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第17話 後顧の憂い

 冒険者稼業二日目の、少し遅めの朝。

 毒姉に聞かされた事実が頭を離れず、俺は五級品指定依頼掲示板の前で項垂れていた。

 俺とは逆に、楽し気に小気味よく左右に揺れる半モヒを横目に溜息を吐く。


 今日のところは経験を積むためにゴブ退治以外の依頼を受けたいと半モヒに伝えたら、なぜか使命感に燃えて五級品の少ない依頼を隅々まで吟味しているのだ。


「あーあ……マジで暮らすことになるとはな……」


 まあそれはそれでいいんだ。

 ちょっとだけ気になるのは、うっかりで巻き込んで投げ飛ばされた人たちのことだ。

 ほんとに大丈夫なんかなー。

 半モヒはピンピンしてっけど、こいつが異常生命体なだけかもしれんし。


 せめて一言謝るくらいしておけば良かった。

 獰猛そうな兄ちゃんら……姉ちゃんらも混じってたような気がする。後で謝っておかないとヤバイかな?

 なにより少しだけ罪悪感で胸がちくちくする。

 便利な回復魔法があろうと、痛みなんかはあるんだからな。


 毒姉が昼間に人がギルドにいることはないって言ってたから、そこに合わせて戻ればいいか。

 誰が誰だったか分からないけど……。


「なあ、他の皆が集まるのは朝と夕方くらいだよな?」

「なんかあるんスか?」


 なにか不穏な空気が出てるな。


「いや、この前、半モヒに巻き込まれた人たちはどうしたかなーと……」

「なんだそんなことっスか。全員まとめて舎弟にしたいのかと地位を危ぶみやしたぜ!」


 地位もくそもねーよ!


「とっくに回復してぴんぴんっス。こんくらい気にしてちゃ冒険野郎なんか務まりゃしませんぜ」

「そうかもしんないけど」

「気になるならコドックさんに頼むといっス。普段そうした連絡事は頼んでるんスよ。どうせ同じメンツが揃うなんてこた稀っスから」

「あー、じゃそうする」


 毒姉に頼むのは気が引けるが仕方ないか。

 とにかく、あのふっ飛ばし方は、何かこう魔法的な力が身についたってことに間違いないとは思うんだよなあ。

 端々で自分の体にある違和感とか考えても。


 だからやっぱ、そんな魔法はないと毒姉に言われても、もう少し自分で調べた方がいい気がする。

 こっち側の常識と俺の意図がすれ違ってることも多いからな。


 それと、もう一つの気掛かりといえば自宅の事。

 親が心配するかもといった問題だが……。


「ぱぁーっと友達と出かけっから今年の夏はもう会うこともねぇぜあばよ!」


 などと伝えたばかりだった。

 しかも、「あっそ」と返事が返ってくるだけの放任親だ。俺の性格に慣れ切っての最適解ともいう。


 とにかく友達の方にも、あの晩に『親から許可出て合流できたらする』といった曖昧なメッセージを残したままなんだ。

 だから連絡がないなら都合つかなかったんだと思うだろう。


 皆が俺がいなくなったと気が付くのは果たしていつのことだろうか。

 夏休み終わってからですよね。

 誰も心配してねえわ。

 後顧の憂いなどなかった。今のところは……いじけたくなってきたな。


 まあ、そんなわけで、一月以上も旅行気分でいられるね。

 そうさまだ焦る時ではないのだよ。


 ある程度急いで稼いだら、手がかりでも探してみよう。

 色んな魔法使いに聞き込みするとか、都だっけ、そっちのが景気がいいならマニアックな魔法書とかもあるかもしんねぇし。


 そんなわけで稼ぎの良さも大事だけど、その金を少しは効率的に稼ぐにも知識や常識が必要ですからね。

 ここの生活に慣れなきゃと思うのだが、いまいち身が入りきらない。

 不意に横から声が降りかかる。


「アニキぃ、どっスか決まりやした? 何します? これはどっスか。あっ、こっちもいいかなぁ?」


 横目に見上げると、真っ先に鼻ピアスが目に付く。

 こんな野郎と並んで依頼探しとか、すっごく嬉しくないシチュエーションだ。でかいし左右にばさばさ揺れて鬱陶しいし。


「ハァ……女の子、落ちてこねぇかな」

「あーたまに落ちてくるらしっスよ」

「マジで!?」

「修行中の魔法使いが失敗してとかでポトポトと、いやはや迷惑な話っす」

「鳥の糞扱いかよ……」

「ギャハハハッ! さいこーっすアニキ! カーッ! うまいこと言いやすね!」


 モヒは大げさに仰け反って両手をばちんばちん鳴らして笑い出した。

 ……こんな太鼓持ちヤダ。




 これも社会勉強と、街の中の依頼でも、あえて精神力の削られそうなものを受けてみることにした。

 といっても、その中ではマシに見えたゴミ拾いと、倉庫の仕分け作業だ。多分。


「ちんたら選んでた割りに、面白いもの選んだわね」


 毒姉に渡すとそんなことを言いつつ、さっと承認した紙切れを寄越された。

 これが不人気依頼とやらで片付くのを喜んでるのが、口の端が厭らしく持ち上がるのを見て理解した。


 まだ午前中だとは思うが、こういうのは朝一からといったイメージがあったのに、普通に受けられるんだな。


 依頼承認書を受け取って、ついでに半モヒに提案された伝言を頼むと、しっかり手数料として金をとられた。

 クソッ、盲点だった。これも社会勉強さ……。

 今日は追い出される前にギルドを飛び出した。


 いい加減、気合いいれるぜ!


「底辺依頼だろうが、ちょちょいと終わらせてやるさ。この不屈の拳でな!」

「おぉアニキがやる気だ。輝いてるっス!」

「なんたって寝床が確保できたと思うと気が楽だからな!」

「え!? まさか再び我が家を」

「おう、しばらく頼むわ」

「ははー、ありがたき幸せ!」


 一晩だけ利用してやっからなどと言ってしまったが、こうなれば恥も外聞もないやい。金がないんだ。厚かましく居ついてやる。


「依頼主の家は、こっちっス」


 俺は意気揚々と歩き出した。

 周囲が冒険者ばかりというのも知識が偏りそうだから、街の住人とのやり取りはいい経験になりそうだ。

 仕事を幾つかこなせば、なんとなく感覚もつかめるだろうし、それから店とかに連れて行ってもらおう。


 そしたら買い物の仕方を教えてもらうついでに、宿泊料代わりに食材くらいは提供できるかもしれないからな。

 今日から本格的に冒険者生活だ。頑張るぜ!


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