第104話 犯人は、お前だ!
宙に流れる墨汁のような川は、大きな流れを感じさせない静けさだった。
この闇属性の魔力の塊は、最近起きている異変に関するものだ。
そして、人には過ぎた大魔法である闇玉の感触であり、クロムの魔力と俺の魔力と、同等の質を持っているようだという。
それを踏まえて、俺もおさわりの仕方を変えてみた。
さわさわと念入りに確かめた結果は、俺の魔力と似た感じはしないということだった。
クロムが覚えがあるというのは、これを利用したなら当然だ。
で、肝心なのは、クロムだけは川にも俺にも覚えがあるということ。
――クロムを中心に、魔法が繋がっているんだ。
流れの傍らで、俺はゆっくりとクロムに向かい合った。
クロムは「なにこいつ」的な面持ちながら、俺の緊張が伝わったのか、闇座布団を回転させてこちらを向いた。
タブーとして封印していた問いを、あえてぶつける。
「召喚術とか、知ってる?」
予想通り、仮にも魔法団所属のクロムは、魔法おやじと似た反応を示した。
驚きを見せたが、不快感も滲ませている。
「……本当に、おかしなことばかり考えるのね」
なんといったものかと考えたものの、百の文句が浮かんだため、渋々と呑み込んで絞り出したような呟きだ。酷いやつだよ。
じろじろと警戒した目を向けてくる。
この様子だと、本当に知らないんだろう。
そこも予想通りだ。
「理由があって訊いてる。別に天然記念物だとかを軽く考えてるわけじゃない」
「ここで、そんなこと言うなんて」
クロムは川を見上げて続けた。
「これに、なにか思い当たることでもあるのね?」
いや、ないです。
関係あるならクロムの方だろ。なんて伝えるべきか……。
言い方とか気にしてるんじゃなくてさ。
どう考えても、色んなことがクロムを指してると思うんだよ。
けど、それを信じ切れない自分もいる。
だって、こんなすぐに、身近なところで原因かもしれないやつが見つかるとかマジ? 偶然にもほどがあんだろ!
あれこれと集中しすぎていて、とても偶然とは思えないほどだ。
そう、偶然じゃないんだろう。
元々がクロムのせいだとしたら?
希望が見えた気がして、覚悟を決める。
「クロムの大魔法だけどさ。使った時に、どっかから余分な力が湧いたんだろ。それ、本当に、この世界のもん?」
クロムは意外過ぎたのか、目をまん丸に開く。
なに、言ってるの?
と、口だけ動かして言った。
だけど、すぐに眉間を寄せて視線を落とす。
考え込んでいるらしい。ということは、有り得ないと思い切れないわけだ。
聞いた話だと魔法おやじは、代々魔法を受け継いでる家系で、今は副団長だ。
幾ら優秀だろうと、おっさんだし立場もあって考えは凝り固まってるかもしんないと思うわけだよ。偏見かもしんないけど。
だが、頭のネジが闇イソギンチャクなクロムなら。
うまいことそそのかして調査を手伝ってもらって、あまつさえ俺の知らない技術で召喚術めいたものを編み出してくれるかもしれない!
さあ、俺を地球に帰すために信じろ!!
クロムは溜息を吐きながら、小さく首を振る。
ダメかも。
「ううん、よく思い出せない。ちょっと元気が有り余ってるのかなぁって、そのくらいのものだったし」
おお、真面目に考えてくれてる!
完全な否定ではない。ならば気のせいで済ませてたまるか。
逸る気持ちを抑えて、伝えることをまとめる。
真っ先に言いたい、言うべきことはといえば……。
俺の体にまとわりついている謎闇についてだよな。
これが誰かにかけられた魔法の効果なのかどうか。
それも大事だけど、俺自体に注目されると困るな。解剖とか、されないと思うが……。
よし、効果のみに目を向けてもらおう。
魔力に質の違いを感じていること、空間無視の魔力だとかな。
それをどう説明するかだ。
俺は運よく、短期間に件数は少なくとも日常的なもんから大魔法まで見る機会があった。
そして大きな力を使うなら、それなりの広さが必要みたいだった。
これまでに見た魔法効果の現れ方と俺の決定的な違いは、そこだと思うんだよ。
こっちの肉体に魔力を生み出す器官がある以上は、臓器のサイズに容量が決まるはずだろ。
多分だけど、属性判定器材もそこを想定して作られている。
小瓶を人体に見立てるとして、平均的な大人は中ほど辺りまで溜まるような感じではないかと想像した。
滅多なことでは限界までいかないから、それ以上の目盛りは必要がないっていうか、体重計みたいなもんでさ。
もちろん、ここの世界そのものが魔力という半不確定なもので作られた存在のためか、ある程度の誤魔化しはできるらしい。そこが魔法という技術となっている。
それは、水汲みに使ってるポットと、貯水タンク代わりの小樽という魔法具の効果を見て思ったんだ。見た目よりも多くは汲めるが、数回分で補給しなければならないものだった。
俺はクロムに、そういったことを並べ立てて説明した。
こっちの専門用語など分からないから、果てしなく迂遠だろうに、クロムは我慢強く聞いてくれた。
多分、それで自分でも考えをまとめてんだと思う。言葉を重ねるごとに、表情が硬くなっていく。
それがふと、なぜかジト目に代わった。
「わたしが利用した場の話に、なんであんたの魔力が出てくるの」
逸る気持ちを抑えられてなかったか。
「ちょい飛躍しちゃったけど、とにかく! クロムが覚えがあるって言ったんじゃん? 俺とクロムの臭いが一緒とかさ!」
「誰が言うかー!!」
「わ、悪かった! 言い方間違った!!」
襲い来る闇触腕を捌きながら必死に説明を続けた。
攻撃は弾けても疲労には勝てない。息切れしながら、クロムを見上げると混乱気味に項垂れていた。
「ど、どうだ、俺の異様さが分かるだろ?」
「ででで、でも! まさか、そんなこと……。だってこれまでの常識とは……あ、常識はずれでいいのか」
ちょっと失礼なこと考えてる気がするが……。
是非ともその調子で常識を疑ってくれ。
魔法おやじやクロムは、俺のことを不思議に思いつつも、力の出どころには気を払ってなかった。おやじの方は、先に測定値を見ちゃったからだと思ってる。
それともう一つは、魔法の始まりが魔気を練るところから始まった。聞いた感じだと力を増幅できる技っぽい。
俺の値で、そんな技を使えば常識外れの効果も、当然の結果と思い込んだに違いない。
息を整えて、右手の平に意識を集中する。
「こんな滲み出すような魔力で、こんだけ威力が高まるってのが、証拠みたいなもんだろうが」
闇の濃度を高めていく。
「なぁ!? なにするのよ!!」
俺は川へと向き直り腰を落とす。
真っ黒に染まった砲丸に突き刺したような拳を、黒い流れへと叩き込んでいた。