第102話 格付け
俺が川に近付くと、左にクロム右に半モヒも続いた。
宙に流れる立体川の上下幅は、俺の目線から膝当たりくらいまである。
その墨汁のような流れは黒川の水と同じく、サラァ……サララァ……と、ちょっと緩やかになったと思えば、ぬるっと動いて不気味だ。
なんの反応もないから、すぐ傍まで来てみたが、やっぱり攻撃のようなものはない。ゆっくりに見えるが、流れ自体は結構ダイナミックだと思うんだが、水滴のようなもんが跳ねる様子もない。
「なんだろうな、これ。いや、魔力の流れ? ってのは分かるんだけどさ」
「アニキの心配も尤もっス。どう考えても副団長さんが言ってやつと関係ありありっスぜ」
「どう関連してるかよね」
異常現象だってのは半モヒの話からも明らかで、その原因にも心当たりがあり、これ自体が悪さしてるのではないだろうという推測によって、俺達の緊張はすっかり消え失せていた。観光気分で見上げている。
「クロムも魔法団員なら、天然記念物とやらは詳しいんだろ。今回の件って、魔法おやじは、それとは関係ないっつってたけどさ」
「まほーおやじって、確か前も言ってたよね……メイジュ家っていったら、すごい魔法使いの家なのに」
「え、ああ魔法おやじの名前か……って、マジで!?」
「代々魔法を守り伝えてるって話よ」
なんだよ魔法おやじは超エリートか!?
いや、おっさんのことになど興味はない。
なんとなく興味が沸いたのは、この世界の強さ関係だ。
この謎川も、育てばそこそこ強くなるんかなーと思ったんだ。
格付けとか不謹慎なのかもしれないが、童心に帰ってわくわくしてしまう。
圧倒的に外の異常現象が最強なんだけどさ。
ひとまず俺が知る限り、なんのことやら想像もつかない天然記念物と呼ばれる場所らしきもんが最強だ。
魔法団が警戒していなければならないってことは、新天地帯という安地さえ脅かす存在っぽい雰囲気を感じたんだよ。
次いで虹の浮島。この星歩き荒野のヌシみたいなもんで、魔力が引き起こす影響が強力だから危険なんだが、街の外壁さえ越えることはできない。
その点では、俺としては二位に三大妖精さんを推したいところだ。
なんせ軽々と新天地帯の上空をぶっちぎっていくし。低空飛行されただけで、人間なんて一掃されそうだもんな。
思えば、妖精さんは異質な存在だ。見たことないから、余計に思うだけかもしれないけど、聞いた話だけだと半分おばけみたいな感じ。
外の異常環境下でも、新天地帯でも、場所を問わず動けるってズルくね?
人間と敵対してないどころか、わざわざ人間に分かる言葉で日の出入りを知らせてくれるって親切過ぎるというのも不思議だ。
……実は人間って妖精さんに飼われてねーよな?
「あれ? そういえば、外で妖精さん見たことねぇな」
「……天然記念物の話をしてたのじゃなかった?」
「い、いやぁ、なんとなく外で見ないなぁと思って」
呆れたように半目で見てくるのに加えて、鼻息吹いて笑われた。
「妖精だって、変動が大きい場所だと困るの」
「あー、巣を作るからか……」
モヒハウスのように、木を魔改造したりして住み着くんだったな。
自慢げに語ってくれたクロムによると、妖精さんも外の不安定な魔力域は暮らし辛いとかで、新天地帯には漏れなく付いてくるらしい。
身近な存在とは言い切れないが、人類と数少ない場を共有する以上は、仲良く暮らすことにしたようだ。
などと優しい気持ちになって頷いていたら、笑顔が引きつる。
「ただ利用しようなんて考えて下手に扱うと、酷い目に遭うからね?」
ということは、そんな歴史があるんだな?
人権……妖精権? そういうのは無いらしい。というか、その考え自体が人間本位か。
そこら辺、人間ってどこの世界でも変わんないのかね。
ともかく、互いに棲み処は侵犯せず共生関係にはあるけど、特に仲良くしているわけでもなさそうだ。妖精の力が強すぎるから独立できてんだろうな。
ちょろっと力を貸せば人間があくせくと環境を整えてくれるのだから、断る理由もないと。
ほんと、どっちが囲われてんのか分かんねぇな。
妖精も敵に回ったら、もう人類終わりじゃね?
……なんだか思ったよりきっつい世界に来ちゃったよなぁ。
「そもそも、妖気だって人体に良い影響がないくらいだもんな……」
「そうね。子供の内だけだけど。それは妖精にとっても同じみたい」
「人間の魔力が? へぇそうなんだ。てっきり人類より強者だと思ってた」
「ふむふやはりアニキの気がかりは強さと……」
無関係な声が混ざった気がするが、いつものように何か深読みしてるな。
「それで、妖精やらの話を持ち出したのは、何か気になったんじゃないの? これに関して」
再びクロムは黒川に張り付くようにして目を凝らす。それで何か分かるのか?
「うん、まぁ……天然記念物って虹の浮島より大変なもんらしいけど、あれよりはマシな程度に育つかもってのが、どういうことなのかなぁとか……?」
支離滅裂になってきた。
「そうね。こうして影響の一部でも目にしたら、わたしも出来る限り、あらゆることから可能性を見出したいって気持ちも分からなくはないけど。でも現状では、何も判断は下せないと思う」
「そうだよな……」
そんなことを言いながら、クロムだって目が輝いている。
ついつい物珍しさで立ち止まって、お喋りに夢中になってしまった。
「半モヒー、こういうのも一応、報告義務あるよな?」
「うぃっス」
「なら、ちょっと様子見たら帰るか」
新たな敵との出会いは遮られてしまったが、毒きのこが固まっててくれたお陰で予定よりは稼げたから大人しく引き揚げよう。