくらいで助かったよ。
あんなのに倒れ込まれたら俺の柔な体では耐えきれないと思ったこともあるが、貼って逃げる戦法に徹し、後は半モヒが気を引く係やってくれたから掴むことがなかったのも良かったんだろう。
とはいえ何度も突き飛ばされたり突進攻撃を外して壁にぶつかって転がったりしても大丈夫だったんだから、元から相当頑丈なんだろうけどな。
……実は木に見えて変な素材?
こっちの常識は全て疑った方がよさそう。
依頼者のおじさんの言う建付けが悪いってのは、落ち着きがないとかそういう意味だったのか?
まあ、知らなくてもいい。もう二度とやんねーから!
あーくそ、こっちでも筋肉痛とかなるのかなぁ。
どう考えても身体能力は元のままだもんな。
息が整うと、のろのろと起き上がる。
「戻るか」
「へぃ」
階段を上りながら、開けっ放しの入り口を見て疑問。
「そういえば鍵はどうすりゃいいの」
「ああ、中からは開いて、閉じると外からは入れなくなるヤツっスね」
「へえ」
オートロックか。
魔法具のお陰で現代日本に遜色ない文明レベルがありそうなんだけど。
人々の姿といい街並みといい、あまり進んでる感じがないのは不思議だな。
「おや、もう終わったのかい!」
「ひぃ」
「そりゃもう完璧ってもんよ!」
上り切ったところで声がかかり俺は変な声が出たというのに、半モヒは何気なく返事してる。
居るの知ってたのかよ。
振り返れば、おじさんは荷物の整頓をしていたようだ。ガラクタの詰まった木箱を抱えていた。
下を手伝ってくれても良かったじゃないかよ……。
「さすが若いもんは素早い。歳をとるとちょっと走るだけでも大変でね」
「い、いえいえお役に立てたなら良かったですよハハハ」
心を読まれたようなおじさんの言葉に返しながら、依頼書へのサインをお願いする。
一人、階下を確認しに行ったおじさんは、戻ってくると大層な喜びようだった。
「本当にありがとう、ありがとうなぁ。あんなに穏やかなあいつらを見たのは久しぶりだぁ」
「いいから離せ」
悪ガキどもを更生させたかのような感激のしようだ。棚だからな?
感極まって俺の腕を掴むとぶんぶんと振ってくるおじさんをおしのけると、何か閃いたらしく周囲を漁りだした。
「おっとすまんすまん。おおそうだ! お礼にこれを持っていってくれ!」
「え、いらない……」
「冒険屋さんなのに謙虚だなぁ!」
「アニキ、こういうのは気持ちっスぜ。受け取っておきやしょう」
いやだってな、絶対倉庫のゴミだぞこれ……。
ささ遠慮せずと無理矢理押し付けられたアイテムを手に、俺は逃げるように退散した。
てくてくと通りを歩きつつ、隣に手荷物を掲げて見せる。
「なあ半モヒ、これなんだと思う」
「え、箒っスよ? ああ、アニキは山と共に生きたから!」
「箒くらい知ってるよ!」
なんで感激のあまりに受け取って欲しいもんが竹ぼうきなんだよ!
しかもどう見ても使い古しだからな!
この反応だと半モヒに聞いたところで意味は分かりそうにない。
それより、すでに帰りたくてたまらない。
疲労感がやばい。
ああ、俺はなぜ雑用だからと二件も引き受けてしまったのだろう……。
それは初めのゴブ退治で得た収入を基準に考えたから。
それにボロ宿の雑魚根部屋でも、その三倍は必要という情報。
ゴブ退治は、労力としては軽いものだった……気力は削がれたが。
とにかく、あんなんで五級品が生活できるのかと思ったわけだ。
まあ俺は短時間で戻ったから、一日中やってりゃ宿泊費に加えて食費くらいは稼げそうだけど。
もう少し良い支払いの依頼も混ぜていくと、危険度が増したりして、そうなると装備が痛むとか消耗するもんが減ることもあるだろう。
そんな感じで色々と出費することになるだろうし、今後のために少しずつ貯蓄もなんて考えてたら、とてもじゃないけどやっていけない。
そりゃこっちの住人なら、こっちの世の中に疎い俺と違って、もう少し難易度は下がりそうではあるけどな。
だから、街なかの五級品レベルの雑用なら掛け持ちするとか、危険な依頼と楽な依頼を交互にやるとか、工夫してると思ったわけよ。
実際、俺が依頼を二件受けたとき、半モヒだけでなく毒姉さえ何も言わなかったからな。
毒姉なら罵りで忠告くらいすると思う。
今回の棚仕分け依頼は、一番下の級の雑用の中でも、ちょろっと報酬がいいだけとはいえ余ってたってのには理由があった。
地元の奴らは見抜いてたんだろう。
隣を見る。
こいつも、地元民のはずだよな?
半モヒも何か裏がありそうなことは気付いてる様子だったというのに、なんの注意もなかった。
「次の目的地は金持ちが多く住んでる区画なんで、依頼も面白味はないかもしれないスねえ」
などと言って城方面に向かっている。
面白具合が判断基準だったのかよ!
くそっ、上級のやつらにとっちゃ生活がかかってるわけでもないもんな!
これぞ経験不足による齟齬だよなぁ。
まあこういうことが後になって起きるよりはマシか……はぁ。
溜息を吐くと重い足を引きずりながら、次の目的地へ向かう俺だった。