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第16話 帰れないらしい

 なぜか俺は、魔法の基礎知識がないと読めないはずの呪文を読めてしまった。

 しかも上級魔法書。


 半モヒが言うには、学ぶ気のある者しか読めないよう古めかしい言い回しで、しかも魔法関連の実践経験などの知識がなければ気付けない隠喩やらが散りばめられるようにして書かれてあるという。

 ほとんど暗号文のようなもんだな。


「オレゃ、それ読めるようになるまでに中級までの書物を漁って、実践的なもんは魔法使うやつらに依頼して聞き込みまくったってぇのにッ!」


 などと半モヒは悔しそうに騒いでいてうるさい。

 俺は、なるほど職業的な専門知識を聞き出すのにも金を払う必要があんのか、と思いながら聞き流す。


 なんで読めるんだろうね。

 ますます自分の体が謎に包まれていくな。


 まあ思えば、初めっから普通に意志疎通出来てたし、文字の読み書きも問題なくできてた。

 それは言語が違っても見境なく翻訳するタイプの特殊能力、と考えておしまいにしてもいいんだが、ちょっと辻褄が合わねぇなぁと思う。

 俺の書いた文字が変化したといった感覚がなかったからかな。

 毒姉は普通に読んでたし。


 それに……。

 ちらと喚いてる半モヒの口を嫌々見た。

 どうも違和感があるんだ。


 会話するときに毒姉や半モヒの口の動きと、同じ言葉を発したときの俺の口の動き。発音の一つ一つを意識しても、特に周囲との違いが感じられなかった。

 だから俺は普通に、この街の人間と同じ言葉を喋って、こっちの文字を書いてるように思う。


 だから――仮に他言語圏の人間と会ったら理解できないと思うんだ。

 なのに少し古いとはいえ現在とは違う言葉の魔法書を読めるというのは、ルールが外れてる気がした。

 独自言語のようなものまで組み込まれてるならなおさら。


「ま、小難しいことはいいんだよ。魔法が使えりゃな! 初級はこっちか」


 上級魔法書をしまって藍色の薄い本を取り出すと、ピンクの星柄だった。

 これも星柄かい。

 なんだよ半モヒの見た目に反したファンシー趣味とかでなくて、何か意味があんの?


 適当に真ん中辺りを開くと、見開きの左に一つの呪文、右に簡単な説明が紙面を埋めるようにでっかい文字で書かれてあった。

 さすが初級編、と言うか子供向けじゃね?


「あ、そいつは基礎の基礎なんで、初めの半分はアニキが知りたそうな前提知識ばっかですぜ。呪文はほんと紹介程度っス」


 正気に戻ったか。


「そうそう、そういうのが見たかったんだ」


 失礼して、ちょろっと初めらへんのページを確かめる。 

 そして数秒固まる。


『この世の魔法は、闇、露、光の三属性にて成り立つ』


 え、マジで……?

 たった、三属性!?

 そんなバカな……だって、その三属性つったら……!


「便器が最高の魔法だってのかよおおぉぉ!!」

「アニキぃ気を確かにぃ!」


 全属性複合魔法とでも言や聞こえはいいがよ!

 道理で高額なはずだよ!

 温水洗浄便座だって手放せない便利機能満載だと高価だもんなわかるよ! わかるかよ!




 俺と半モヒは家を出た。お仕事に励むためだ。


「もう魔法はいんスか?」

「今はな……まだ心の傷が疼くんだ」

「なんとそうっしたか! そんな過酷な過去があったなんてカッコイー!」

「しばくぞ」

「調子乗りやした!」


 そんなこんなで冒険者組合の樽型看板を睨むと、スイングドアを肩で押し開きつつ室内に乗り込んだ。


「随分と遅出の癖にでかい態度ね。もう他の奴らはあくせく稼ぎに出てったわよ」


 開口一番、毒姉の毒攻撃が無人の室内に響き渡る。

 だが、もうそんなもんは効かないぜ。敵意さえ向けられなければな。


「ふっ、今は水面下で爪を研ぐときなのさ」

「女性向けのお洒落が趣味なの。変態ね」

「爪の手入れのことじゃねーよ!」


 毒姉と一緒にすんな!


「しばらくは地道に仕事するって意味だよ」

「なら格好つけて言うんじゃないわよ。新しい依頼も幾らか入ってるから、なるべく不人気なの持ってって」


 ふーん、五級品でもそこそこ依頼の入れ替えはあんのか。

 ちょっと出てくるの遅れて、もう依頼はねーかもなーって、実は心配してたんだよな。


 掲示板に移動しかけて、足が止まる。

 あ、あああ、そうだ!

 今朝は調べるのを断念した魔法については別として、まず聞くべきことがあるじゃん!


 毒魔女と呼ばれていた一級品冒険者だったからには、魔法のエキスパートだったんじゃないか?

 多分、半モヒに聞くよりは信憑性のある知識が得られるんじゃないかと思うんだけど……。


「なにガンくれてんのよ」


 チラ見に気付くかよ。さすがは人間やめかけの元一級品。

 そろそろと窓口に近付き、腰を低くして手を揉む。


「つかぬことをお聞きしますが……特殊な魔法についてなんですけど」


 すっと警戒と敵意に満ちた視線を向けられる。


「い、いえ興味本位に過去をほじくりたいとかじゃないんです! ほんとに! ただちょっと魔法に興味を持ってですね」


 毒姉から敵意は消えたが、腕を組んで俺を睨んだまま話を促してきた。


「その、魔法があんなら、召喚術とか、ないかと思いましてね!」


 そう、帰る方法だよ俺が知りたいのはさ!

 なんかの魔法的な力で来たんなら、魔法で帰れるかもしんないだろ。


「ないわよ」

「別世界に送ったり呼んだりする魔法とかねぇの!?」

「そんな万能なもんあったらいいわよね。妄想してないで現実を見ろ」

「そ、そんな……たったの三属性ぽっちしかないからそうじゃねえかとは思ってたけどさぁ……」


 信じたくねーよ……。


「じゃ、じゃあ似たのでも!」

「ないったら」


 必死に縋って理由を聞いたら、人の力を超えているから不可能なんだと。


「あのね、そんな大がかりな魔法が使えるもんなら、こんな荒野の隅でガタガタ震えながらしがみついてみみっちく生きてないと思わない?」

「そこまでか……」


 多分、大昔にお触れでも出して報奨金で釣って新天地を探させた結果が、現在の人間の暮らしなんだ。

 そこまでするくらいだから、そんな大変な魔法を使えるなら世の中の大規模不思議現象対策を国がしてるだろうということだ。

 これ以上ないくらい納得できてしまった……。


 やっぱり、帰るための魔法は存在しないらしい。




 ちぇっ、なんだか分かんねぇけど。

 戻れないなら仕方ない。


 謎の右手を握り込み、じっと睨んだ。

 せめてこれがあるだけマシってなもんよ。

 このパゥワーで楽しく暮らしてやりゃいいんだ!


 元の世界には悪いが、こっちの方が楽な人生送れそうだし、過去の記憶には消えてもらうぜ――ブシュッ! ぐわあ、首に針が!? ふっ、ただの針じゃねぇ、毒付きだ。そ、そんなっ、今どき毒塗りの吹き矢だとかマニアックな暗器でくたばるなんて……ぱたり。


 よし、良心常識などという邪魔者は去った。

 これからは心機一転、俺の新時代の幕開け……あ。

 だめだ……誰が、俺のシークレットフォルダを消してくれるっていうんだ……。

 先輩のトコロテンが体中這ってだとかあれとかタコとか……見せられるか!


「かか帰らなきゃ、意地でも!」

「頼むから妄想は他でしてくんない?」


 毒姉から恐ろしい気配を向けられ慌てて掲示板へと逃げだした。

 あぶねぇ、爪ヤスリですりおろされるところだった。


「ふぅ、ちょっと情報収集に時間かけすぎたかな」

「よくあのコドックさんに粘れるなぁ、っすがアニキだぁー」


 お前は青褪めて眺めてただけだろ。

 と思いつつ俺たちはひそひそ声で話す。

 そんなに怖がられるって、過去になにしたんだろうな。

 知らないって無敵だね!


 どっちにしろ、今のところはなんの手がかりもないならしょうがない。

 働いて今をしのがないとな。

 ちょうど夏休みなんだし?

 ワーキングホリデーだとかで海外でバイトしながらバカンスを楽しんでるとでも思っておくさ。

 留学さえ考えたこともなかったけどな!


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