第119話 遠足の前日のような
「……えい」
やる気なく振り降ろした右手が、獲物を破砕する。
「ほいッ!!」
すかさず横から伸びた手が破片らを回収し、次なる獲物が置かれる。
「……てい」
再び俺は拳をただ落とす。
「ほゃッ!!」
飛び散った屑は、残像を残す腕が一度でざっと掻き集めて綺麗にし、一瞬で新たな獲物と入れ替える。
無心を唱えて、死んだような目で見下ろすのは、食卓だ。
「……いつまでこの餅つき大会は続くんだ」
つい呟いてテーブルの側の床を見れば、黄みがかった破片が木箱に山盛りとなっていた。
「ぁあッせんッ! アニキの手さばきに見惚れてやり過ぎやたァッ!!」
目の前で、ばっさとトサカが下げられる。
目ぇひん剥いてやたら鬼気迫る勢いだと思ったら、またありもしない俺の技術とやらを観察してたんかい。
「どこに力も入っていないように見えるッてぇのにッ、食卓を叩き割ることなく的確に獲物のみを粉々にする繊細な力加減ッ!! 見極めたと思や、新たな面が表れ度肝を抜かれる……フゥ、全く気が抜けやしねぇ」
そうかい。
力なんて込めてねぇから。
無駄な観察だったね。
「あ……そうでもないか。半モヒ、多分、あれのせいだ。ほら、変な闇の」
「あ、アアァァッ! あれで閃いたと!! そうだった……アニキはいつも言っていたではないか。属性で殴る、とッ」
「違……いや、そうだね。そんな感じ」
無駄に仕事させられていたのはよく分かったこのやろう。
「んじゃ、量は足りてんだな?」
「へぃ! これなら十日は遭難したってよゆーで生き延びれやス!」
嫌なフラグ建てようとすんな。
「ま、食いではありそうだ」
「腹持ちに関しちゃ、誰もがこれって言いやスぜ」
俺が、ひたすら砕いていたのは、トゲトゲ木の実だ!
半モヒは、適度に崩れたトゲ木の実を盛ったザルを流しに持っていく。
その黄みがかった白い破片は、遠目に見れば切ったジャガイモのようだ。
水気はないけど。
それを、でかい木のボウルに移して、ミニ棍棒のようなものを手に磨り潰しだした。
――ゴリャリャリャリャッッッ!!!
いつもながら豪快ですね。
あ、俺の事テーブル叩き壊さずによく崩せるなとか言ってるけど、お前だってそうじゃん。
……流しが特別製とか?
それはともかく。
「あー、あと俺の仕事は?」
「ゆっくり英気を養ってくだせぇッ!」
「……はい」
俺の仕事は終わりと。
半モヒのやつ、本当は木の実割りもやろうとしてたしな。
俺が居候の代わりに掃除とかしようとしたりするのを見て、最近は止めずに気を遣って無難な仕事回してくれてる気がする……。
胸は痛むが、後は自分の事するか。
俺も荷物をまとめておこう。
それで俺たちが何をしていたかというと、保存食作り!
ようやく、明日から王都へ旅立つのだ。
はぁー長かった気がするなぁ。
そのために買い出しも済ませてたけど。
その後に気がかりのゴブ塚で予想外なもんが出土して、また予定がずれ込むんじゃねぇかとか心配したからな。
それで、一応、乾パンみたいもんは買ったのに、なんでまた保存食を作ってるかというと、あれで一日分と分かったのだ。
どっさりあると思ったけど、身が詰まって重く感じるのと、二人分だから大量に見えてただけで、一人三食分だってさ……。
王都までは約徒歩一日だ。
どうやら普通は、これしか持って行かないらしい。
大抵の奴らが、商人の荷馬車に便乗するかららしいけど、それ以外は走っていくからだそうだ。
ここの冒険者の肉体、おかしいからね。
そりゃ無事に着けば、問題ない量だろう。
道中が魔力風で荒れてたとしても、一日遅れるくらい。
虹の浮島の位置によっては迂回することになると三日らしいから、そこが心配だが、滅多にないというし。
それでも念のため最大限、持てるだけの水と食べ物を持っていくことにした。
魔天気予報だとか無いんだから、準備はしたら、後は祈るしかないよな。
水は、半モヒが水樽魔法具を持っていくと言っているから、地球でキャンプする感覚よりはマシだな。
流しの小型の水樽は、洗面器より一回り大きい桶で四杯分くらいのリミットだ。およそ八リットルくらい入るかな。
そんなわけで、食べ物の方だが。
「安くて日持ちして大量に用意できるやつ、何」
「金かからないのは木の実っス」
という、いつもの流れで、自分達で木の実を持ち帰ってきた。
安く済んだ気がしないのは、ギルドに買い取ってもらえない分、労力だけかかったからだろう……。
まあ、ほとんどは半モヒ任せなんだから文句言ってる場合ではない。
玄関入ってすぐの俺の寝床、椅子ベッドの下から荷物を引っ張り出す。
半モヒから借りた少し大きめの巾着袋に、シャツとズボンを一枚ずつとパンツ二枚をつめる。
食べ物の分重いし、戦ってどうにもならない時に逃げやすくと考えたら、こんなもんかな。
「荷物は、これでいっか」
買いたての旅用マントは椅子の背にかけてある。
後は、明日の朝に、いつものように自分の水袋にも水を汲んで終わりか。
磨り潰した木の実を他の雑穀と混ぜて丸めていた半モヒは、今は細い荷物紐のようなものに括りつけて、流し沿いに吊るしているところだった。
「それ、朝までに間に合うんだよな?」
「もちっス。魔法具で速乾っス」
やっぱり魔法具頼りかい。
そうだと思った。
まだ、寝るには早いか。
半モヒの蔵書から魔法に関するものを引っ張り出した。
何か見落としがあるかもしれないし、気がかりは潰しておかないとな。
そう思って魔法おやじから見せてもらった他の上級書は、俺には読めなかった。
極めているのは、闇だけだ。
まあ、俺にかかってるっぽい魔法が闇属性だから、他は関係ない気もしてる。
多分だけど、その後、クロムが原因らしいことも分かったから、間違いないと思うんだよな。
そう考えたら、今さら情報収集に王都に行く意味は薄い気がしないでもない。
いや、もちろん、出かける意味はあると思ってる。
この世界の人間の生活事情を知るほどに、俺も外の現実を目にしておくべきだよなって思いが強くなったのだ。
大きな理由の一つが減ったから、ちょっとテンション下がっただけでな。
まったく、クロムのやつ……あそこで逃げるかよな。
魔法団行ったら、また時間取られそうだけど、クロムに伝言くらいは頼んでおくか。
あ、黒森の報告を毒姉に任せたこともあるし、ギルドにも顔見せた方が良さそうだな。
ページを捲ってると、昼間の出来事が浮かんだ。