第12話 メルヘンな存在
冒険屋事務所を出た俺は、どこへともなく歩き出した半モヒについていく。
歩きながら俺は、先ほど得たゴブ退治の報酬を全部ポケットから取り出し手のひらに乗せた。
基本は十円玉色だが濃淡は不揃いだし、ムラがあって僅かに歪んでさえいる。こうした技術面は高くないのか手を抜いてるのか。
それらを隣を歩く半モヒに見せながら質問した。
「宿代、これで足りないよな」
「ボロ宿の雑魚根部屋でも、その三倍は必要っスね。まぁここはオレにお任せを」
「いい場所あんの」
「狭いっスけど、オレの家で」
まさかの半モヒのねぐら? 嫌だなぁ。
「宿暮らしじゃないんだな」
「そんな大きな街でもないんで場所がないんスよ。物が増えると置場も困るし」
「あー、じゃ、長いんだ」
「へぃ、もう五年はここで冒険者やってるっス」
なら、ちっとは信用していいのかもしんない。
まあなんつーかもう裏の思惑がどうとかも、あり得なさそうとは思ってるけど。
冒険者ギルドが組織立って運用されてる雰囲気はあった。
ガラの悪い腕っ節が第一の価値観な奴らばっかに感じたが、だからこそあんな受付嬢が目を光らせてるところでおイタできるなら相当なもんだ。
毒姉が窓口で直々に半モヒへ指示したのを見てたなら、この移動中に反撃を喰らうだとか腕比べしようなんて輩は現れないはず。
多分な!
「まあ、一晩くらいなら利用してやってもいいか」
「あざっス!」
すまん。
マジで感謝すべきところなんだろうが、ついついぞんざいになってしまう。
驚天動地の出来事にさすがの俺も、すでに一日の終わりのように疲れてるんだ。
もう気遣う余裕もないほどだるいんだ今にも目蓋が閉じそうというか……あ、それもそうか。
やけに眠いと思ったら、深夜にこっち来たんだった。徹夜明けかよ。
まあ時差ボケ解消になって、ちょうど良かったか。
でも明日は寝過ごしそうだなぁ。時計なんかなさそうだし。
昔の人の時間感覚といえばお日さま任せか、寺の鐘だっけ?
通りには人家がまばらになり、どんどん街の中心から離れていくようだ。
遠いのか?
空を確認すれば、ようやく日が傾き始めたらしい。
黄色みが地平線から迫り来るのが見え……迫る!?
ふいに足を止めたその時、空が震えた。
空気を伝わる振動は徐々に大きくなり、やがて音となり空を裂くように響き渡っていく。
――……ラゴォーーーン!
声も出ない程びびり飛び上がって見上げるが、どこから鳴ってるか分からず、全体から鳴っているようでもあり正体が掴めない。
肌に響く衝撃に泡食って、ようやく存在を思い出した半モヒを振り向く。
「夜っスね」
めっちゃ冷静!
そして急加速して近付いた音は、一瞬ではるか上空を通り過ぎ、その余韻から意味を理解できた。
――……日没をお知らせしまーーー……。
語尾はシュゴオォォと空気音で掻き消えていった。
「……へ?」
そして去り行く空気音を追うように空は赤みを帯び、紫色に、そして深い紺色へと染まった。
瞬く間に、夜が大空を塗り替えたのだ。
「……いまの、なに……?」
「え!?」
半モヒは驚愕して仰け反っていた。
「あ、ああーそうっした……山籠もりしてたんなら忘れてても当たり前、いや知らなかったとしてもおかしくねぇ!」
よく分からんが、そういうことらしい。
「ありゃ天の明暗を司る大妖精の一つっス」
「妖精さんは万能だなあ」
どこが妖精なんだよ俺のイメージの妖精さんと違いすぎる!
姿は見えなかったけど、とんでもなくでかいだろあれ!
「そりゃもう、この世に三体しかないと言われる大妖精っスから」
俺の気の抜けたツッコミに真面目に始まった半モヒの解説。
それによれば、ここには朝昼晩それぞれを司る三つの大妖精が存在しているとのことだ。
そいつらが天を駆け抜けながら日を変えるのだとか。
俺はぼんやりと相槌を打っていた。
だってなぁ、とんでもなさすぎて頭がついてこねぇ。
半モヒの姿もはっきりしなくなってきた。
あ、それは暗いからだ。
「よく灯りなしで歩けるな」
「ヘヘッ、ちょい闇耐性持ってるんで。アニキは灯りいるっスか。お待ちを!」
へー闇耐性でどうにかなるのかよ……。
がさごそと袋から取り出した石ころみたいなものを、半モヒはモヒに埋める。
「さーせん急なことでこんな道具しかないんで、オレの後をついてきてくだせぇ」
トサカが光っていた。
何を言う気も起こらず、半モヒのようにこくこくと頷きつつ歩いていたら、街外れをさらに抜けていく。
人家はとうになく、資材置き場のような倉庫類も人通りもなくなり、鬱蒼とした森になってる気がするんだが……。
どんどん道は荒れて狭くなり頭上まで木の枝葉に隠れて暗くなる。
胸に不安が広がる。
だからといって他に行く当てなどない、というかもう帰り道さえ分からん。
獣道を幾つか逸れて藪に入り込んだかと思えば、忽然と小さな広場が現れた。
奥に一本だけ生えた巨木。
そこから灯りが揺らめいている。
……なんだこのファンシーな光景。
「ここが我が家っス。なかなかのもんしょ!」
「あ、ああ……ステキです」
自慢の家らしい。随分と得意げだから褒めておいた。
半モヒの家は、メルヘンな絵本に出てきそうな木の家だった。
二階建てほどの高さしかないわりに、かなり太い幹。そこに小さめの扉がついており、両側にはランプが温かな色で辺りを穏やかに照らしているのだ。
「泥棒のいい的だな」
「特注の魔法鍵つけてるんでご安心を!」
どう見ても半モヒが立って通れる高さではない扉。その上部は半円のかまぼこ型だ。
取っ手部分にはドアノブではなく、扉を縁取る黒い金具が模様を描いている。
半モヒがそこに何かの金属片を当てると、ぎぃと扉は開かれた。
知らずに見ればハイテク鍵だな。
頭を下げて扉を潜り抜ける半モヒの後に続き、俺は立ったまま悠々と中に一歩踏み込む。チッ、背の高さだけが男を決めるんじゃないぜ。
足の裏にざらっとした感触。足拭きマットはきのこ型だ。
扉のサイズから想像した通り、室内は狭い上に天井も低く、半モヒのモヒが擦って倒れる高さだった。
奥に流し、小さなダイニングテーブル、背後の壁に梯子。それだけだ。
梯子の上部には、天井に四角い穴。二階が寝室か?
半モヒはテーブル脇の壁に作りつけた小さな棚に手を伸ばす。
白く滑らかな手のひらサイズの石。川原に落ちてそうなやつだ。
何をするのかと思えば、それが蛍光灯のように点った。色合いは昼白色くらいだろうか。
そのまま棚に乗せると、この狭い部屋全体をやんわりと照らす。
「お、おお! すげえハイテク! これが灯りかー」
不透明な石ころでしかなかったものが、今はやや透過しており、玉の中に丸い炎が浮いているのが見えた。
微かに揺らぐところはロウソクの炎と変わりない。
「アニキなら、こんな魔法具くらいすぐに買えやすぜ」
「これも魔法具かーそりゃそうだよなー」
先にもっと必要なもんがあると思うが、ここの日の変わり方がおかしいからなぁ……なるべく早く買う予定に入れた方がよさそうではある。
「お茶煎りゃっスねー」
髪を天井に擦りながらいそいそと流しに向かう半モヒ。
もう少し頭を気にかけろよ。それはお洒落じゃないんかい。