第15話 魔法の知識
回復魔法のかかり具合が、俺と半モヒで異なっているようには思えなかった。
どちらも同程度の軽傷だったと思う。
こんな世界だし武器となったアイテムの差ということもありえなくはないが……俺の皮膚がタイヤのように分厚くなってしまったとかだったらどうしよう。
見た目そのままでとか中身を想像するとキモイな。
一つだけ俺に分かるのは、痛いから無駄に確かめたくはないということだけだ。
「どうしたんスかアニキ深刻な顔して……まさかッ、何か大きな使命を果たさなければならないがこの身一つで成さねばならぬ、しかし慕う仲間を振り切って旅立てるものかと葛藤してるとか! そして慕う仲間は、このオレッ!」
勝手に盛り上がるな。朝からテンションたけーな。
「いや怪我……じゃなくて、あれだ。そう、魔法について考えてたんだよ!」
「あ、その話、続いてたっスか」
そもそも魔法について話してたんだったな。
俺の謎力との関係があるのかないんだかも気になるが、またこうして、ふとした拍子に気付けることもあるだろう。
で、魔法についてだ。
属性とかあって、それぞれ限定的な効果を持っているらしい。
そこはゲームっぽい感じでときめくな。
半モヒの便器の解説などで属性は、少なくとも光と闇、そして不審な露属性なるものを知れた。
これは魔法具だからというわけではないようだ。
属性を決めるのが妖精の素材だから、人は使えないのかと心配したが回復魔法は見たし。
多分、あれは光属性だろうと思うんだよな。
今のところ半モヒは魔法具ばかり使ってるようだが、もし魔力とやらが必要なら、その量が多くないのかもしれない。
とにかくだ。
思うに、どっかの誰かにジョブ指定してもらう必要はないように思う。
だったら、俺にだって魔法を使える希望はあるはず!
本当はどこかでこっそり気ままに調べてみたかったけど、この世界の常識に驚いてばっかりだから、一人で買い物できるかも怪しい。
癪だが、これこそ半モヒに頼ろう。きっと喜んで教えてくれるに違いない。
「えーというわけで。俺は半モヒを頼りたい」
「お、おおぉ! 今しがたの沈思黙考にてどのような決定が我が身に下されたのかぁ! ようやくオレの献身が実を結びぃ、アニキに頼られるまでにぃ!」
「つーわけで魔法の使い方教えてくれ」
うるせぇから直球で頼んだら、半モヒの喜び顔は固まった。
「ええぇ……?」
なんと不満声まで出る始末。
あれぇ予想と反応が違う? なんだよすごく怠そうだな。
「あ、嫌なのか? お?」
「あぁちがいやス! オレにも、ちぃっとばかし信念みたいなもんがあって……」
「信念……えー結論から頼む」
「実はオレ……」
ごくり。
「魔法の素質がありやせんっした! ゲヘ!」
「信念関係ねえ!」
完全肉体派かい! 見たまんまだったな!
「いやぁ、まあ、それも理由の一つっちゃ一つっスが、元から肉体派なんで」
「理由の一つも糞もそれだけで理由足るだろうが」
「まあまあ、一応知識だけは舐めてるんで、喋るだけならできるっス」
「分かった。魔法書なんかを扱う本屋とか図書館ねえの? そこ教えてくれ」
「あっれぇ? オレ教えられるっス。知識だけは、そこそこのもんっスよ? あ、聞いて下せぇ! マジもんすから!」
んだよ、俺の期待を返せ。
ちょろちょろと周囲で騒ぐ半モヒを無視して皿を流しへ片づける。
「片付けもオレがやりやスんで!」
「食わせてもらってばっかだから、せめてこれくらいやる」
「いやいや、んなもんは弟分の仕事っス」
「認めてねー」
「そ、そんなあぁッ! もう一度だけッ今一度機会を下せぇ!」
だから違うって!
と言い合ってると、どうやら洗うにも魔法具を使うらしいと分かり、今は皿洗いは諦めた。
それだって金がかかるもんだろうし。
ああ、そういえば、うちのおかんも台所を勝手に扱われるのは嫌だとか言ってたから、そういうのもあるかも。
「魔法書なら上にあるんス!」
意外。本とか読むんだ。
とにかく皿は後回しということで、梯子に追い立てられるように移動する。
「へへっ、初級から上級まで揃えてやスぜ。紹介程度の軽いもんスが」
ガイドブックかな。
ド初心者の俺にはちょうど良さそうだ。
そして、そこらで拾った枝をそのまま組んだだけといった梯子を上ると、いきなりベッドだった。
狭っ! 天井も一階より低いやん。
このベッドも絵本に出てきそうな分厚い木のフレームに丸太のような足で、キルトシーツと呼べば聞こえはいいが、ただのツギハギっぽいカバーを被せてある。
ベッド脇は波打った分厚い硝子が嵌った窓。
外には鎧戸っていうの? 細い板を繋げたような窓が開いてある。
見るからに余分なスペースはないため、本棚は壁に作り付けだ。
ベッドの頭と足側の二面ある狭い壁は、どちらも真ん中から上は棚に隙間なく並んだ本で隠れている。
想像以上だ。
ちょろっと何冊かあるくらいと思ったのに。
大小の様々な本はどれも、しっかりした作りで専門書の趣がある。
この時代がかった世界で内容までそうなのかは分からんが。
半モヒ野郎……見た目とのギャップを作りたいなら、ここは美少女フィギュアとかにしとけよな。
「アニキ~本は足側の棚のほっスー」
足元からモヒカンが生えたため、わずかな隙間を横向きのまま歩いて場所を空ける。
上ってきた半モヒは棚の中ほどを示した。
「そっからそこまでが魔法関連っス」
「へぇ」
几帳面にも、きちんと仕切り板を挟んでジャンル分けもされている。見出し用に飛び出た部分は、まん丸のミミズクらしき鳥や星模様などが彫られている。
ほんとレトロだ。
言われた辺りから何気なく分厚いやつを手に取った。
「あ、そりゃ上級者向けっスぜ」
「なるほどそれっぽい」
表紙は紙ではなく焦げたような黒の革製で、血がこびりついたような赤い紐が挟んであり不穏だ。
ぱらぱら捲る全てのページに、糸くずの絡まったような記号やらと一緒に死神っぽいボロマント羽織った骸骨とか不穏な絵が添えられていて、見るからに危ないやつ御用達の書物だと分かる。
半モヒはこれ使う側より、召喚されて使役される側にしか思えない。
「なになに呪文は……焔獄の常闇? 厨臭ぇ」
魔女の鍋から噴きこぼれる血糊に人の手足が覗く絵とかさ……。
なんか見てるだけで精神力を削るよ。
「うっわーマジで禍々しい……上級者向けすぎだろ別の意味で」
引きつるような声が聞こえて振り返ると、半モヒはクソ狭い部屋で器用に仰け反り目を向いて俺を見下ろしていた。
「な、なんだよ」
「そりゃないっスよアニキぃ! オレをからかってたんスか? そっスよね!? 魔法の知識ねぇとか、それでねえならオレだって赤子だあぁ!」
「やかましい。初めて見たよ。本気で」
今度はムンクの叫びのような顔で固まった。
すっと右手を半モヒの前に掲げる。
あっ動きだした。
「いっいや、あんまり驚いたもんで。初見で読み解くたぁ、信じられやせんぜ!」
「え、普通に読めるけど……おかしいの?」
「あぁ、そうか……ようやく気付けやした。アニキの無知さと深謀さの隔たりの深さは、生まれついてより山籠もりしていたとしか思えねぇと睨んでたんス」
どきっ。
……とうとう気付かれてしまうのか、俺が異世界人だと!
「つーことはだ……アニキの師匠が、アニキを赤子から山に放り込んだイカレた修行者だったんだあぁ!」
「ねぇだろ!」
さすがに赤ん坊が修行……滝に打たれるとか? そんなんで育ったら怖ぇよ!