第11話 蛮勇
半モヒが友好的な理由は分かった。
理解不能だが言葉の意味は分かった。
もろもろの激しい勘違いによるものだが、やはり俺の使いどころの怪しいツッコミパワーを見込んでのことらしい。
それでも、このチョロさぶりには納得できかねる。
俺の言葉にエンチャントでもかかってんのか?
まままさか……!
なんか異世界にすっ飛ばされると、世界を越えてしまった後遺症かなんかで妙な力を身に着けてしまうっていう、定番のアレ。
これも、ソレだろ!
洗脳めいた即惚れチート能力に違いない!
魅了だか催眠だかの能力が手に入ったのならば、真っ先に確かめねばならない重要事項じゃないか!
来いよ成人指定展開、全力で。
俺は逃げも隠れもしねぇ、お前を正面から受け止めてみせるッ!
待て待て、落ち着こうぜ。焦るんじゃない。
今のところ、こいつ一人ってことは、何か条件があるはずだ。
殴る……さすがに女の人にそれは難易度高すぎるなぁ。
それに、ゴブに効いた気はしなかったし。
違いと言えば、俺はこいつに友好的になって欲しいと願いつつ、ど突いたこと。
たんに怖くて威嚇してただけの気もするけど……とにかく、まずは接触しつつ試してみるしかない。
そうと決まれば、ゴブ退治はもういいだろう。
なんせ魅了チートさえあれば、ヒモになって人の金で悠々自適生活を送れるんだからなあ!
「おい半モヒ! こいつら何匹倒しゃいいんだ!」
「ひゃい! 手際悪くてすいやせん! 浮かれて倒し過ぎやしたぁ!」
「数は揃ってるんだな?」
「へい! 新人の初依頼とは思えねぇ数っスぜ!」
ほとんどお前が倒したんだけどな。
「では戻るぞ!」
「っすがアニキ、引き際も華麗っス!」
たったかと俺と半モヒは軽やかにゴブの森を去ったのだった。
そうして到着した冒険屋事務所。
思ったより時間が経っていたらしく、ぽつりぽつりと人が戻っていた。
ふん、なに目撃されたって構いはしない。
半モヒの例を見るに外からは、あたかも俺の行動に感激して惚れこんだとしか映らないだろう。
「クヒヒヒヒ……」
カウンターには、いつもの如くやる気なさげな毒姉。
キュピン! ターゲットを捕捉!
すかさず前に立ち、左腕を水平に構えなけなしの防御準備。
「早いわね。もう飽きたの」
興味なさげに手を出す毒姉に、ニヤリと笑ってメダルを掲げる。
「いや、十分な収穫だったぜ」
反応速度が人外っぽいし、さすがにしっかり触る勇気はない。
冒険者メダルを渡す瞬間に全てを賭ける。
大きく息を吸って止め、タイミングに集中。
取ろうとする毒姉の手にメダルが触れるところを、掠める。
今だ――魅了の命令!
「ヤらせろ!」
しんと、ギルド内が静まり返った。
しばしの無言の圧力。
直後に、重々しい衝撃音。
「ぎゃああああああっ!!」
刹那の後、渡したはずのメダルが返ってきていた。
どうやら頭に縦に刺さっている。刺さってる!?
嘘だろ……まったく反応できなかった!
「んっほおおおおぉッ! アニキぃすげぇマジ勇者っス! あの呪言の女王に真っ正面から挑むなんざ最高のアホだパネェ! ギャアアアアッ!!」
半モヒのモヒには爪ヤスリが刺さった。
頭皮まで到達したようだ。赤メッシュになっている。
「なによあんたら藪から棒に。真昼間から婦女暴行及び威力業務妨害? 死にたいの?」
「それ手を出す前に聞くことだろおぉ!」
どっちが威力かざしてんだおら!
くっそう、魅了スキルとかゲットしてるんじゃねぇかと、ちょっとした悪戯心で試してみただけなのに。
凶暴なモンスターがいたり、魔法的なもんがある世界での検証は命がけだな。
身をもって知った。
「言い方を間違えましたああぁ! ただの報告ですうぅ!」
「まったく。討伐終了報告なら、初めっからそれだけ言いなさいよ」
「すんません出来心でつい」
「せんっした!」
ぺこりと頭を下げる俺となぜか半モヒ。情けない。
俺は普通にワクワクする冒険者になりたかったよ。
冒険者組の下っ端組員じゃなくてさ!
「精算するから大人しく待ってろ」
「いってぇ!」
「ぐあっ!」
毒姉は俺の頭からメダルを、半モヒから爪ヤスリを引っこ抜く。
それから半モヒが置いた小さな袋を手に取り、横の台に載った金属トレイに中身を広げた。
「あんたら、ちょっといい?」
不意に背後から掛けられたのは女人の声!
さっと振り向けば、待合スペースに居たお姉さん冒険者が近付いてきて、俺の頭に手を翳したからビクッとする。
「ただの回復よ」
そいつの手が蜃気楼のように揺れて、薄紫の空気を纏っているように見える。
ぴょろろーと不思議な振動音が響くと、頭の痛みが治まった。
「お、おおぉ……これが回復魔法!」
触ってみると凹んだ跡や傷みが消えている。
お姉さんは、もう片方の手で半モヒを治療していた。結構な使い手かもしれん。
「回復ありがとう」
「いいのよこれくらい」
そう言いつつ、笑顔で手のひらを出された。
握手しようとしたら躱された。なんなの?
「ほい助かったっス」
半モヒがポケットから硬貨を取り出して渡した。
……ああ、人の親切心など夢幻なのだ。
お姉さんの笑顔が硬くなっている。怖い。
「ちょ、ちょっとお待ちください。ええと毒姉、報酬をいただけますか」
毒姉のところでギロリと睨まれたが、面倒なのかそれだけで、無言で報酬を渡された。
やっぱり毒魔女と言ったときに怒られたのは、半モヒから聞いたように過去の二つ名だからか。
受け取った報酬から、半モヒと同じ数だけ煤汚れたような茶色い硬貨を渡す。
「また何かあったら言ってね。手を貸すわ」
もう結構です。
お姉さんは口元に笑顔を張り付けて営業トークを済ませると、仲間らしき人達の元へと戻っていく。
俺は呆然と見送った。
貰った十円玉みたいな小銭が何枚か、手のひらを転がる。
知識はなくとも、すっげぇはした金なんだろうなって思える小汚い硬貨だ。
手にした報酬は何ゼニーなんだろうか。ゴールドでもガバスでもなんでもいいけど、ちょっとした物価は今度調べておこう。
これで飯、食えるのかなぁ。
あ、それより、寝床の方が問題じゃないか。
路地裏で一夜を明かすとか、偏見ばりばりかもしれんが翌日には物言わぬ体になってそう。
そこの待合室に泊めてくれねぇかな。
改めて毒姉に向き直る。
「あ、あのぅ先ほどは言い方を間違ったんですが、お泊りできる場所はないかと思いまして……できれば金のかからないところで」
「あんたね、幾ら金がないからって、うら若き乙女に対して部屋だけでなく体まで貸せって無神経でドクズにもほどがあるでしょ」
うら若き、乙女、だと……こいつ言葉の意味分かってんのか。
「な、なんでもないです。そうですね、ぼくが迂闊すぎましたハハハ!」
ひどい言われようだが言い訳で気ねぇ。
危うく姉ちゃんの目の端がつり上がりかけたが、どうにか戻ってくれた。
「それで、そこらで休ませてはもらえないかなぁと」
「嫌よ。ただでさえむさくるしいのに。それに貴重品があんだから、目を離せなくなるじゃないの」
それもそうか……。
だけど俺が途方に暮れたのは一瞬だ。
「ヤロゥ、面倒みてやりな」
「へぃ、もちっス」
毒姉の一声に半モヒが頷いて、それで終わりと追い立てられた。
ここは本当に冒険者ギルドなのだろうか。
俺のイメージするギルドとの隔たりは開く一方だ。